第20話

 シンがウィルフレッドの元へ向かって三日目。この日、事件が起きた。


「……ん……!!ん゛~~~~!!」


 目を覚ますと手足は拘束され、目隠しされ声が出せないように口枷までされている。


(やられた!!)


 この日、どういう訳か朝から父も兄も不在だった。使用人に話を聞くと、どちらも急用で城に向かったと聞いた。

 その時は、たいして不思議に思わず「ふ~ん」と軽く返事を返していた。


 それが全て仕組まれた罠だと言うことに気が付いたのは、部屋に戻った時だ。

 部屋に入った所で、何者かに背後から襲われた。口に布を覆われた瞬間に意識を失い、今に至る訳だが…


(参ったな)


 あれほど気をつけるように言われていたのに…今更後悔するが、既に後の祭り。

 しかしながら、自分の置かれている状況をこんなに冷静に見れるなんて、自分でも驚いている。


 まあ、騒いだところで体力を失うだけ。それなら、逃げる為に体力を温存しておいた方がいい。


 助けは…来てくれると信じているが、使用人がリーゼの姿が見えないのに気が付き、父らに連絡を入れるまでそれなりの時間があるはず。


(何処に向かっているか分からない以上、どうしようもない)


 馬車の車輪の音がするところを見ると、何処かに運ばれているのは容易に想像は付くが、目隠しをされていては景色が分からない。更に、気を失っている間にどの位の距離を走っているのかも分からない。


 リーゼの頭に絶望の文字が浮かんできた。


(…ん…?)


 一瞬だったが、ふわっと甘い香りがリーゼの鼻に香った。その香りは嗅いだことのあるような匂いだが、正体が分からない。


(どこか懐かしい匂い…)


 そんな事を考えていると、ようやく馬車が止まった。

 リーゼは拘束されたまま抱えられ、柔らかなベッドの上に置かれた。


 耳を澄ませ、全身を強張らせて気配を探っていると「はは」と乾いた笑いが聞こえた。


「随分無様な姿だな」


 その声は紛れもなくロドルフだった。

 ロドルフは、拘束されベッドに転がされているリーゼを見て、優越感に浸るように見下ろしながらほくそ笑んでいた。


 リーゼはすぐに言い返そうとするが口を塞がれているので、出てくるのは唸り声だけ。


「ああ、そのままでは喋れぬか。仕方ない」


 そう言うと、ゆっくり目隠しと口枷が外された。


「ぷはっ」と新鮮な空気を吸い込み一息ついたところで、ロドルフを怒鳴りつけた。


「一体どういうつもりですか!?こんなことしてウィル様が黙っていませんよ!!」

「その叔父上も今は戦場だ。今お前を助けに来るものはいない」

「…………目的は何です?」


 勝ち誇ったように言うロドルフ。ここで煽るのはあまり得策じゃないと判断したリーゼは、目的は何か問い詰めることにした。聞かなくても大方の検討はついているが、確証が欲しかった。


「そんなもの聞かずとも分かっているだろ。私の妃になれ」


 やっぱりと言うか、あまりにも分かり易くて呆れを通り越してなんの感情も出てこない。


「勘違いするなよ。私の愛する者はアリアナ一人だ。お前はお飾りの正妃として、私の隣に立つだけでいい。まあ、妃となったらそれなりには愛してやるから安心しろ」


 純愛を熱く語ってくれるのはいいが、その愛する婚約者様は現在進行形で貴方の叔父上に色目使って、不貞を働こうとしているって知ってるんか?


(この王子にあの婚約者か…ある意味同じ穴の狢だわ)


 リーゼは溜息を一つ吐くと、ロドルフに蔑むような笑みを向けた。


「殿下、冗談は顔だけにしていただけます?誰が好んでお飾りの妃になるとお思いですか?貴方の頭は空っぽなんですかね?」

「な!?」


 ロドルフは分かり易く眉を寄せた。


「それなりに愛してやる?冗談じゃない。金を払っても要らないものだわ。って言うか、愛する者は一人だけじゃないんかい。そんな事言ってるから、婚約者が他所の男に目移りするのよ」

「ど、どういう意味だ!!」

「あら、知らないんです?アリアナ様が危険を冒してまでウィル様の元へ行った本当の理由」


 ロドルフの様子からアリアナが嘘で丸め込んで戦場に行った事は分かった。その上で、リーゼは本当の事を知っていると匂わせた。


「…そ、それは、私の為だと…自分が進んで戦場へ行って、周りのからの評判を上げると…」


 先ほどの威勢が嘘のように弱々しく語った。やはり、聞こえがいいように話していたらしい。──というか、こんな単純な嘘を鵜呑みにする方もするほうだ。


「はぁ~…貴方は本当に周りが見えていないのね。馬鹿な人…」

「何が言いたいんだ!!はっきり言え!!」


 ここまで言ってもまだ理解出来ない様では、王子としての質が疑われる。まあ、元よりそんなものは持っていないも同然だが。


「では、はっきり申し上げますが、貴方の愛する婚約者様は、貴方の叔父上であるウィル様を私から寝取る為に、剣や銃弾が飛び交い血の海が広がる戦地へ行ったんですよ」

「……──は?」


 本当マジで信じてたんかい!!っと突っ込みを入れたくなるほど、ロドルフは目を見開いている。


「貴方よりウィル様の方が魅力的ですからね。寝取りたくなるのも分からんこともないですが…」


 ロドルフは「違う違う」と呪文のように呟いている。


「そんな女を選んだ貴方も貴方ですけど…」


 鼻で笑うように言うと「違う!!」とロドルフが声を荒げた。


「いい加減なことを言うな!!アリアナは叔父上には興味が無いと、愛するのは私一人だと言ってくれた!!」

「それを鵜呑みにして戦地へ?」


 正論を説くと「うぐっ」と黙った。


「百歩譲って、その話が事実だとしましょう。ですが、一般論から申しますと、自分の尻ぐらい自分で拭きなさい!!評判が悪くなったのは誰のせい!?」

「…………」

「今の状況もそう!!自分の体裁を守る為だけに、好きでもない女と結婚しようなんて…愚かでしかない」

「……れ」

「愛を説く前に、自分の身辺を見直した方が─」

「黙れと言っている!!!!」


 リーゼを黙らせようと、ロドルフは平手で思い切りリーゼの頬を殴りつけた。


 手を拘束されているので防御が出来ず、勢いそのままで受け入れるしかなかったリーゼは、ベッドの端に飛ばされ唇からは血が滲んでいた。


「ふんっ、相変わらず口ばかり達者な奴だ。そんな事を言って私の気を惑わすつもりだろうが、その手には乗らないぞ」


 苦し紛れに強がっているのか、今だに理解が追いついていないのか、そんな事を言っている。


「お前こそ、今の状況を分かっていて言っているのか?」


 ロドルフは下卑た笑みを浮かべながら、リーゼの顔を掴んだ。


「このままお前を私のものにしようと思えば出来るんだぞ?他の男が触れたと知ったら、叔父上はどうするんだろうな?」

「…最低ね」

「あははは!!なんとでも言えばいいさ。どの道お前に逃げ道は無いからな。少しだけ時間をやろう。賢明なのは何か、賢いお前ならば分かるだろ?」


 そう言いながら荒々しくリーゼを離すと、入ってきた侍女と入れ替わりで部屋を出て行った。

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