第10話
突然ですが、本日は朝から使用人達の奇襲に合い、何事か聞く暇もなく身支度を整えられ、気が付いたら街におりました。
そして、当然のように隣にはウィルフレッドの姿が…
「…団長様。来るなら来ると、せめて一言頂けますか?」
「前もって言ったらあーだこーだと理由を付けて逃げるだろ?」
「…………」
痛い所を突かれてぐうの音も出なかった。
「ほら」と手を差し出され大人しくその手を取ると、勢いよく腕を引かれた。
「うわっ!!」
ポスンッとウィルフレッドに抱きつくような形で腕の中へ。
「ちょっと!!危ないじゃないですか!!」
顔を上げて文句を言うが、ウィルフレッドはいたずらっ子の様に口角を吊り上げてリーゼを見つめている。
(わざとやりやがったな)
意図は分からないが、このままこの人のペースに飲まれて弄ばれるのだけは絶対に避けたい。
リーゼは気持ちを落ち着かせるように息を吸って吐いてを繰り返し、感情を無にしてウィルフレッドに向き合った。
「それで?街までやってきて何用ですか?」
「相変わらず素っ気ないな」
「可愛げがなくてすみませんね。今からでも遅くないので新しい婚約者を探してみては?」
ようやくウィルフレッドの腕から解放され、仕返しがてらに皮肉を込めて言い返してやった。
「は、冗談。言ったろ?狙った獲物は逃がさないって」
「…獣の類と一緒にしないで下さい」
呆れるように溜息を吐きながら、ウィルフレッドにエスコートされながら街の中を歩いて行く。
(こうして男性と街を散策するのはいつぶりだろう…)
まあ、男性と言っても兄なんだが…
前婚約者だったロドルフとはまず、二人きりで会ったのも片手で数えれる程度。一緒に出かけるなんてこと自体が有り得ない。
(ん?)
そこでリーゼがある事に気が付いた。
(これは俗に言うデートと言うやつでは!?)
いや、でも相手があの団長様だからな…特別な意味は無いのかもしれない。単純に買い物に付き合えって事かもしれない。とはいえ、二人きりと言う状況には変わりない。
男女の仲と言うものに縁のなかったリーゼは、急にどうしていいか分からなくなってソワソワし始めた。
「なんだ?急に大人しくなったな」
「そ、そんな事ありません!!」
驚いて声が裏返ってしまい、ウィルフレッドにクスクス笑われてしまった。
リーゼは恥ずかしさと、いたたまれなさで消えてしまいたかった。
「ほら、ここだ」
「──わぁ…って、ここ…」
ウィルフレッドが指した場所は、品質、デザイン、サービス全てが一流な宝石店。となれば、当然お値段も一流な訳で…
店内に入ったリーゼが恐る恐るショーケースを覗き込むと、眩しいほどに輝く色とりどりな宝石が並んでいる。
そのお値段は………お世辞にも可愛いものでは無い。
「どれがいい?」
「!?」
「この間のポプリの礼だ」
思わず目が点になった。
ポプリの礼にしてはいくら何でも高価すぎる。なんなら、あげるつもりもなかったから、仕方なく手元に残っていたのをあげただけ。そのお返しがこれ!?
「いやいや、流石にいただけませんよ!!そもそも、見返りが欲しくて贈ったんじゃありません!!」
「そんなことは分かってる。俺が贈りたいんだ」
これだから金持ちは…!!と喉の奥まで出かかった。
「それに、婚約指輪もいるだろ?」
「は?婚約指輪?仮の婚約者に?」
「仮だろうと、俺のものだという証が欲しい」
真剣な瞳で迫られ『いらない』という一言が言えなかった。
(そこまで私に執着する理由は何?)
聞いてみたいが聞いたら最後。本気で逃げ道を失いそうで聞くことが出来ない。
「これなんかどうだ?」
そう言って出されたのは、バカでかいサファイアが付いている指輪。大きさも然る事乍ら、値段もバカみたいなものだった。
「ちょ、冗談でしょ!?」
思わず本音が出た。
「気に入らないか?じゃあ─……」
「あ~ぁ!!ちょっと待ってください!!選びますから!!」
金銭感覚のバクってるこの人に選ばしたら、高いだけ高くて全く似合わないものしか出てこない。
そんなものを身に付けた所で宝石の輝きに負けて、私の方が宝石のオマケだと笑われるに決まってる。
(宝石は出来るだけ小さくて、お手ごろ価格のもの…)
食い入るようにショーケースを眺めるが、お手頃価格なものが一つもない。
そりゃそうだ。王族御用達の高級店ですもんね。
「あの、この店で一番安いのは…」
こうなれば、この店で一番安いやつにしようと店員に聞くが、それをウィルフレッドが許さなかった。
「値段なんて気にする必要は無い。気に入った物を選べばいい。こんな時ぐらいは格好つけさせてくれ」
確かに、この店を知っている貴族らに指輪を見られて一番安いものだと知られたら、ウィルフレッドの顔に泥を塗ってしまう。
まあ一番安いって言っても、一般人の給料何ヶ月分?って額だけど。
リーゼが唸りながらショーケースを睨みつけているので、困った店員が裏から何やら持って来た。
「もし派手なものが苦手でしたら、こういったものも御座いますが…」
それは、宝石など嵌められていないシンプルな指輪。
「こちらは、
「──んなッ!?」
そう言われて改めてよく見ると、確かに贅沢にもブラックダイヤを指輪にされておる…
「ああ、これならいいんじゃないか」
「ばっ、値段!!」
「だから、気にするなと言ったろ?」
横から顔を覗かせたウィルフレッドが、こちらの意見を聞かずに購入を決めてしまった。そんなパンを買うような感じで買っていい代物じゃない。
結果的に、この店で一番高価な物を買わせてしまった事実に目眩がする。
ウィルフレッドはそんなリーゼの手を取り、購入したばかりの指輪を指にはめた。
「これで私のものだという証が出来たな」
はめたばかりの指輪に口付けながら、満足気に微笑んだ。
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