第9話.優勝目指すの何のため

「【栄光への道ライトロード】!」

「【崩炎ほうえん】!」


 今日の基礎魔法学-実践も前回に引き続き自習だ。

 前回俺と戦った明導めいどうくんは、今日は直弥なおやと戦っている。

 俺が影網による拘束で対策した明導くんの高速移動を直弥は一帯を焼き尽くすという力技で攻略していた。

 【栄光への道ライトロード】によって敷かれた道を片っ端から破壊し、明導くんの高速移動を許さない。

 単純ではあるけれど強力で、直弥にしかできない戦法だ。明導くんは苦戦を強いられている。


「俺もしっかり練習しないとな」


 直弥が対人戦の練習をしているので、俺は1人で練習することになった。

 でも、今の俺にとっては1人でじっくりと練習する時間はありがたい。

 前回の明導くんとの戦いで習得した技、【独り歩き-影網カゲアミ】。相手を捕縛するのに中々便利そうだ。

 こういう実戦で使える技をどんどん増やしていくことが当面の目標だ。

 最近分かったのだけれどら俺の能力【独り歩きナイトウォーカー】は、影人形をどんな形にも造形できるけれど、ただ造形するだけでは再現度が低く実践で使える技にはならない。

 例えば、影人形を剣の形に造形することはできるけれど、そうやって作った剣は大して物を切れず剣としての機能を持っていない。剣というよりは剣の形をしたただの棒だ。さらに、頭の中で剣の形をイメージしてそれを造形するのはどうしても時間がかかる。

 それに対して、影網は相手を捕縛するだけの大きさや強度を持ち、尚且つ一瞬で造形することができるようになった。しっかりと実戦で使える”技”として成り立っている。

 ただの造形と”技”、この2つの違いは恐らくイメージの違いだと思う。

 俺は明導くんとの戦いを経て相手を捕縛するというイメージをしっかりと持ち、身体で覚えることが出来た。だから【独り歩き-影網カゲアミ】という技を使うことができたのだ。

 感覚としては絵を描く時に近い。描きたいものを頭の中で思い浮かべることが誰にでもできるけれど、思い浮かべた物を実際に描くことは中々難しい。

 自分がイメージしたものを実際に描くには、ペンの使い方だったり色の使い方であったり構図であったりその物についての知識であったり何度も描く経験であったり、色々な要素が必要だ。

 影人形による造形もそれと同じで、『剣』というものを頭の中でイメージしたとしてもそれ通りの物が作れるわけではない。

 本当に剣を造形したいのなら、剣の使い方や知識、そして何より実際に人と剣で戦っているイメージや体験が必要になるだろう。

 技を増やすには自分が今何をしたいのか、何が欲しいのか、相手に勝つためには何が必要なのかという具体的なイメージが必要不可欠だ。

 そう思い、俺は今の自分に必要な物を考える。

 単純な影人形による打撃、影人形の手や足だけを造形しての奇襲、影網による捕縛、攻撃手段は色々と揃っている。となると、


「防御手段を考えた方がいいな」


 俺は今まで影人形を板状にして立たせることで防御をしてきたけれど、これから先そんなものはすぐに破られてしまうだろう。

 影網のようにちゃんと技として確立した防御手段が欲しい。

 俺は西洋の騎士が持っているような盾をイメージして造形してみる。

 そうやって作った影人形でできた盾からは相手からの攻撃を受け止めてくれるような力強さは感じない。形が安定していないし何となく軽いし小さいしこれではダメだろう。


「直弥の【崩炎】を防げるくらいの盾が欲しいなぁ」


 そんなことを考えていると、ふと清水先生のことを思いだした。

 清水先生は自身の能力で直弥の攻撃を何度も防いでいる。あれだけ完璧な防御手段が理想的だ。

 確か、清水先生の能力は【沈黙のサイレント・守護者ガーディアン】、ドーム状のバリアを展開して相手の攻撃を防ぐ能力だ。

 あれを真似してみよう。

 俺は清水先生の【沈黙の守護者】を模倣し、影人形をドーム状にして自身の周りに展開する。

 ドーム状の影が俺を覆い、見た目上は守られているような感じがする。


「やっぱり安定はしてないな。それに影人形をこんなに大きくしたらだいぶ脆い」


 影人形は大きくすればするほど脆く、小さくすればするほど硬くなるという性質がある。自身を覆うほどの大きさまで広げてしまっては盾としての機能は果たせない。


「理想のサイズは俺の身体くらいの大きさで、形は少し湾曲させた方が攻撃を受け流しやすそうだから……」


 1人で呟きながら頭の中で理想的な盾をイメージする。

 今まで作っていた板のように俺のことを守ってくれて、清水先生のように相手の攻撃を受け流すような感じ。俺は目をつぶって頭の中で徐々にイメージを固めていく。

 そして、10分程試行錯誤し、造形をした。


「【独り歩き-影盾カゲタテ】!」


 すると、俺の目の前に影でできた巨大な盾が出現した。

 警察の特殊部隊が持っているような少し湾曲した長方形の盾で大きさは2m弱ほどある。形もしっかりしていて、先ほど作った盾や板とは違い、ちゃんと自分を守ってくれる感じがする。

 俺が頭の中で想像していた盾そのものだ。


「意外とすぐにできたなぁ」


 実戦で使えるような技を覚えるのは時間がかかるものだと思っていたけれど、割とすんなり作ることができた。

 恐らく清水先生の能力を間近で何度も見たことがあったから「盾で防御する」というイメージがしやすかったのだろう。


「能力の練習してるの?」

「うわっ、びっくりした」


 直弥がいつの間にか背後に立っていた。

 明導くんとの練習を終えて戻ってきたようだ。


「そう、何かしらの防御手段を考えようかと思ってさ」


 直弥は俺が作った影盾をまじまじと見ている。


「凄いね、通くんの能力って本当に何でも作れるんだ」

「形だけなら何でも作れるけど、実戦で使えるレベルの物ってなると中々難しいよ」

「でも、この前は網を作って明導くんに勝ってたじゃん? みんなどんどん成長していって凄いなぁ」

「そういえば、明導くんとの練習はどうだった?」

「一応僕が勝ったよ。別に拘束とかしたわけじゃないけど、勝ち目がないからって明導くんが降参してくれた」

「やっぱ直弥の能力の方が凄いな、明導くんに何もさせずに勝つなんて」

「いやーそれほどでもないよ」


 

 直弥は謙遜しているけど、あの明導くんは俺にとって中々の強敵だった。前回の勝利も紙一重の結果だ。直弥の圧倒的な火力と制圧力には目を見張るものがある。

 俺と直弥はその後しばらく身体強化や吸収の練習を一緒に行って授業を終えた。

 

「じゃあ、下校も気を付けて、さようならー」


 その日の授業をすべて終え、帰りのホームルームで担任の先生と挨拶を交わして、直弥と共に下校する。


「そういえば、直弥の家ってマンションだよね? 何階に住んでるの?」


 直弥の家は学校の最寄り駅から電車で少し行ったところにあるマンションだ。俺の家は学校から徒歩15分くらいのところにあり、いつも駅までは一緒に帰っている。


「10階建てマンションの6階に住んでるよ」

「へぇ、やっぱ景色良かったりする?」


 俺の生まれた時から戸建てに住んでいるから、6階からの景色なんて想像がつかない。


「うーん、そうでもないかな。周りはビルとか他のマンションがあるだけだし」

「あ、そうなんだ。マンションの上の階って全部景色がいいのかと思ってた」

「そんなことないよ、僕の地元の方が景色は良かったかな。田舎だから不便だけど」


 能力者は能力者育成育成学校に通うことを義務付けられている。

 そのため、数少ない能力者育成高校であるXQ学園には、日本全国から能力者の高校生が集まってくる。そんなXQ学園に通っている生徒の自宅は主に3つに分けられる。

 1つ目は直弥のように家族丸ごと他の地域から移り住んできてマンションやアパートに住んでいるパターン。子供の高校進学を機に家族ごと引っ越すという家庭もかなりある。引っ越しに関する補助金は色々出してもらえるらしい。

 2つ目は俺のように元々実家がXQ学園の近くにあり普通に実家から通っているパターン。これはそこそこ珍しい。そして、引っ越し等を考えなくていいので1番楽なパターンだ、ら

 3つ目は高校入学と同時に生徒が学校の寮で一人暮らしをするパターン。このパターンも中々多い。一人暮らしとは言っても寮でご飯は出るらしいし、高校に近いところに住めるから便利そうだ。

 俺も実家が高校の近くじゃなかったら寮で一人暮らしをしたかった。


「そうなんだ、景色の良い田舎とか行ってみたいな」


 そんな話をしていたら最寄駅に着いた。


「じゃ、また明日」

「うん、じゃあね」


 俺は直弥と別れ、1人で帰路につく。


「ただいまー」

「おかえり、すぐにお風呂入っちゃって」


 俺が家に帰ると、お母さんが夕飯の支度をしていた。


「お姉は?」

「なんか大学の課題やるからって部屋に籠ってるよ。お風呂は後にするって」


 俺には4つ上の姉がいる。今は実家暮らしの大学2年生だ。

 俺はお母さんに言われた通り風呂に入り、夜ご飯まで今日の課題を進める。明日提出しなければならない古典の課題があるから急いでやらなければならない。


「カゲー、ご飯よー」


 しばらくするとお母さんから呼び出された。『カゲ』というのは俺の家族からの呼び名だ。

 リビングに向かうと仕事から帰って来たお父さんと夜ご飯の配膳をしているお母さん、座ってスマホを眺めている姉がいた。

 俺はキッチンに向かい、配膳を手伝う。


「「「「いただきまーす」」」」


 我が家は基本的にお父さんが帰って来てからみんなで揃って食事をとる。家族仲は良い方だ。


「もう高校には慣れた?」


 お母さんが俺に話しかけてきた。家族仲が良い方なので会話もそこそこある。


「うーん、まぁまぁかな。普通に友達はいるって感じ。授業はちょっと難しいかな」

「カゲの高校って能力者ばっかなんでしょ? どんな授業してるの?」


 お姉が会話に加わる。

 うちの家族は俺とお母さんが能力者でお父さんとお姉は非能力者だ。魔法は必ずしも遺伝するものではないらしい。


「古典とか数学とかやってるし、基礎魔法学っていう授業もある」

「へぇーやっぱり魔法の授業とかあるんだ。面白い?」

「うーん、面白いけど、難しいかな」

「確か、年に何回か大会もあるんだろう? それの練習とかはしてるのか?」


 お父さんも会話に加わってくる。


「うん、魔闘祭っていうのがあって、みんなそれに向けて頑張ってるよ。魔闘祭で優勝すると何でも好きなもの貰えるから」

「なんでも!?」


 俺の言葉に姉が目の色を変えて食いついてきた。

 

「何でもってマジで何でも!?」

「うん、お金とか大学進学とか就職の権利とか、何でもありなんだって」

「あら、太っ腹ね」


 冷静なお母さんとは対照的に、姉は俺を羨ましそうに見つめてくる。


「いいねぁー能力者ってただでさえ就職に困らないのに、そんなチャンスまであるんだ。私も能力者がよかったーそしたら優勝して大学の単位貰うのに」

「あらーそんなのに使うなんてもったいないわよ。カゲ、優勝したら良い大学に行って一流企業に勤めさせてもらいなさい」

「いやいや、そんなものより金の方がいいだろう。大学はしっかりと勉強していくもんだし就職も自分の力でするもんだ。素直にお金を貰って好きなことに使いなさい。あ、少しは学費を補填してくれると助かる」


 家族は好き勝手に優勝賞品の話で盛り上がる。


「ちょ、ちょっと待ってよ。魔闘祭で優勝するのなんて夢のまた夢だよ」

「あ、そうなの? でもどっちにしても羨ましいなー」


 姉は少し天井を仰いでから俺の方に向き直る。


「じゃあ、その魔闘祭でいい成績残した男子はやっぱ女子に人気だったりすんの?」


 急な話題の転換だ。俺は少し考える。


「うーん、そうなのかな。周りにそういう人がいるわけじゃないから分からない」

「いやー絶対人気でしょ。足の速い男子がモテるように、学校行事で目立つような男子は人気なもんだよ。 いいなーそういう分かりやすく目立てる場所があって。ちなみに、カゲは前回どこまでいったの?」

「……一回戦負けだよ」

「それじゃあ、ダメだな。そんなんじゃ彼女もできないしクラスの人気者にもなれないぞ」


 姉は何故か俺を評価してくる。

 何様のつもりなんだ。自分だって高校生の頃は友達少なくて彼氏もいなかったくせに。


「別に魔闘祭だけで全てが決まるわけじゃないから」

「いや! そんなことないね!」


 何故か食い下がる姉。


「聞いてる感じだと魔闘祭っていうのは学校の一大イベントなわけでしょ? 高校ってのは何かしらの分野で人の記憶に残らなきゃどうにもならないもんよ。運動も勉強もできないカゲはそういうイベントで自分をアピールしないと充実した高校生活を送れないってこと!」

「……肝に銘じておきます」


 その後は夜ご飯の間中姉による『充実した高校生活を送るにはどうすればいいか』というテーマのプレゼンが行われた。お母さんとお父さんは心底興味無さそうに相槌を打っていた。

 夜ご飯を食べ終え、自室のベッドで横になる。


「彼女、かぁ……」


 俺の頭の中では先ほど姉に言われたことがぐるぐると回っていた。

 正直、高校生のうちに彼女が欲しいという気持ちはあるし、クラスの女子から常に認知されているような状態ではありたいと思う。友達もなるべく欲しいし、スクールカーストのなるべく上の方にいたいという気持ちも人並みにある。

 でも、そんな当たり前の欲望を叶えるためには俺には足りない物が多すぎる。今までは能力者というだけで珍しい人扱いだったけれど、今の高校ではそういう扱いも受けることができない。

 姉の言っていた通り運動も勉強も大してできない俺が一発逆転できる何かがあるとすれば、それは魔闘祭だ。優勝、とまではいかなくても魔闘祭でいい成績を残せば充実した高校生活を送ることができるだろう。

 そう思うと、俺の中での魔闘祭の重要度が増し、俄然やる気が湧いてきた。今までは何となく「できれば優勝したいなぁ」と思っていたけれど、自分の中でその妄想が目標へと変わった。

 俺は自分のために、自分の高校生活のために、魔闘祭に取り組もう。そして、充実した高校生活を送る!

 そのために直近の目標は次の魔闘祭での1回戦突破だ。頑張ろう。

 俺は心の中で決意をして、瞼を閉じた。

 そして、数秒後、思い出し、瞼を開ける。

 あ、古典の宿題、まだ終わってなかった。

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