第9話

「さてと…助かったわ、ありがとう。と言うべき?」


 人気のないところまでやってくると、担いでいたリーゼをゆっくり降ろした。


「乱暴な扱いしてごめんよ。お察しの通り僕はヴェンデルス家の諜報をしている者。シンって呼んでよ」

「あの人が何も言わずに殿下の元に行くことを許してくれたから、おかしいとは思ってたのよ。まさか貴方を仕込んでいたなんてね」


 ジルベールからの伝言ではウィルフレッドは「気を付けて行ってこい」とだけ言っていた。あまりにもあっさりしていたから、聞き間違いかと思って再度聞き返したぐらいだ。


 まあ、別にいいんだけど、なんかもう少しないの?となんか胸がモヤモヤしたのを覚えている。


「はは、あの人、ああ見えて結構心配性なんだよ。お嬢さんの前ではかっこ悪いとこ見せたくなくて強がってたんだよ」


 そう言われれば、そうかもしれない。けど、別に心配されてかっこ悪いと思う奴がいるだろうか?


「男ってのは惚れてる女には見栄を張りたい生きもんなんだよ」

「そうは見えないけど」


 遊ばれている感はあるが、好かれている感じは微塵も感じない。


「まあ、そう言わないで、どうだい?かっこいいとこ見て見たくない?」

「は?」




 ❊❊❊




「おらっ!!気合い入れろ!!」


 シンに連れてこられたのは、騎士団の演習場。そこで大声を張り上げて、騎士達を煽っているのが団長であるウィルフレッド。

 鋭い眼光を向けて騎士達の士気を上げる。騎士達もその言葉に応えようと、必死に食らいついている。


 初めて見る団長としての姿に、目が奪われて離れない。


「どうだい?うちの大将は。かっこいいだろう?」


 シンの声に応える事なく、黙って前を見据えている。


(悔しいけど、かっこいいわ)


 これは女性人気があるのが頷ける。同性であるシンですら惚れ惚れしてんだから、異性が惚れない訳がない。


(そんな人が婚約者って…いや、まあ、仮なんだけど)


 正直なところ、ウィルフレッドと婚約を結んで面白く思っていない令嬢も多い。


 そりゃそうだ。大した身分も見た目も持っていなだけではなく、断罪された傷ものを選んだんだ。文句が出てこない訳がない。そんなこと、自分自身が一番よく分かってる。


 利用した手前あまり強くは出れないが、いい加減話をする必要があるかもしれない。


 そんなことを考えていると、一人の令嬢がウィルフレッドの元へ駆け寄って行くのが見えた。


「あれって、殿下の現婚約者じゃない?」


 シンの言う通り、それはアリアナだった。


 ウィルフレッドから話は聞いていたが、こちらもこちらで必死なようだ。

 大きな籠を手にしている所を見ると、差し入れを持ってきたとでも言って通してもらったのだろう。


 アリアナは笑顔でウィルフレッドに近づくと、身体を擦り付けるようにして籠の中身を見せているが、ウィルフレッドは顔色一つ変えていない。

 その態度が癪に障ったのか、アリアナは胸元を見せつけるようにして縋りついている。


「……シンって言ったかしら?ちょっと、あの女の息の根止めて来てくれる?」

「ははははっ!!大分穏やかじゃないなぁ。僕だってそうしたいところだけど、大丈夫だよ。相手が相手だからね」


 シンはそう言って落ち着くように言うが、リーゼは落ち着くどころか苛立ちと不安で押しつぶされそうだった。


 ウィルフレッドは信じろと言うだろうが、男というものはか弱くて愛らしい女の子が好きなんだ。そんな者に縋られたら、屈強な精神すらやられてしまうかもしれない。


 そう思うと、自然と拳に力が入ってしまう。


 別にウィルフレッドが誰を好きになろうと関係ないと分かっている。分かっているのに、胸が押しつぶされそうに痛い…


 ギュッと胸元を握って、誤魔化そうとするがうまくいなかい。


「あぁ、ほら、見てご覧」


 シンが愉しげに言うものだから、どうしたのだろうと顔を覗かせた。


 見ると、険しい顔のウィルフレッドがアリアナを引き離そうとしている所だった。

 アリアナは必死にしがみつくが、相手は騎士だ。容易く引き離されてしまう。


 それでも引き下がらないんだから、この女の神経は鋼で出来ているんじゃないかと思う。

 流石のウィルフレッドもいい加減鬱陶しくなったのか、アリアナを睨みつけながら叱責しているようだった。アリアナは目に涙を浮かべているが気にもとめずに、その場にいた騎士に送らせるように目配せしていた。


 騎士に引きずられるようにして演習場を後にするアリアナを見ると、自然と溜飲が下がる。

 その様子を眺めていたら、視線に気が付いたアリアナと目が合った。

 その表情は酷く悔しそうで、怒りと妬みが入り交じった目で睨みつけてきたので、勝ち誇ったように笑みを浮かべてやった。


(ざまぁwww)


 そう思ってしまう私も大概、性格が悪いのかもしれない。


「リーゼ」


 急に名を呼ばれてドキッとした。


「来てたのか」


 先程とは打って変わって、笑顔でリーゼに声をかけてくれるウィルフレッドを見て胸が熱くなる。

 自分にだけ見せてくれる笑顔が『嬉しい』そんな感情が頭を横切ったが、頭を振って誤魔化した。


「何してんだ?ほら、おいで」


 手を差し伸べてリーゼを呼ぶウィルフレッドだが、その手を取っていいのか迷っていた。


(そんな顔で呼ばないで…勘違いしそうになる…)


 戸惑っているリーゼの背中をシンが「ほら」と押したので、ウィルフレッドに抱きつく形で腕の中へ収まった。

 その勢いでリーゼを抱き上げたかと思えば「丁度いいからみんなに紹介しておこうか」なんて言い出した。


「ちょっ、待って!!!?」

「そうだが?」


 すぐに「下ろせ!!」と抗議するが、面白がっているのか絶対に下ろさないと言う意志を感じる。

 リーゼは髪を引っ張ったり頬をつねったりして、ありとあらゆる抵抗を見せたが、ウィルフレッドは笑っているだけで離してくれない。


 気付けばリーゼ達の周りには騎士が群がっており、生暖かい目を向けられる心情たるや否や…


(穴があったら入りたい!!)


 真っ赤になってウィルフレッドの肩に埋もれるようにして、顔を隠すリーゼを愛おしいそうにウィルフレッドは抱きしめた。

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