6話 dear my friend

キス友達

 高瀬を家に招き入れてからというもの、しばらくキスをしていない。というかされなくなった。それだけじゃなくて学校でも話していない。かといって何か困るわけでもないし、誰かの目があるところで高瀬に親し気に接するのは面倒ごとの種になるのでこちらから何かアクションを起こすことはないのだけど。


 もう一週間も話していないという事実は、また高瀬が不良女子に戻ってしまったのではないかという不安の材料としては十分なものだ。


 もう先生に呼び出されることはなくなったし、そもそも学校の外でしか高瀬と会っていないから、彼女がどこでなにをしていようがもはや私には関係ない……ってそれならもうキスフレに縛られる必要もなくないかなんていう核心的なものがよぎったけど、きっとそれは正解で。


 だってもう私たちの関係をキスフレと限定することは難しいだろう。家に遊びに行ったりするのはもうふつうに、友達じゃんか。



 名前も知らないクラスメイトたちの頭を避けるように視線を高瀬の頭に贈る。背が高い割には座高が低いから、意外と見つけにくい。


 あ、発見。


「ね、高瀬」


 後ろからこっそり近づいて、小さな声で言った。学校で話しかけるのは初めて会話した日以降、初めてだ。何度も言葉を交わしているどころか唇を重ねているが、その場所は学校の外だから、見慣れたはずの艶髪も新鮮だ。10年来の親友との馴れ初めエピソードの冒頭みたいになったが、実はまだ出会ってから一か月も経っていない。


「なに?鶴見さん」


 よそよそしくもなく、かといって親しげでもない。お互いに初めましての時の不良優等生高瀬波音そのものだった。心の奥にある本心を隠しているわけでもなく、ただ自分の一番表層にあるものを切り取って見せているようなその声を聞くとなんだか、寂しい。一か月に満たない期間でもほぼ毎日会っていたから、なかったことには出来ないほどに濃い。少なくとも私の人生を数ミリ程度は動かした。


 その、”平穏から数ミリずれた人生”は、少なくとも本来の軌道を通るよりは楽しかった。高瀬と親しいってことが周りに気づかれてしまうというくだらない懸念なんか忘れて、言った。

「今日一緒に帰ろうよ。最近会えてないし」


 ちょっとだけ教室が静かになったのは気のせいだけど、高瀬が一瞬暗い顔をしたのは確かだった。


「……うん。わかった」


 その日の授業はいつにもまして退屈で。

 ずっと高瀬のことばかり考えてしまっていた。高瀬はこの関係キスフレに飽きてしまったのだろうか。そもそもの始まりは私が高瀬と友達になりたくて、そのためには高瀬が夜遊びを辞めなくてはいけなくて、でその代わりに私が彼女とキスをするという、今考えたら荒唐無稽な契約によるものだった。


 キスフレでもなんでもいいから、高瀬と一緒にいたいとは思う。だってそのほうが楽しいから。


 人気の少ない林道、流石にもう蝉の声は聞こえない。私たちにはいつも通り会話がない。でも儀式的にキスをしていたこの間とは違ってなんだか気まずい。このまま何も言いださなければ、何も起きないまま終わりそう。


「ねえあのさ」

「何?鶴見さん」



「キス……したいな」

 言ってしまった。屋外で。

 これじゃあ私がビッチみたいだ。


「えっ……ええっ?」


 高瀬はたじろいだ。さっきまで能面みたいな顔してたくせに、急に慌てふためいて、周りをきょろきょろしだした。お前だぞ、最初にこういう関係に持ち込んだのは。と言ってやりたい。


「キス、しようよ」

「い、いやわかったけどちょっと……」


 高瀬の顔を見つめた。だんだん赤くなっていくのはたぶん気のせいではない。高瀬はちょっと悪いやつだ。自分がするのはいいくせに、相手にされるとテンパるタイプか。


 高瀬の腕を抱きしめるようにして逃がさないよう、一本道を外れて林の中に引っ張っていく。生い茂った雑木林には傾いた日光が入り込む余地などあんまりなくて、結構暗い。


「はい、目閉じて、あとちょっと屈んで」

そこそこ深い場所まで連行して追い詰めた。

「うん。わかった」


もう焦った高瀬はいなくて、いつも通りの彼女になっていた。焦った高瀬は新鮮で面白かったけど、こっちの方が落ち着く。


高瀬は私と目線の高さがあったことを確認して、にこっと微笑んだ。顔がいいから、そういうシンプルな奴は攻撃力が高い。思わず目を逸らしそうになったけど、堪えた。


高瀬は目を閉じると眠っている白雪姫的な雰囲気を醸し出す。私からキスを迫るのは初めてで、気恥ずかしさがこみあげてくる。だけど逃れられない。キスしないといけない。高瀬と友達で居続けるには、それが必要というか。キスするのが前提の関係なら、その前提を維持し続ければ関係が崩れることはない、つまりキスし続ければおのずと関係性は維持されるのだ。



「……っ、ん!?」


それは、よくない。


唇に高瀬の舌が当たる。戸惑って口を開けてしまった。そして、高瀬の舌が口の中に入ってくる。それはディープで、フレンチで……。


「だ、ダメっ!」

高瀬の肩を押して、突き放す。というか私が仰け反る。

自分からしておいて、都合が悪くなったから拒むってのは気持ちのいいものではないけど、人の舌が無遠慮に侵入してくるのも気持ちよくはない。


それにそういうキスってのはもはやキスではない。キスではないなら何かと言われれば、答えを出すのは少しむずかしいけど、とにかく私と高瀬の間で行われていい行為ではなかった。


「なんで?キスはしていいじゃん」

「いや、キスはキスだけどさ……違うじゃん」


私は多分無茶苦茶なことを言っている。だけど正しいのだ。


私たちの関係には、キスが必要だ。だけど、そこに付随する感情は必要ない。歪んでて、不自然な関係だ。綻びは生まれつつあるけど、不用意に流れに逆らってはいけない。だから、このキスはダメだ。


「……そっか」


そんな顔するな。高瀬。































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ビッチな同級生に説教したらキスフレに昇格(?)した話 草壁 @Hitohitooooooooooooo

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