第14話

「…………ん…………」


 リーゼは眩しい日差しを浴びて目が覚めた。

 寝ぼけながら身体を起こしてミーナを呼ぼうと部屋を見渡すが、見慣れない部屋にいることに気が付いた。


(あれ…?私の部屋じゃない…?)


 ベッドを下りようとした所で、急に手を掴まれた。


「ッ!?」

「どこへ行く?」


 驚いて横を見ると、そこには半裸のウィルフレッドがいた。厚い胸板に所々ある剣の傷痕が生々しく痛々しい。何よりも、男性の半裸と言うだけで直視出来ない。


 前にもこんなことあった様な…デジャブか!?と思ったが前の時はシャツ姿だった。

 全身を赤らめて見ていると、ウィルフレッドの視線がやけに気になる。舐めるように身体を見られている…そんな感じがして、視線を下に落とすと「ヒョッ」と変な声が出た。


 それもそのはず、今のリーゼは下着の姿。自身の姿を見て、昨夜の事を思い出した。


 先に言っておくが、貞操は守り抜いた。


 ──あの後、勢いづいたウィルフレッドを止めるのは本当に…本当に!!大変だった。


「ちょ、待った!!いくらなんでも性急すぎるでしょ!!」

「俺はもう止めらんと言ったが?」

「言った!!だけど、こっちにも心の準備ってのが欲しいの!!」

「そんなものやっていれば準備も整う」

「ちっがぁぁぁう!!!!」


 リーゼの話を聞きもせず服を一枚一枚剥いでいかれ、いよいよ下着のみと言う所で最後の手段とばかりに魔法の言葉を放った。


「もう!!これ以上したら、この屋敷を出て行きます!!」


 その言葉が効いたのか、すぐに手が止まった。


「…………それはズルいだろ」


 そう言いながらリーゼの肩に頭を擦り付けてくる。その行動にキュンと胸がときめくが、ここで負けては駄目だと拳をきつく握りしめた。


 ウィルフレッドは頭を掻きながら身体を起こすと、深い溜息を吐いた。


(お子様相手だと呆れられてしまった?)


 すぐに自己嫌悪に陥ったが、こればっかりは譲れないと気持ちを強く持った。すると、ウィルフレッドが大きな手を頭の上に乗せてきた。


「仕方ない。嫌われる方が余っ程堪えるからな」


 この人は強引な所はあるが、それ以上に優しさがある。そこに惚れたんだな。


 しみじみ思っていると「だが」と前置きが聞こえた。


「その時になったら覚えておけよ?」


 溢れんばかりのいい笑顔を向けられ、サァーと血の気が引いたのを覚えている。


「さてと」

「もう出掛けるんですか?」


 ガウンを羽織り、ベッドから出るウィルフレッドに声を掛けると「ん?」と振り返り、息を吸うかのようにキスをしてくる。


「寂しいか?」


 いつものように揶揄ったつもりだった。

 だがリーゼは頬を染め、上目遣いで「……ちょっと……?」なんて可愛い事を言うものだから、ウィルフレッドが必死で押さえ込んでいたものが爆発しそうになった。


「あぁぁ~……くそっ!!」


 顔を手で覆いながら天を仰いだ。


「今から抱いていいか?」

「だ、駄目に決まっているでしょ!!」


 顔を赤らめて懇願するウィルフレッドを見たら、一瞬躊躇してしまったが、何とか気を取り留めた。


「はぁ~…戦場に出るより辛い…」とボヤきながら、部屋を後にして行った。



 ❊❊❊



「団長!!」


 城へ赴くと、すぐに声が掛けられた。


「なんだ、お前か」

「何だとは何ですか。いい加減妹を返してください」


 ウィルフレッドに声をかけてきたのはリーゼの兄、マティアス・クンツェル。リーゼによく似た面持ちで、騎士にしては華奢な体型だがその体つきに似合わず、剣を振るう姿は勇ましい。腕前も良く、ウィルフレッドも認めている。


「残念だが、それは聞き入れられないな」

「妹一人ぐらい私でも守れます」

「ほお?いつの間にそんな大口を叩けるようになったんだ?」


 鋭い眼光で問われれば、流石のマティアスも黙るしかない。


 一介の騎士と団長の力の差なんて誰が見ても一目瞭然。そりゃ、団長の元に居た方がリーゼにとっては安心かもしれない。だが、リーゼを思う気持ちは負けていない。


「リーゼは私の大切な妹です。いくら団長とは言え、未婚の男女が何日も同じ屋根の下と言うのは、兄として承知出来ません」


 ビシッと指を突き立てて言うが、ウィルフレッドは退屈そうに余所見をしている。


「聞いてますか!?」

「ああ、お前が妹離れできていないのがよく分かった」

「ええ、当然です。リーゼは私が幼い頃から守って来たんです。なのに、殿下に婚約を破棄された挙句に団長なんかと婚約を結ぶなんて…きっと自暴自棄にでもなったんでしょう…可哀そうに…」


 団長であるウィルフレッド相手に牙を向けてくるあたり、兄妹だなと少し面白く思えた。

 マティアスは出ていない涙を拭う仕草をして同情を引こうとしていたが、そんな安い情に引かれるような者ではない。


「お前は自分の妹をまだ知らんな」


 含みのある笑みを浮かべるウィルフレッドに、マティアスは怪訝な表情を見せた。


「リーゼは俺がいいんだと」

「は!?」

「嘘だと思うなら直接聞いてみろ。まあ、結果は見えているがな」


 愕然とするマティアスを見て、勝ち誇った顔でその場を後にしようとしたが「団長!!」と再び呼び止められた。


「まだ何かあるのか?」と振り返ると呼び止めたのはマティアスではなく、他の騎士だった。


「陛下がお呼びです」

「…はぁ~、また面倒事か?」


 頭を掻きながら、いつもの面倒事だろうと安易に考えながら国王の元へ急いだ。

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