第2話
一部始終を見ていた会場の令嬢達たちからは叫び声に近い悲鳴が響き渡っていた。
すぐに離されると思っていた唇はいつになっても離れず、息が苦しくなったことで正気に戻ったリーゼが必死にウィルフレッドの肩を叩いてようやく離された。
「何してるんですか!?」
「嫌だったか?」
「──ッ!!」
目に涙を浮かべ顔を真っ赤にして怒りを露わにするが、ウィルフレッドは詫びいれることもせずにニヤッと微笑みながら言ってきた。
嫌かどうか聞かれたら、なんて答えるのが正解なのさ!!
こちらの都合で付き合わせた手前、キス一つぐらい文句を言うなと言われればそれまでだし、一応はファーストキスだった訳だから文句を言ってもいいような気もする。
「叔父上!!」
悶々と考えている所に、ロドルフが声を張り上げた。その顔は怒りに満ちているような気もする。
「なんだ?」
「それはこちらの台詞です!!リーゼは私の──!!」
「お前の、なんだ?手放したのはお前だろう?それとも、俺のものになると思ったら惜しくなったのか?」
「……」
(図星かい)
ウィルフレッドにばっさり言われたロドルフは悔しそうに顔を歪めている。
「今更撤回はできないぞ。この場にいる者全員が証人だ。自分の言葉には責任を持てと何度も言っていただろう」
「………………」
幼い子を諭すように言うが、もう彼の耳には届いていないようで黙ったまま下を向いている。傍らではアリアナが鬼の形相でこちらを睨みつけているが知らん。
「まあ、こんな大勢の人前で唇を奪ったんだ。責任は取るつもりだ」
「え、いや……」
この二人をぎゃふんと言わせられれば良かっただけで、貴方と婚約するつもりは鼻っからありませんでした。すみません。と全力で土下座したいが、ここで全てをばらしたら水の泡になってしまうのでグッと言葉を飲み込んだ。
「色々と手続きがあるからな。俺達はここで失礼する」
ウィルフレッドに肩を抱かれ、会場を後にした。
❊❊❊
「さて、詳しく話してもらおうか?」
連れてこられたのは、ウィルフレッドの屋敷でもあるヴェンデルス邸。
外観からして世界が違うなぁ。と溜息が出るほど立派な佇まいだった。
応接間に通され、座るように促されたがソファーなんて上等な物に座れる様な振舞いをしていない。なんなら土下座で額を押し付けるぐらいの事をやったのだ。
その点を踏まえたリーゼは、黙って床に座ろうと膝を折った。
「ほお、余程俺の膝の上に座りたいと見える」
悪魔の声が聞こえた瞬間、折りかけた膝を正しソファーに座った。
落ち着かせるために、フーと深く息を吐いているとクスクス笑う声が聞こえた。
「先ほどの威勢はどうした?まるで別人だな」
「あれは、その場の勢いに過ぎません。
「随分と他人行儀だな。先程のようにウィルと呼んではくれないのか?」
リーゼはウィルフレッドと距離を取るために、敢えて役職で呼んだのだが、ウィルフレッドは揶揄うよに悪戯に笑みを浮かべながら言ってくる。
完全にこちらの意図を分かっていて言っているのだからタチが悪い。
「……くだらない事に巻き込んでしまった事に関しては謝罪いたします。ですが、団長様も私に謝罪することがあるのでは?」
「ああ、君の唇を奪った件か?」
「そうです。これでも初めてだったんですよ?まあ、こちらが悪いので責めるつもりはありませんが、この件はそれで相殺としてくだい」
犬に嚙まれたことにして忘れるから、あんたも今までの出来事一切忘れろと訴えた。
「そうか…そう言う事なら尚更、責任は取るべきだな」
「は?」
「俺もいい加減婚約者を据えようと思っていた所でな。まさに飛んで火にいる夏の虫だった」
「え?」
なんか雲行きが怪しくなってきたのを察したリーゼはこの場にいるのはまずいと、腰を上げたところで逃がさんとばかりにガシッと腕を掴まれた。
「君はロドルフを陥れる為に俺を利用しただけかもしれないが、こちらはそうもいかない。何より、あの場で堂々と俺の事が好きだと宣言したんだ。自分の言った言葉には責任を持たないとなぁ?」
甘くて魅惑的な声色なのに、冷や汗が止まらず全身の血の気が一気に引いた。
利用した相手は安易に手を出していい人物ではなかった。利用されたと分かった時点で、自分が利用する側に回る人間だ。
(人を呪わば穴二つ。か…)
己のしでかした結果に深い溜息が出た。
リーゼとて馬鹿ではない。
今ここで地団駄踏んで拒否を貫き通すより、大人しく従っていた方が賢明だ。
「分かりました。元はと言えば私が言い出した事。その責任は取ります。…が、一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「正式に婚約を結ぶのは待って下さい。要は、仮の婚約者と言う状態ですね」
リーゼがそう言うと、ウィルフレッドは不服そうに眉を顰めた。
「いいですか?私はつい先程婚約を破棄された者。言わば、傷心中の身です」
「そうは見えんが?」
うぐっと一瞬言葉に詰まったが、続けた。
「団長様とて、こんな訳ありな女を傍に置いていたら名に傷が付きますでしょ?」
「そんな簡単に傷付く名なら、当に棄てている」
「心が撃ち抜かれる様な出会いがあるかもしれませんよ?」
「ああ、既に出会っているな」
「……………」
澄ました顔で言い返してくるウィルフレッドに完全敗北。
リーゼは、その場に崩れるように膝を付いた。
手強いとかそういう問題じゃない。こちらの話を全く聞こうとしない。
「まあ、いい。仮だろうと俺の婚約者には変わりないのだろう?
項垂れるリーゼに追い打ちをかけるように、怖いくらい優しい声が聞こえた。恐る恐る顔を上げると、不敵な笑みを浮かべたウィルフレッドと目が合った。
リーゼは顔を引き攣らせながら、彼の本質を見誤った自分を心の底から呪った。
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