スキマ風

何十件と貯まった不在着信を見てため息を漏らす。折り返しをする必要はない。少なくとも今の私には。


「ねえ、何スマホ睨みつけてるの」

「ん?あ、ごめんね。親からめっちゃ電話きててさ」

口をとがらせてじっと私を睨みつける。一番無難で自然だと思われる回答をする。


早速新しいカーディガンを羽織った彼女はどことなく上機嫌そうだ。床につかずに宙に浮いた足を前後にぶらぶらとさせている。


「鶴見さん、それ似合うね」

「あ、ありがと」


鶴見は白が似合う。それは彼女に黒い部分が見えないからだろうか。彼女の瞳の中にはいつも光が入っているし、ハーフアップの黒髪も、いつも光を反射させている。


服を褒めると、わかりやすく嬉しそうにして、恥ずかしがる。そんな初心で素直な子が、私なんかと関わる理由がわからない。


ぼんやりと彼女を見つめていると、コーヒーの香りがした。




「いい匂い……。ね、一口ちょーだい」

「うん。いいよ」


一口を欲しがる人は欲深いっていうのをどこかで聞いたことがある。


「ん、苦い」

「あんまり好みじゃない?」

「いや、まあ……。でも飲んでみたかったし。ブラック飲めるの、なんかかっこいいじゃん」

「そうかな?」


これが、友達みたいなことなのかな。鶴見のことがどんどんわかってくる。ブラックコーヒーが苦手で、でもちょっと大人ぶりたいのだ。


「鶴見さん、子供みたい」

「は?なんでよ」

「私、ブラックコーヒー好きだけど全然大人じゃないし。そういう発想が子供っぽくて、かわいい」

「……」


鶴見は見た目だけじゃなくて、意外と中身も子供っぽい。

周りにどう思われるかとかもあんまり気にせず私と一緒に居るのも、子供っぽい。


小さくて、意外と人懐っこい。だけど目つきが悪くて、割と口が悪い。可愛い。私と違って。


でもどう違うかあんまりわからない。私と鶴見が全然違うことはわかる。だけど何が違うかわからない。


鶴見のことはどんどんわかっていく。でも私のことはわからない。


「鶴見さん、甘いもの、好きなんだ」

「うん!」


フレンチトーストに乗ったクリームを食べて、笑った。

出会って日は浅いけど、この笑顔は初めてだ。いつもならちょっと機嫌が悪そうで、隙がないのに。あとでメモをしておこう。


相手のことをどんどん知っていくのが、友達なのだろうか。でも私は、そんな関係を求めているわけでもない。私は、私のことを、意味を、価値を知りたいのだ。



もう一度キスがしたい。


鶴見の体に私を刻んで、その痕跡を見たい。

鶴見の変化を観測するだけの友達じゃない。

もっと干渉したい。彼女に入り込んで、私を埋め込みたい。


そうすればきっと私の意味がわかるだなんていう、自己中にもほどがある考えが私の体を動かす。


「これも、あげる。甘いの好きだもんね」

「え?なんで、いいよいいよ、自分で食べな?」


いつも何かを探しているように鋭い鶴見の目が、疑問に揉まれて柔らかくなる。とろんと遠くを見るような目になった。


「鶴見さんは、甘いものが好きで、それならこれは鶴見さんが食べたほうがいいのかなって」


「高瀬は好きじゃないの?」


鶴見は私の目の前に置かれたパンケーキを指さす。


「好き……なのかな。わからない。だって食べたことない」


メニュー表を開いて一番最初に目に入ったからこれを選んだ。もちろんこんな店来たことないし、食べたこともないからこれが好きかどうかはわからない。


「甘いの苦手だったりする?」

「それも、わかんない」

「はぁ?わかんないってなに?」


私はずっと目の前の鶴見に集中していた。鶴見のことを知ろうとして、ずっと見ていた。今までもずっとそうだった。目の前に居る誰かのことをずっと見ていた。


「一回さ、食べてみな。それでどう思ったか教えてよ。高瀬の好み、なんにもわかんないから、知りたい」


私の好みを知りたい?その言葉は私にとって柔らかくて、それでも鋭くて、結構刺さる。返しが付いていて引き抜けない。


「それは……。わからない」

「うーん、じゃあさ」

「じゃあさ、探そうよ。口開けて」


甘い味が広がる。私に空いた隙間から、風が吹き込むように。


「……甘い」

「どう?好き?」


私の内側に向かうその感情の流れは私には制御できなくて、防ぎきれなくて。



「好き、なのかな」


初めて、自分という存在に触れた。

ただ、それはすごくチクチクして、痛くて、辛い。まだ私には、私に直接触れるという行為は早い。


「ちょ、ちょっと」


「キスさせて」


カフェはちょうど客のピークで、色々な人がいる。勉強する学生、パソコンを広げる社会人、談笑に耽る女性たち、若者、老人。


私たちはそのどれもに属さない。私が思う鶴見と、鶴見の思う私、ほかの人たちの思う私たちは全部違くて、私は誰からも見えない。


「だ、駄目だからね?」

「大丈夫」


席を立って、鶴見に近づく。

さりげなく、唇を奪う。


きっと鶴見は怒る。今日は彼女を怒らせてばっかりだ。

怒って、私の前から居なくなってしまうのか。


だけど鶴見を介して知った甘さは、心地よい。やっぱり私は誰かを通さないと私を知ることが出来ない。


「この方が、甘い」

「……それで、甘いの好きかどうかわかった?」

「……まだ」

「そっか」


鶴見は波のない声で言った。


まだ足りない。甘さも、キスも。
























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