第11話

「アリアナ。ちょっといいか?」

「なんですの?」


 城の一角。本来なら妃教育を受けているはずのアリアナは、ソファーに寝転びながら爪の手入れをしている。

 そんなアリアナの姿を見て、ロドルフは溜息を吐いた。


「また追い返したのか?」

「あら、私が悪いんじゃないんですよ。あちらが勝手に出て行ったんですから」


 詫び入れる様子もなく、自身の顔も見ようとしないアリアナに、ロドルフは怒りを通り越して呆れ果てた。


 婚約者と言う立場になって、アリアナは変わった。


 今までは、ロドルフが声を掛ければ愛くるしい笑顔で返事をくれた。どこに行くにも一緒がいいと言って、よくロドルフを困らせていたが、ロドルフ自身も満更ではなかった。


 それが今では、こちらから会いに来なければ顔も見せない。


「はぁ~…そんな事では、妃はつとまらないぞ?」

「まあ!!ロドルフ様までお説教ですの!?」


 少し注意すれば、すぐに涙を浮かべて誤魔化そうとする。


 だが、その涙に弱いのも事実…


「違うんだ。私はアリアナの事を思って言ってるんだ」

「私だって頑張っているんですよ!?それなのに先生方が、私には妃は無理だと言って出て行ってしまうんです!!」


 ソファーに突っ伏して泣くアリアナを、慰めるようにロドルフが頭を撫でる。すると、潤んだ目で顔を上げた。


「ロドルフ様…私はもう疲れました。ロドルフ様の事は愛しておりますが、周りがそれを許してくれていないんです」

「大丈夫だ。もう少し辛抱してくれ。私が何とかするから」


 今回の件に関しては、父である国王からも叱責された。放任主義であまり怒られたことなかったロドルフからすれば、父からの怒号は正直堪えた。


 だからこそリーゼを妃に据えれば、全てが上手くいくはずだとロドルフは信じて疑っていない。その為には、リーゼを自分の元に戻さなければと焦りもある。


 アリアナを強く抱きしめるロドルフの表情は酷く険しかった。一方のアリアナは、ほくそ笑むように目を細めていた…




 ❊❊❊




「お嬢様~!!リーゼお嬢様!!」

「ミリー、ここよ!!」


 声を頼りに歩いて行くと、大きな木の上から声がして上を見上げると、木の上にスカートを捲し上げた姿のリーゼが幹にしがみついている所だった。


「──なっ!?何をしているんですか!?」

「猫ちゃんを助けようと思って…降りられなくなっちゃったのぉ!!」


 半泣きで助けてと訴えるリーゼの腕の中には、しっかりと子猫が抱かれている。


「ちょ、ちょっと待っていてください!!」


 ミリーは助けを呼ぶ為に、慌てて屋敷へと駆け出した。




「早く早く!!」

「何処まで行くんだ!?」


 しばらくすると、ウィルフレッドの腕を引いたミリーが駆け足でやって来るのが見えた。

 まさかウィルフレッドを連れてくるとは思っていなかったが、これでようやく下りられると安堵できた。


 ウィルフレッドは木の上のリーゼを見て、苦笑いを浮かべながら溜息を吐いた。


「俺の婚約者は随分とお転婆だな」

「お説教は後で聞きますから!!早く助けてくださいよ!!」


 もう掴まっているのもやっとで、手が震えている。このままでは落ちてしまう。

 そう思っているとウィルフレッドが無造作に両手を広げた。


「受け止めやるから、飛び降りろ」

「はぁぁぁ!?」

「さあ、俺の胸に飛び込んでこい」

「馬鹿なの!?冗談言ってる場合じゃないのよ!?」


 物凄い笑顔で言うウィルフレッドに怒りが込み上げる。助けに来てくれたのは純粋に嬉しいが、問題は助け方。


 飛び降りることが出来るんなら最初からやってるつーの!!


「俺を信じろ。絶対に落とさん。しっかり受け止めてやる」

「お嬢様!!大丈夫です!!ミリーも付いております!!」


 ウィルフレッドと一緒にミリーも声をかけてくる。


 いや、ミリーが付いてようが付いていまいが、飛び降りるのはこっちだが?


 ウィルフレッドを信用してない訳ではない。流石に飛び降りるには度胸が必要な高さで、足がすくんで動けないと言うのが本音。


 だが、こうして躊躇している間でも、腕の中の子猫は暴れ続けていて、いつか落としそう。

 折角助けたのに、落としたら元も子もない。


 リーゼは意を決して下を向いた。


「えぇい!!ままよ!!」


 目を瞑って出来るだけ下を見ないようにした所で、震える足で思いっきり幹を蹴り、地面に向けて真っ逆さま…


 ポスンッ


 浮遊感からすぐに暖かな温もりに包まれた。


 ゆっくり目を開けると、優しく微笑むウィルフレッドの顔がすぐそこにあり、不覚にもドキッとしてしまった。


「まったく…お転婆も大概にしてくれ。怪我をしたらどうする」


 そう言いながら額をくっ付けて来たものだから、こちらの心臓はたまったものじゃない。


「た、助けていただきありがとうございました」


 お礼を言いつつ、さり気なく距離を取ろうとするが、がっしり抱きしめられていて距離をとるどころか、離しもしてくれない。


「これぐらいどうって事ない。だが、次は俺に声をかけてくれ。流石に肝が冷えた」


 眉を下げて本気で心配している様子に、リーゼはバツが悪そうに俯き黙ってしまった。


「にゃあ」


 リーゼを慰めるように子猫がリーゼの顔を舐めてくる。それがくすぐったくて「ふふ」と思わず声が漏れた。


「団長様…この子を飼ってはダメでしょうか?」

「ん?」

「………ダメ………?」


 子猫と一緒に上目遣いでお願いすると、ウィルフレッドは「ぐッ」と言葉につまり、顔を逸らしてしまった。


「…その顔は卑怯だろ…」とリーゼに聞こえないほど小さな声で呟いた。


「団長様?」

「あ、ああ、猫か…飼ってもいいが一つだけ条件がある」

「何ですか!?」


 この子を飼っていいなら、多少の事なら聞く!!


「名前」

「は?」

「ウィルと呼んでもらおうか?」

「……………」


 そう来たか…とリーゼはイラッとしたが、腕の中の子猫を見たら、この子の為なら安いもんだと思える。


「分かりました。うぃ…ウィル…様」

「まあ、妥協点だな」


 そんな一連の流れを、ニヤニヤしながらミリーが見ている事に気づいたのは、数秒後の事だった…

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