断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧

第1話

「リーゼ!!貴様との婚約をこの場で破棄する!!」

「………………は?」


 唾が飛びそうなほど大声を張り上げているのは、この国の王子であり私、リーゼ・クンツェルの婚約者ロドルフ・ヴィクトール。

 その腕には大切そうに抱きしめている女…子爵令嬢のマリアナ・ヴェラルディが勝ち誇ったようにほくそ笑んでいる。

 

 なんでも?私がマリアナを虐げていたと抜かしおる。


「…失礼ですが、私がやったという証拠は?」

「そんなもの、私が黒と言えば黒に決まっている!!」


 胸を張り、鼻息荒く言い切った。

 自分の身分を笠にして、禄に調査をしていないのが丸分かり。呆れて物が言えない…


 リーゼは口元を扇で隠し、小さく溜息を吐いた。


(少し調査すれば分かる事を…)


 自分の婚約者がここまで阿呆だった事に落胆するしかない。


 そもそもこの二人がデキている事はリーゼを含め、この場にいる全員が知っている。


 ロドルフがアリアナにうつつを抜かし始めたのは、リーゼと婚約した直後。妃教育の為に城へ訪れた際、中庭でイチャつく二人を目撃したのだ。

 その光景を目にして感じたのは、裏切られたと言う悲しさよりも、不潔なものを見た時のような嫌悪感。

 人目を気にせず抱きつく二人をリーゼは、もはや人の皮を被った獣だと思ってしまった。


 元より親が決めた婚約者であって、特別な感情は持っていなかった。それでも、結婚となれば一生連れ添わなければならないし、子を成さねばならない。それが王族となると、尚のこと…リーゼは出来るだけ愛そうと努力を決めた。その矢先での浮気現場だった。

 辛うじて残っていた慈しみも消え失せ、残ったのは名ばかりの婚約者。

 このままでいけば、ロドルフ有責で婚約破棄ができると思い、時期を待っていた。


 ──なのにだ。目の前の女は、リーゼに心身的にも肉体的にも傷つけられたと証言してやがる。


 悲劇のヒロインを演出したいのか?だが、何もしていない者を陥れてまでヒロインの座に座るのは如何なものか。

 殿下も殿下だ。ちょーと可愛いってだけでチヤホヤしちゃって、身体を擦り寄られただけで鼻の下伸ばしてみっともない。傍から見たら、ただの最低浮気野郎だからな。


(あぁ~…腹立つ)


 冤罪掛けられるんなら、とことん悪役やってやれば良かったわ。


 手に持つ扇をギリッと握りしめ、鋭い目つきで目の前の二人を睨みつけると、マリアナはここぞとばかりに目を潤ませてロドルフに助けを求めている。


「貴様ッ!!俺にそんな目を向けるとは何様のつもりだ!!」


 今のロドルフは『マリアナに頼られる俺様カッコイイ』と自分に酔っている状態で、こんな男と一時でも婚約していた自分に嫌気がさす。


 周りの者らはリーゼが冤罪を掛けられているのは分かっている。分かっているが、巻き込まれたくないと目を逸らし遠巻きにして見ている。


 このままコイツらの思い通りに進むなんて冗談じゃない。


 パチンッと勢いよく扇を閉じると、ニマニマしながらこちらを見ている二人に向き合った。


(本当、虫唾が走る)


 リーゼはフッと自嘲するかのように笑みを浮かべたかと思えば、酷く冷たい表情で二人を見た。


「今更何を言ってを無駄だと言うことが分かりました。婚約は白紙に致しましょう。こちらとしても、欠陥品を掴まされなくて良かったです。まあ、そんな欠陥品を自ら欲する奇特な方がいた事に驚きですが…」

「き、貴様──ッ!!」


 嘲笑うように言うと、ロドルフとアリアナは怒りで顔を真っ赤にして震えている。


(おや、自分が欠陥品だと言う認識はあったのか)


 散々人をコケにしておいてこの程度で済むと思うなよ。


 リーゼは辺りをチラッと見渡し、ある人物で視線が止まった。それは、この国の騎士団長であるウィルフレッド・ヴェンデルス。

 この人は現国王の弟。王弟という立場だが、王族と言う堅苦しい環境が嫌で早々に自分の爵位を持ち、郊外に屋敷を持っている。ロドルフとは叔父と甥と言う間柄であるが、歳はそこまで離れていない。甥であるロドルフとは比べ物にならないほど真面目な人で、今まで浮いた話一つもない。決して女性に不人気だからという事ではない。むしろ王子であるロドルフよりも人気はある。


 ロドルフ自身も、優秀な叔父と比べられて随分と劣等感を感じていることを知っている。


 リーゼはそんなウィルフレッドの傍へ寄ると小声で「お詫びは後ほど」と前置きしてから腕を絡ませた。そして、満面の笑みを浮かべながらロドルフに向かい合った。


「実は私、以前から様の事をお慕いしておりましたの」


 突然の告白にロドルフは元より、周りで見守っていた者達からもどよめきが上がったが、当のウィルフレッドは黙ったまま。正直、こんな茶番劇に巻き込んでしまって申し訳ない気持ちだが、目の前の男のプライドをへし折るには丁度良かった。


(後の事は知らん!!)


 いくら罰せられようと後悔はない!!


「あら?どうしました?そのように驚かれて。もしかして、私が貴方に気持ちがあったとでも?」

「……!!」


 どうやら図星だったようで、顔を真っ青にして口をパクパクさせている。どこまでも愚かな奴だ。


「自惚れるのも大概にしていただけます?私の心は最初からウィルフレッド様にあったのですよ」


 胸を押し付けるようにウィルフレッドの腕に絡みつき、最後の仕上げとばかりに口を開いた。


「そちらがそのつもりなら、私もウィル様と婚約を結んでも文句はありませんよね?」

「──なッ!!!!」


 クスッと勝ち誇った顔を見せれば、ロドルフは明らかに狼狽え始め「そんな事許さん!!」だの「何故、叔父上なのだ!!」だの騒ぎ立てている。

 隣のアリアナの方も、悔しそうに唇を噛みしめている。そりゃそうだ、嵌めたと思っていた女がまさか自分の男よりもハイスペックな男を連れているんだから。


(ざまぁwww)


 ごめんなさいね。あんた達の思い通りにいかなくて。


 リーゼは腹の中で大笑いした。これでまあ、溜飲は下がった。


「………………なるほどな」


 リーゼにしか聞こえない程の声でウィルフレッドが呟いた。


 察しの良いウィルフレッドは、自分が何故この場にいるのか理解するのに時間はかからなかったようだ。


 ウィルフレッドの言葉を聞いたリーゼは現実に引き戻され、額に汗を浮かべているが今更後には退けない。


「覚悟はできているようだな」


 真っ直ぐ前だけ見据えているリーゼに声を掛けるが、とても顔など見れるはずがない。リーゼは顔を引き攣らせて黙っている。

 その姿を目にしたウィルフレッドはリーゼの肩を強く抱くと顎に手を置き、顔を無理やり上げさせた。


「え?」


 戸惑うリーゼの目には、琥珀色の綺麗な瞳が映りこんでいた。月のように美しい瞳に吸い込まれそうで目が離なせない…目を離したら飲み込まれそう…


そう思った瞬間、唇に柔らかな感触を感じたのと共に全身を甘い匂いが包み込んだ。

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