第12話

「ねぇ、ミリー。ちょっと話があるんだけど」

「どうしたんです?そんな神妙な顔をして」


 机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に置きながらミリーに問いかけた。

 ミリーは先日拾った子猫(バニラと命名)と遊びながらリーゼに向き合った。


「薄々感じてはいたんだけど、もしかしてと思って…」

「なんですかぁ?勿体ぶらずに言っちゃって下さいよ」

「団長様…ウィル様って、もしかしてだけど…私の事、本気で好きなんじゃと思ってるんだけど…」


 そう問いかけた瞬間、ミリーは驚いたと言うか驚愕の表情を見せた。その表情を見て、リーゼは完全にやらかしたと思っていた。


 あれ!?やば。これは自意識過剰、勘違い野郎の方だった!?


 リーゼは羞恥心で全身が燃えるように熱くなっている。いっその事、このまま燃え尽きたい。


「ごめん!!今のは忘れて!!団長様が私なんかに本気になるわけないのにねぇ。はは、私ったら血迷ってたわ」


 慌てて取り繕ったが、何故か自分で言った言葉が胸に突き刺さる。笑顔を作ろうとするが、顔が引き攣っているのが自分でもよく分かる。


 そんなリーゼを見たミリーは、ゆっくりと口を開いた。


「何を今更当たり前の事言っているんです?」


 首を傾げながら不思議そうに言い切った。


「え?本当に…?」

「逆にそんな質問が出た事が驚きです。誰がどう見ても大切にされているは明らかじゃないですか」


 大切にされていると言うより、遊ばれている感が否めない…それでも時折見せる瞳は、とても柔らかで優しくて暖かくて…悔しいけれど、その瞳が凄く好きだった。


「この屋敷にいる者全員に聞いても同じ意見だと思いますよ?」

「そ、そう…」


 顔が火照るのが分かり、慌てて顔を逸らした。


「ちなみに、お嬢様はどう思っているんですか?」

「えっ!?私!?」


 ミリーに詰め寄られ、思わず飛び退いた。


 どうって……そんなことを聞かれるとは思ってもみなかったから、上手く言葉出てこない。


「顔良し、家柄良し、高収入、周囲の評判も上々。こんな高スペックそう簡単には見つかりませんよ?」


 そう言われればそうなんだが、その相手が訳あり令嬢となれば当人はよくても周りは黙っていない。まあ、それを訴えた所でウィルフレッドは「気にするな」と言うだろうし、周りを黙らせることぐらいしそうだ。


(こっちはそうもいかないんだよ)


 本当の所、ウィルフレッドを好きになってしまった時の自分を考えた時が怖い。


 人を好きになる事が怖いんではなく、もしウィルフレッドに好きな人できて自分が捨てられる事を考えたら恐ろしくて仕方ない…


 恋愛なんて一生無縁だと思っていた節もあってか、絶対に惚れない自信があったからこそ、ウィルフレッドの隣にいるが、ここ最近その自信が失われつつある。

 気のせいだと自分に言い聞かせて虚勢を張っているが、このままでは取り返しがつかなくなると分かっている。

 だからこそ、花が咲く前に蕾を摘む必要がある。


 …この屋敷に滞在して一月ほどが経つ。そろそろ頃合いだろう。


 リーゼは意を決したように、隣と繋がるドアを眺めた。



 ❊❊❊



 コンコン…


 夜遅く、ウィルフレッドが帰宅した頃を見計ってドアをノックした。


「珍しいな。夜這いか?」


 わざわざドアを開けてくれ、リーゼを迎え入れてくれる。


 嬉しそうにリーゼを見つめるウィルフレッドに、今から伝えようとする言葉を飲み込んでしまいそうになる。


 促されるまま、ソファーに座って深呼吸をした。


 初めて入ったウィルフレッドの私室は無駄なものが置いておらず、リーゼの部屋と比べると随分殺風景な印象だ。


「単刀直入にお伝えします。婚約を白紙に戻し──」

「断る」

「…………」


 全て言い切る前に、食い付き気味で言い返された。


 まあ、こっちだって簡単にいくとは思っていない。


「ええ~…仮の婚約者となって一月経ちましたが、殿下との婚約破棄の件は下火になってますし、あの二人の動向に変化もありません。この辺りで、しれっと白紙に戻してもさほど騒がれないはずです」


 ウィルフレッドは黙ってリーゼの目を見つめて逸らさない。全身の毛穴から汗が吹き出すほどの威圧感を感じながらも続けた。


「それに、あまり長く私が隣におりますと次の婚約者を探す際の足枷となってしまいます。ここで元に戻すのがお互いの為なんです」


 そう…これ以上ここにいたら駄目…この人に、私は釣り合わない…


 ギュッと拳を握りしめながら伝えた。

 ウィルフレッドは一言も発さず黙っている。自分勝手過ぎると呆れているのか怒っているのか…どちらにせよ、自分が悪いと分かっている。リーゼは怒号も覚悟していた。


「…………そうか」


 落ち着いた声だが酷く冷たい声が聞こえ、ビクッと肩が震える。


「そちらの気持ちはよく分かった。随分と勝手なことを言うな」


 頭上からかけられる言葉が心を締め付けるように絡みついてくる。


 リーゼはウィルフレッドの顔が見れず、黙って俯いたままだった。その様子に「そちらがその気なら」とウィルフレッドはリーゼを抱き上げた。


「なッ!?」

「黙っていないと舌を噛むぞ」

「いや、離してください!!」


 必死に抵抗をして、ドサッと置かれた先はベッドの上…


 直感でヤバいと感じ、這いつくばって逃げようとしたが腕を掴まれ組み敷かれてしまった。逃げられぬように腕を拘束され、そのまま食らいつくように乱暴に唇を奪う。


「……ん……ちょ…………」


 苦しそうに目に涙を浮かべて訴えるが離してくれない。


 空気を求めるように口を開けたら、舌が絡み付いて更に苦しくなる。


「………ッん~~……ん~……!!」


 執拗に絡みついてきてもう限外だと思い始めた所で、ようやく離してくれた。涙で滲む視界でウィルフレッドを見ると


 ドキッ


 月明かりに照らされながら濡れた唇を舐めるウィルフレッドは、とても魅惑的で妖艶でとても同じ人とは思えないほど美しかった…


「乱暴な事はしたくなかったが仕方ない。今からお前を抱く」


 そう言いながらシャツのボタンを引きちぎった。

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