ビッチな同級生に説教したらキスフレに昇格(?)した話
草壁
1話 あくまでキスフレ
誰でもいいから君にした
「あの、鶴見さん、電気つけっぱで大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
読み尽くした本をぱたんと閉じると、名前も知らないクラスメイトたちは気まずそうに会釈をして教室を出て行った。
ふと思い立って、今日誰かと会話をした回数を数える。まず、1時間目に1回。ペンを落として、拾ってもらったとき。次に高瀬、だけどそれはノーカンにしておこう。あとは……ええと、思い出せないということは今ので2回目だ。意味もなく折られた人差し指と中指を元に戻した。
別に話すのが嫌いなわけでも苦手なわけでもないが、単純に周りと合わない。要するに友達がいない。少なくともこの学校には。なのに今私は、西日が差す放課後の教室で人と待ち合わせ。もちろん恋人ではない。友達……と言ってもいいのかわからないけど、同性でクラスメイトだ。
「ごめんごめん、お待たせ」
「絶対生活指導だ」
「正解~」
腰あたりまで伸びているにも関わらず一切毛羽立ちのない艶髪、着崩していない制服にぴしんとした背筋。生活指導で下校が遅れるなんてこととは縁がなさそうな清楚系だが、人は見かけによらない。こいつは度重なる夜遊びでブラックリスト入りしているのだ。そんなヤツと、私は”キスフレ”になった。
「じゃあ、キスね」
「は?ここで?ちょっとそれはおかしいって」
「しょうがないじゃん。今日予備校なんだもん」
自分の目線より少し高い位置には、切れ長で高校生にしては妖艶すぎる目の美人が真っ赤で光沢のある唇を指さしている。
私がやるべきことは彼女にキスをすること。
それも、放課後の教室で。放課後とはいえまだ下校時刻は過ぎていないから、誰かが来るかもしれないという心配がある。しかしそれ以上に、付き合いたてのカップルみたいで嫌だ。私たちはそういうのではない。絶対。
「いや、今日くらいはいいじゃん。毎日キスしないと死ぬ呪いなんかにかかってるわけじゃないんだし」
「約束は約束。破ったら私も約束破るから」
「わかったから、もう早く目閉じて」
波音がゆっくり目を閉じる。黒くて大きい、谷底みたいな瞳が姿を隠す。ごくり、と固い唾液が喉を通り過ぎる。
こいつ、顔は本当に綺麗だ。ただでさえ厳しい生活指導の先生に目をつけられているからすっぴんだろうけど、肌には毛穴一つない。それにまつげも長くて、鼻が高い。でもいやらしい派手さはない。例えるなら、日本人形の職人が作ったフランス人形みたい。そんなもの見たことなければ、実在するかどうかも知らないけど。
いかに御託を並べようと目の前の光景は変わらない。薄いけど瑞々しい唇。私も目を閉じて、そっと近づく。自分の鼓動とあいつの息の音が混じって、立ち眩みがする。
すこし背伸びして、唇を押し当てる。春に咲く花みたいに甘くて、それでも爽やかな香りが空気の代わりに取り込まれる。この距離まで近づかないとわからないくらいにはほのかな香りなのに、私の心臓の鼓動を速めてしまう。すぐ次の瞬間、ほんの一瞬だけ柔らかくて生暖かい感触がする。休日の午後みたいに短い時間だったけど、その香りと柔らかさは私の神経に鮮烈に刻まれる。だけど何度繰り返しても慣れない。人の体に触れるというのはあまりいい気分ではない。ましてやキスなんて。
「……っはい、終わりっ」
息が荒くなるのを必死で隠すために息を止める。
「柔らかいね、唇」
右手で唇を隠すフリして、熱を持った頬を隠す。
「うるさいな、予備校でしょ?急ぎなよ」
「うーん、まだあと2時間くらいあるんだよね」
高瀬は胸の下で腕を組んで、近くの机にもたれかかる。
「はぁ?じゃあ、いつもみたいに高架下とかでもよかったじゃん」
「たまには良くない?誰かに見られたら結構やばいけどさ」
今の状況を全くわかっていなさそうな彼女は、ヘラヘラと笑いながら左右に揺れる。
「ほんとにやばいからね。あんた、絶対停学になるから……」
廊下から楽し気な笑い声が混ざった足音が聞こえて思わず口を塞ぐ。
「ビッチの高瀬波音と仲良しさんなんて周りの人にバレたら、私と同じように一人ぼっちになっちゃうもんね」
高瀬はカーテンが開きっぱなしになった窓をぼんやりと眺めていた。すぐに私を見てさっきみたく口角をあげるけど、それは笑顔ではなかった。
そういう寂しそうな顔が、すごく嫌だ。
だから私は、高瀬を止めたかった。高瀬の夜遊びを辞めさせたくて、柄にもなく説教をしたのだ。その結果この状況。
「別に……私だって友達いないし。あんたが唯一の話し相手だよ、残念ながら」
嫌味を言ったのに、なぜか高瀬は嬉しそうに目を細める。
「唯一無二のキスフレだもんね~」
「声デカいし、やめてそれ言うの」
「えへへー」
振り子みたく大きく左右に揺れる。私より若干背が高いし大人っぽいのに、子供じみた動きをする。
「てか、どこで時間潰す?部活の人とか帰ってきちゃうから、早く行こ」
高瀬の手を引いて教室を飛び出すと、同じクラスの誰かと目が合う。彼女の顔が引きつる。でもすぐに目を逸らされて、何事もなかったかのようにまた騒ぎ始める。
「……なんか、ごめんね」
「は?何が。早く出るよ」
高瀬は実際に、今の私にとって唯一の友人だ。友人の言動は気になっても、どうでもいい相手が何をしていようと何を思っていようとどうでもいい。私が高瀬と一緒に居ることで疎まれたり軽蔑されても何も感じない。流石にキスを見られるのは嫌だけど。
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