第6話

 お互いの体温が感じられるほど身体を密着させてきて、リーゼの心臓は今までに無いほど脈を打っている。こんなにうるさいとウィルフレッドに伝わってしまうんじゃないと、気が気じゃない。


(へ、平常心…平常心よ!!)


 ここで狼狽えたれば、相手の思う壷。面白がって何をされるか分かったもんじゃない。

 そう、頭では分かっているが、大きな手が腰に回されて思わず腰が跳ねた。


 ウィルフレッドは気にせず、腰から太腿へと手を滑らせる。ゆっくりとこの時間を楽しむように執拗に撫でてくる。

 この状況に必死で平然を装うとするリーゼだが、流石に焦りを通り越して気絶寸前。

 人間って本気で危険を感知すると、逃げようにも体が動かないし、声も出ないもんなんだな。とかろうじて残っている思考を働かせていると──


「いッ、たぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 突如、ふくらはぎに激痛を感じ飛び起きた。


「何してんですか!?」


 生半可な痛みじゃなく、リーゼは目に涙を浮かべながら詰め寄った。


「疲れているようだったからな。マッサージでもしてやろうと思ったんだが」

「マッサージって…こんな力任せにやるもんじゃありませんよ!!」

「若い者らはこのぐらいが丁度いいと言っていたが」

「騎士と一緒にしないでください!!」


 そう言うとウィルフレッドも悪いと思ったのか、気落ちしている様子だった。


 まあ、悪気があってやったんじゃないから、そこまで責める気はない。ただ、それならそうと一言欲しかった。要らない羞恥を感じていた私が馬鹿みたいじゃないか。


 はぁ~と溜息を吐くと、リーゼは再びウィルフレッドの前にうつぶせになって寝転がった。


「マッサージしてくれるんですよね?じゃあ遠慮はしないので、お願いします。ああ、今更やらないはなしですよ」


 横目で見ながら「さぁやれ」とばかりに言うと、ウィルフレッドは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにクスッと微笑み「姫様のお望みのままに」と腰に手を当ててきた。


「どうだ?」

「ん……いい……」


 先ほどとは打って変わって、こちらの様子を伺いながら力を込めてやってくれるので最高に気持ちがいい。力加減もそうだが、大きな手で優しく撫でられるようにされると思わず吐息が漏れる。


「ん……んあ……ああ……そこ……いい……」

「………………」


 凝り固まっていた筋肉が解れていく感じが心地よく、ウィルフレッドに身体を預けていたが、暫くするとその手が急に止まった。

 不思議に思ったリーゼが、頬を赤らめ蕩けた顔で振り返ると、ウィルフレッドは顔を手で覆い「…もう十分ほぐれただろ」と言いながらリーゼから体を離し、ベッドを下りて自分の部屋へ足早に戻って行った。


「は、えっ!?」とリーゼは何がなにやらで困惑したが、パタンッとドアが閉まったところで「な、なんなの!?」と呟いた。


 勝手にやって来て、勝手にマッサージを初めて、勝手に帰って行くなんて!!


 リーゼはその怒りを枕にぶつける様に殴りつけていた。



 ❊❊❊



 パタンッ……


 ドアを閉めたウィルフレッドはその場に顔を埋めるようにしてしゃがみこんだ。


「……勘弁してくれ……」


 そう呟いたウィルフレッドは耳まで真赤に染まっていた。


「生殺しもいいとこだろ」


 自制心は強い方だと思っていたが、正直危なかった。

 気持ちよさに悶えた艶かしい声がウィルフレッドの耳に残って離れない。それも、無意識に煽って来るもんだからたまったものじゃない。


 自分の手に反応して腰を浮かす癖に、必死に冷静を装おうとする姿が可愛くて、ゆっくり時間をかけて手を滑らせた。だが、それは単に自分を苦しめるだけだった。


 滑らかで柔らかな肌に手が触れれば、もっと触りたいという欲が出てしまう。


 今まで何人もの女性がウィルフレッドとの関係を求めて迫ってきたが、こんなにも身体が熱くなることは初めてだった。


「あ゛~、クソッ!!」


 必死に熱を冷まそうとするが、一向に冷めない熱に苛立ちながら頭を乱暴に搔くと、冷水を浴びる為にシャワー室へと駆け込んだ。


 シャ──……


 冷水を浴びてようやく熱が収まったウィルフレッドは、水を滴らせながら出てきた。

 こうまでしないと自分を保てない己に呆れる一方、初めて感じる感情に酔っていた。


「厄介だが、悪くない……」


 濡れた髪を掻き上げながら、リーゼの部屋に続くドアを見ながら呟いた。


(今頃、彼女は俺の文句を口にしているだろうが、それでいい)


 ウィルフレッドは自分のことで頭を悩ますリーゼの姿を思い浮かべて、満足気に微笑んだ。


 そもそも、この屋敷ここから帰さなかったのも、単純に帰したくなかったと言う不純な理由。勿論、護衛の件も嘘では無い。


 今日会った限り、あの二人は反省どころか懲りてすらなかった。なんなら、面倒臭い方に転がり始めている。


「…暫くは忙しそうだ…」


 気だるそうにしながら、持ち帰った書類に目を通し始めた。

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