2話 出会い
高瀬波音
世の中には二種類の人間がいるらしい。片方はしなやかで、どんな形にも出来る。もう片方は固くて、動かない。
私は絶対に、後者。頑固で、自分勝手で、コミュ障。自分を曲げられない割には自我を通すことはできなくて、結局いつも周りをきょろきょろして息をひそめる。でも、そういう生き方にはもう慣れ切った。それに、結構向いている生き方だとは思う。物理的に小さいと目立たないし。
夏休み明けのクラスって結構騒がしい。一軍的な人たちは学校があろうとなかろうと毎日元気そうだし、オタッキーな人達も愚痴を言い合っているように聞こえるけど、久しぶりに仲間たちと会えてなんやかんや楽しそう。で、私は鬱屈としている。空気になって生活するのも意外と大変で、周りの様子を伺っていないといけない。ちょっとでも隙を見せると陰口を言われるし。
空気と同化している私だからわかるけど、このクラスの雰囲気はあんまりいいものではない。
ドアが開いて、背の高い女子生徒が入ってくる。髪はすごい長くて、腰くらいまである。とはいえ足が長い分、なんとなくバランスがいい。しかも、ツヤツヤでサラサラ。もし仮に私があの長さまで伸ばしたら、絡まりまくってドレッドヘアになるだろう。髪の黒とは対照的に肌は真っ白で、それはもう心配になるレベル。実際にあまり体が強いわけではなさそうで、体育の時に彼女を見かけることはほぼない。単位、大丈夫かな。このクラスの大多数の女子と異なり、制服はきっちりと着ている。シャツの第一ボタンまできっちりと閉めているのだ。私は首元が苦しくなっちゃうから、第一ボタンは開けている。やらしくならないよう、ほどほどに。だけど彼女は首が長いからあまり苦しくなさそう。
黒髪ロングで、色白で、スタイルよくて、着崩さない。それらの言葉を混ぜたら、模範的学生という言葉が生まれた。だけど彼女が教室に入ると一気にその場の空気が変わる。ピりつくというか、悪くなるというか。
そして、彼女はいつも一人。最初の方はむしろ一人で居ることは少なかったけど、だんだんと人が減っていった。
それは彼女が生徒指導室の常連客だから。度重なる夜遊びで。
でも、高校生なんてぶっちゃけ寝ない。夜遊びのみならず飲酒やらしてるだろう。彼女がここまで嫌われるのは、彼女が結構美人で、でも大人しくて、清楚系だからというのもあるのだろう。たぶん嫉妬だろう。とにかく高瀬波音は、クラスのみんなに嫌われている。
ビッチだとか、憶測でしかない噂を流されたせいで。
私は彼女と関わったことがないから、嫌いも好きもないし、実際夜中に出歩いているのは事実だろうから同情する気もないけど、憶測で人を貶めるような空気感はすごく嫌いだ。
かといって、何かアクションを起こすようなことはない。だって私は平和に、孤独に過ごしたいだけだ。孤独に。
孤独に。
高瀬がかき乱した空気はすぐに元通りになる。
声と声と声と声。あらゆる方向から、あらゆる方向に飛び交う。だけどそのどれも私には向いていない。それが心地よくて、窓の外を眺めた。
四方八方に進むけど、行き先を持った音たちの中に、はぐれた音が聞こえた。
ペンが落ちる音。その方向に視線を向けると、高瀬がいた。一枚の紙を前にして、固まっている。
足元に落ちたペンはコロコロと転がって、教室の後方へ。
そのまま止まることはなく、不幸なことにクラスでもかなり目立つ部類の女子の群れに突撃。
色とりどりのソックスのジャングルに迷い込むピンクのペン。
誰かの足にぶつかって止まった。だけど拾われることはなくて、放置される。気づかないなんてことはないはずだ。だけどそれが床に臥したままなのは、高瀬のペンだから。
私は立ち上がった。だけど足元は震えている。
「あの、ペン落ちてるから、ちょっといいかな」
「あ……うん」
明るい髪色の女子は、バツの悪そうな顔をする。
あー、やらかした。
終わった。私、終わった。
そっとペンを拾って、高瀬の肩に押し付けた。
「何?鶴見さん」
「えっ」
目の前の人間から発せられる音が自分の想像の内にはなくて、驚いた。
「ペ、ペン、落としたよ」
「……ありがとう!鶴見さん!」
とんでもない笑顔に気圧される。ペン拾っただけなのに。こんな笑顔を向けられた記憶は、10年遡ってもない。
「う、うん」
ペンを拾った時の緊張がまだ解けないのか、心臓がうるさい。
*
「鶴見さん、おはよ」
「えっ、あ、おはよ」
この教室で誰かに声をかけられるなんて思いもしないことだ。それに声をかけてきたのが高瀬だということが、若干私の心を動かす。悪い意味で。
特に用事はなかったらしく、すぐに高瀬はどこかへ行ってしまったけど、嫌な温度の視線が私に突き刺さっているのを感じた。
それから、目が合うたびに高瀬は私に微笑んだ。
私の平穏は、高瀬と出会ったことで少しずつ崩れていく。だけど平穏ってのは退屈と隣り合っているものだ。むしろお互いに混ざり合っているといってもいい。
つまり高瀬は、平穏を壊すと同時に、退屈も持ち去ってくれた。
私は意外と、刺激的なのが好きなのかもしれない。
周りに変な風に思われてもまあ、いい。
「鶴見さん、一緒に帰ろ」
「うん。ちょっと先行ってて。待っててもらうかもしれない」
「待つよ」
高瀬のいない三日前より、なんとなく体が軽い。
ただ、足取りは重い。『高瀬のことで話を聞きたい』なんていう意味わからない理由で生徒指導室に呼び出されてしまっているからだ。
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