5 疾風は吹いたか

 護衛隊本部駐屯所の会議室内――。


 ヒース達が帰国して翌日、彼らは本部へ報告に上がったが、早速難題で会議室が沸いていた。

 クロード総隊長が発言したことで何か重大な問題が持ち出されたのか、ホールの中がざわつき始めているのだ。


 広いホールの中央に縦十メートル横三メートルの、コの字型の机が配置されており、ホールの正面に向かって左側の列にヒース、ミツヤ、ジェシカ、アラミス、ドクが席についている。

 その反対側に護衛隊の第一隊から第八隊までの各隊長が席に着いた。


 順に第一隊隊長ウォーカー、第二隊隊長ジャック、第三隊隊長ダニー、副隊長ルエンド、第四隊隊長サバラン、第五隊隊長べルジュ、第六隊隊長ヴァレリー、第七隊隊長マニィ、そして第八隊隊長レイモンドだ。


 ルエンドは昇進して第三隊の副隊長となっていたが、「青い疾風ブルーゲイル」のメンバーとして活躍したこともあり、彼女は特別に隊長達と同じ机に同席となっていた。


 第三隊のダニーは二十代前半という、現在最年少の隊長だ。15の頃から第三隊で長く隊員を務めており、クロードの信頼も厚かった。

 柔軟かつアグレッシブに行動する反面、部下には基本的に自分の意思で行動させ、その責任は上官が全て引き受けるというスタンスは、クロードの意思を継いでいる。そしてその剣の腕は護衛隊「三鬼神」の中に入り込む勢いだった。


 第五隊のベルジュは全滅した第五隊の控え部隊の隊員から上がってきた隊長だ。

 まだ経験は浅いが実力はクロードも認めていた。

 几帳面過ぎるところをクロードに指摘されることは多かったが、仲間思いで責任感も強い。

 考えを読まれやすいのを気にして常にサングラスをかけている。


 第七隊のマニィは15年以上この隊長を担当している古参だ。

 国内では他を圧倒する剣捌きとは対極の温厚な接し方が、クロードに次いで国民から慕われていた。

 黒髪で、いつも目をつむっているのかと思わせるほど細い目が特徴だ。兆楽じっちゃんが総隊長だった頃の会議では、寝てもいないのに頻繁に起こされるという御決りのネタが繰り広げられた程だ。

 しかし、常におだやかな表情は崩さない。


 第八隊のレイモンドの隊長就任はジャックと同じくトージの推薦だった。

 レイモンドはもともと第八隊の控え部隊にいたが、敵を躊躇ちゅうちょなく一撃で殺傷する剣術に惚れ込んだトージが引き抜いたのだった。

 今年でもう40に届くが、鋭い目と反射神経からは年齢を感じさせない。

 一つ難があるとすれば、時折敵に対しなぶるなどの行き過ぎた行為が見られることであり、それがクロードの心配の種となっていた。


 正面の総隊長席はクロードが着いている。


「ちょっといいかクロード」

 ウォーカーは、現在総隊長となった同期のクロードに対して、今でもタメ口だった。

 クロードは特に気にしていないようなのだが。


「なんだ、ウォーカー」

「そんなこと、いったいこの中で誰が出来るっていうんだ?」


 それに対して、ジャックとマニィは熟考の為か目を閉じたまま、様子を伺っている。

 ルエンドとヴァレリーは何か腹に抱えているようだが、まだ発言せずにこらえているように見える。

 ベルジュはサングラス越しでも表情が硬いのが伝わった。

 レイモンドが何か言おうとした時、一瞬先に第四隊のサバランがウォーカーに反応して援護射撃した。


「そうです総隊長、相手が悪すぎますよ。バチケーネはあのビタリ国内の中にある、大教皇が統治する独立国家。エテルナ教で世界の八割のトップに君臨している大教皇を、ブルタニー一国が敵に回すことになり兼ねませんよ?」


 レイモンドがそれに続いた。

「私は構わないですがね。もっとも第八隊がやるからにはやり方は私に任せて頂きますがね」

 レイモンドの一言でその場の空気がピリつく。彼は一体何をどこまでやるつもりなのだろうかと――。

 それを聞いたヴァレリーが「待った」を掛ける。


「レイモンド隊長、誰がやるかが問題ではないのでは? 我らはブルタニーの出向くことを懸念しているのだよ」

 ヴァレリーは相手がレイモンドでも臆さずに意見する。

 レイモンドはヴァレリーに正論を言われ、腕組みして一旦閉口した。


 そこに再びクロードが割って入る。


「サバラン隊長、まだ敵に回すと決まったわけでは……。トージの詭計きけいによって長らく幽閉されていた陛下がお戻りになり、やっとここまで来た。立て直しにはまだ少し時間がかかる」

 一度皆の顔をぐるっと見まわし、クロードは続けた。


「我々の力を合わせて、我が国の歴史ある護衛隊も本来の軌道に乗ったばかりだ。強国とはとても言い難い我が国が、どこまで持ちこたえることが出来るかを考えると確かに無謀だが、まずは調査を」


 それに対してベルジュが重い口を開く。

「我々が『世界の護衛隊』になる必要があるんですか?」


 ずっと聞いていたミツヤにはベルジュの言葉が、自分の世界とイメージが重なり、少し可笑しく思えた。

(あれだな、元いた世界の某国と同じ『世界の警察』ってやつだな)

 

 クロードは数秒、間を置いてベルジュを見据え、自分にも言い聞かせるように念を押した。

「そうだね、君の国を思う心はよく分かっているつもりだ。だからこそだよ。まずは目的として、あくまでも調査だ」

 

 すると、皆の意見が途切れたところを見計らって、現在クロードに代わり第三隊の隊長に就任したばかりのダニーが手を上げた。


「そうですね、調査は必要でしょう。後はやらなければならないのであれば、この際何かを敵に回そうが、危険が伴おうがやるしかないと自分は考えますが。問題はどこまでやるか、ではないかと」

 その意見に後押しされるように、しかしクロードは声のトーンを落として重い口調で更に続ける。

 

「ジャック隊長の他国で入手した調査報告だと、大教皇のお膝元で異形獣まものが大量に檻で捕獲されているという。しかも、『青い疾風ブルーゲイル』の報告によると近隣諸国だけでもそれぞれ異世界への穴が存在しており、中には異形獣まものが入った馬車をビタリへ向けて輸送している国も見ているそうだ」


 その場の隊長達はみな「青い疾風ブルーゲイル」の一同に視線を移した。

 彼らが入手した情報の重みを考えると、改めて彼らの存在を認めざるを得ない内容だった。


「ここから先は特に猊下の前では到底発言できる言葉ではない故、最初で最後だ。一度でも考えてみてくれ」

 クロードはひとりずつ全員の目を見ていき、それぞれの隊長に訴えるように続けた。


「万一、現大教皇がトージのようなイントルーダーであり、異形獣まものの悪用を画策していたら……?」

 その言葉にさすがの全隊長達も固まった。


「我々が何もしなければ、暫くはこの国は平和だろう。だが、この事がブルタニーにいずれ何らかの影響をもたらすのは確実だ。他国も平和であって初めて自国も平和でいられると、そうは思わんか?」


 暫くの沈黙ののち、痺れを切らしたヒースが口を開いた。


「クロード総隊長、要するに――」

 ヒースが何かを言い出すその瞬間、ミツヤ、ジェシカ、アラミス、ドク、それにチームから外れて今は第三隊の隊長になったルエンドが一斉に溜息をつく。


(出た出た。つーか、よく今までしゃべらずに我慢したよな)

 と、ミツヤは胸中で呟いた。恐らく全員そう思っていただろう。


「――俺達が大教皇の身辺を探りゃぁいいんだろ?」

 

「でも……ブルタニーの……」

 ルエンドが一応止めてみた。

 その心中は「言っても無駄」と、思っていたのだが。

 誰かの制止を待っていたかのようにヒースは言い切る。


「だからな、ブルタニーのではなく、俺達『青い疾風ブルーゲイル』がでやれば問題ないんだろ?」


 ――それはクロードも当然考えていたことだった。

 とはいえ、やはりヒースの口から自信を持って申し出てくれたことで、心底安堵したように見えた。

 しかしこの任務の重大性と厳しさを重く受け止めていた為、敢えて自分の口から絞り出そうとすると、どうにも言葉を詰まらせてしまう。


「今日、帰還したばかりだが特殊部隊チーム『青い疾風ブルーゲイル』しか、この任務を任せられる隊がいない。大変心苦しいのだが……」


「どうせ俺達がやるしかないと最初から決まってんだろ? さっさと言ってくれればいいのに、水臭ぇな」

 いつものにクロード、ジャック、ルエンド、ヴァレリーまでもがクスっと笑った。


「それより大教皇とやらがクロだった時はどうすんだ? そこまで決めてくれ。いちいちあの距離、報告に帰ってる間に何が起こるか分かんねぇぜ」

「ほおー。これはなかなか」

 マニィが笑顔で感嘆した。

 クロードも一瞬息を飲んだが、すぐに気を取り直して慎重に依頼する。


「ヒース隊長、さすがに事が大き過ぎる。例えばだ、大教皇の身柄をバチケーネから任せてもらえたとして、大教皇の不在だけでも全世界を混乱に巻き込む。恐らく何か見つかったその事実も白日の下にはさらせない可能性が高い。出来れば時間がかかっても一旦持ち帰って報告を頼む」


「一刻を争う事態の場合は?」


「……はぁ」

 ヒースの言葉に再び言葉を詰まらせる。もちろん、クロードはこの流れにたどり着くことを覚悟はしていた。

 遠く離れた異国の地でいちいち報告しに数か月もかけて帰国し、後手に回っているうちに取り返しがつかなくなる、という状況も考えてはいた。

 その為、溜息と共につぎの言葉を絞り出した。


「最終的には、君達の判断に任せる! しかないだろうな」


青い疾風ブルーゲイル」一同は沸いた。

 みな、この重大な任務に前のめりだったのだ。


「ただし!」

 クロードが声を張って制止する。


「非常に言葉にしづらいが、ブルタニーを世界から守るために厳しい事を言い渡す必要がある」

「なんだ、今更何言われても怖くねぇぜ。だろ? みんな」

 ミツヤもジェシカも、勿論アラミスやドクもヒースの揺るぎのない言葉に頷く。


「そ……そう言う答えが返ってくるとは思っていたが……」

 クロードにとって、彼らに一番伝えたくない厳しい現実を言い渡す時が来た。

 暫く沈黙が続く――。


「この任務を解くまで今後、何があってもブルタニー護衛隊の名前を出してはならない上に、王室と共に我々は『青い疾風ブルーゲイル』とは一切の関わりを持つことが許されなくなる。とても過酷な状況下での任務となるが、それでも構わないと?」


 それを聞いたヒースは、待ってましたと言わんばかりの表情になる。


「ハッ! まだ俺達を解ってないのか? 逆に燃えるぜ!」


 ヒースの言葉に全隊長達は呆れてしまった。

 まず誰も引き受けることが出来ない、厳しい任務だからだ。

 それをアグレッシブに言ってのけるのだ、全員呆気にとられる。


「なんだクロード、泣いてんのか?」

 ヒースの言葉で全員がクロードに視線を送った。

 確かに潤んでいるようだ。


「ひとつ聞いていいか? 君達はなぜそこまでして危険な任務に挑むんだ?」


 クロードの問いはつまり、ここにいる全隊長の問いだった。


「このミッチーから以前言われたんだ。今ある俺の命は色んな人の力で繋いできたことで存在しているんだってね」

 その話をミツヤは少し、むずがゆそうに聞いていた。


「俺の場合は両親が生んでくれて、六ジイが助けてくれ、更に兆楽ちょうらくのじっちゃんが引き取って育ててくれた。そしてその後は今いるこの皆に助けられた。だから俺は今、ここにこうしていられるんだ……それは皆も同じなんだろ?」


 全員がはっと息をのんだ。誰しも似たような思いをしてきたのだ。


「じゃぁ今度は、その助けてくれた皆が安心して暮らせるような世界にしないとな!」


 ホール内全員の胸に疾風が吹き抜けていった――


 ◇ ◇ ◇


 それからひと月が経ち、ブルタニーに初夏が訪れようとしていた。



 王都オルレオンから少し南へ下るとブルージュの街外れに、誰も立ち寄らない僻地がある。

 季節ごとに木々が色を添える美しい場所だ。

 そこに木造平屋のシンプルな家を建て、ヒースはじっちゃんと約15年もの歳月を共に過ごしてきた。


 

 ヒースはじっちゃんの墓前に立っていた。

 墓は敢えてこの地に残され、しかしジャックとルエンドの計らいで六三郎に依頼し、新たに和風の墓石が仕立てられていた。


 墓石に刻まれた名前は「芹澤兆楽」。

 誰かが白ユリの花を供えてくれていた。

 恐らくクロードあたりだろう、このこの場所を知る者は少ない。

 白ユリはこの国の国花であり、同時に勇気の象徴だ。兆楽の功績を称える者が花を置いたのだ。


 ヒースは墓の前に銀のブレスレットを静かに置いた。


「じっちゃん、遅くなったが帰ってきたぜ。じっちゃんの刀、ロクジイに新しく作り直してもらった。こいつだ、すげぇだろ? あとな、ついに俺、正式に護衛隊に入隊だ。しかも特殊部隊の隊長だぜ? ああ、これはでもバチケーネでヤバい任務になった時には逆に使えねぇらしいけどな」

 そう言って、ヒースは墓標に護衛隊のバッジを出して掲げた。


「これから俺達の『青い疾風ブルーゲイル』ってチーム名がブルタニー全土、いやそのうち世界にとどろくことになる。楽しみにしててくれよ。じゃぁ、俺達、早速出動依頼が来てんだ。また今度必ず会いにくるからな」


 ヒースの後ろから鼻水をすする音が聞こえる。

 後ろにジェシカがいた。

 その隣にミツヤ、アラミスもいた。

 ルエンドとドクは暫く会えなくなる為、ここまで来てくれたのだった。


「なーに、湿っぽくなってやがんだ、ジェシー。ミッチーもだ!」


 ミツヤは特に、じっちゃんの殺害事件の現場近くにいたのでやりきれない思いが押し寄せていたのだ。


「ヒース、あたしも同行したかったけど……」

 ルエンドが第三隊の副隊長を選んだことはヒースや皆にとっては寂しかったが、護衛隊に残ってくれたことで帳消しにしても余りある。


「しっかしルエンドの兄ちゃん、よく許可くれたよな。王族の姫が他国の護衛隊だぞ? 話の分かるいいやつだな!」

「ま、まあ実はだいぶ揉めたんだけどね……」


 すると、ドクもここで一旦、暫くの別れになると、名残惜しんで声を掛けた。

「ヒース、ミッチー、ジェシカ、それにアラミス……本当にありがとう。君達のお陰で今、僕はこうやって前を向いて生きていける」

「おいおぃ、またそんな事を今更……止めてくれよ~。こっちがどんだけ命助けてもらったか」

 と、湿っぽいのが苦手なヒースは言葉を制してしまった。


 しかしミツヤは比較的「キッチリ派」なのだ。ドクにはしっかり印象付ける言葉を投げた。


「そうだよ、特に僕もヒースも、あの時あの場所にドクがいなければ死んでたぞ。命の恩人だ。こっちこそ本当にありがとう。でも、これっきりお別れじゃないだろ?」

 それに対し、もっともだと言わんばかりにヒースが追い打ちをかける。


「だよな! 遠く離れてても、俺達、いつでもここは繋がってる!」

 ヒースが拳を胸に当てた。

 

「それに、またこの二人のことだから絶対何かしでかして、きっとドクを呼んじゃうことになるんだよねー」

 と、ジェシカがウィンクを飛ばす。


「そうだな、すまん。今から言っておくよ。必ず世話になる日が来る。とくにこのアホ剣士。その時はよろしく頼むよ」

 アラミスがわざとらしく申し訳なさそうな顔をつくってドクに頭を下げたので、ヒースが横目で睨む。


「いやいや、仲間じゃないか、喜んで参上するよ、はははっ!」

 あのドクの口から「仲間」という言葉が出るようになった。皆、当然のことに対して満足感でいっぱいになった。


「ルエンドも帰ってきたらまた一緒に任務に就こうぜ。俺達だけじゃない、変態が約一名、首を長くして待ってる」

 さっきの「アホ剣士」呼ばわりの仕返しだ。アラミスがすぐ食いついた。

「んだとコラ!」

「誰がお前だって言ったよ、自分で認めてりゃぁ世話ないな」

「はーい、そこまでだ」

 いつものようにミツヤが止める。

「プッ! 皆ありがとう。 でも、ここはいつも皆と一緒よ!」

 ルエンドは噴き出した後、握り拳を胸に当てて言った。

 彼らの「日常」がルエンドにとっては癒しとなっていた。

「ああ、当然だ」


 ヒースはミツヤ、ジェシカ、アラミスの顔を順番に見て右手を空に突き上げた。


「さぁ行くぜ、お前ら! 覚悟しとけよ!」


「お前もな、ヒース!」

 ミツヤが大輪の笑顔で他二名の代弁をした。


青い疾風ブルーゲイル」はたった四人で西の国、ビタリへ向けて出発した。

 何が待ち受けているか分からない過酷な旅になる上、もう誰の助けも得られないだろう、しかし皆怖くはなかった。

 友情と信頼で結ばれたこの六人の仲間は世界を相手に怯むつもりは微塵もない。

 なぜなら、彼らが今まで積み重ねてきた経験こそが自分達にとって一番の味方になると皆、気付いていたのだ。


 一行を乗せた馬車の車輪が若葉の匂いを運ぶ風の中、軽快に音を奏でる。

 馬車の中からはいつもの賑やかな日常が漂っていた。


 青い疾風ブルーゲイルはこの先も、出会う誰かの胸に吹くことだろう。


 ――THE END――

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青い疾風(ブルーゲイル)! 島村 翔 @Alamis

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