02-3.
「山田さん。この二つを食事処とパントリーの境に置いてきてくれますか?」
「わ、わかりました」
「ありがとうございます。田村さん、これを食事処と廊下を繋ぐ扉のところにお願いします」
リカは作った塩盛りを友香に渡した。
そして、塩盛りを四つほど作り始める。
「それは?」
「エレベーターを挟むようにしておきます。いざという時に故障したら困りますから」
「……ねえ、慣れてない? こういうのに無縁そうなのに」
友香は不審そうに尋ねた。
……多田主任より知識はないと思うけど。
リカの知識は本と動画配信で得たものだ。しかし、信心深い家庭で育った影響は強く、霊感は人よりも優れていた。
はっきりと怪奇現象を認識できるわけではないが、第六感の発達により、ある程度は目にすることができる。
だからこそ、自分自身を守る為の自衛策を講じなければいけなかった。
それが、職場で発揮することになるとは、リカも思ってもいなかった。
「無縁でしたよ」
リカは断言した。
「少なくとも、病気になるまでは。ああいうのは、心の隙に入り込むんです。だから、真っ先に二橋さんが狙われたんですよ」
リカは淡々と告げる。
恨みを口にするつもりはなかった。
それなのに、リカは無意識に恨み言を口にしてしまっていた。この場の雰囲気の悪さがそうさせているのだろうか。
「二橋さんが? どうして?」
友香は聞くだけで動こうとしない。
……役立たず。
心の中で悪態を吐く。
友香の手のひらに置かれたままの小皿を取り、無言で手を差し出してくれた夏鈴に渡す。
「廊下のところでいいですか?」
夏鈴はリカを信頼しているのだろう。
不確定要素ばかりが増えていき、不気味な怪奇現象に立ち向かえと言われたのも同然にもかかわらず、怯えず、指示を仰いだ。
「はい。ありがとうございます。助かります」
リカは夏鈴に小皿を託す。
残りの小皿をエレベーターを囲うように四箇所並べ、逃げ場を確保した。
……やりたくない。
塩を触っていた影響だろうか。
食事処から聞こえる罵声も、鳴り続ける呼び出しボタンの音も、人ではないなにかが関わっていると感じ取ってしまう。
ひしひしと伝わってくる霊気はリカの体を震わせる。
このまま逃げてしまいたかった。
しかし、それは許されない。
「わっ、私、休憩に行ってきてもいいよね?」
「この状況で後輩を見捨てようとは、さすがですね。田村さんらしいとは思いますが」
「だって! 四人も必要ないと思わない!?」
友香は怖気付いた。
後輩を見捨て、自分だけは助かろうと考えたのだ。
「田村さん。少しはご自分で考えたらどうですか。いつも言ってますよね。聞く前に考えろって、口癖のように言っていたじゃないですか。自分ができてもいないことを他人に押し付けないでくれませんか?」
リカはいらだちを隠せなかった。
警告するような激しい耳鳴りと頭痛がする。それらを誤魔化すように飲み続けている痛み止めは手元にない。
友香も異常な空気を察しているのだろう。
立ち向かったことのない恐ろしい経験をするはめになると気づいたのだ。
「フロントに行けるなら、どうぞ、後輩を見捨てて自分だけが助かる道をお選びください」
リカの言葉を聞き、友香は眉をひそめた。
先輩を神のように崇めないのは、リカの退職が決まっているからだ。
数日後にはリカは退職をする。だからこそ、いまさら、友香になんと思われてもどうでもよかった。
「エレベーターは使用できません。見てください。十階で止まっているでしょう?」
「……本当ね。誰が止めているの?」
「知りません。各階点検は客室のある九階までです。この時間なら、十階には誰も行っていないはずですよ」
リカは淡々と告げる。
それは誰もが知っていることだった。
そもそも、点検が必要なのは使用する客室のある階だけでよかったはずだ。
「調理場用のエレベーターを使えばフロントに降りれるかもしれませんが、そちらは塩盛りがあるかわかりませんから、どんな目に遭うかわかりません」
「調理場用のエレベーターは使えないじゃない。社長に見られたら、なにを言われるか……」
「罵詈雑言を言われるでしょうね」
リカは即答した。
客足が遠のいたのは、料理にも原因があるとして、社長は調理師を集めて緊急ミーティングを開催している。
そこに姿を見せれば、社長の溜まりに溜まった怒りの矛を向けられるだろう。
……今のままでも怒鳴られるだろうけど。
四人も必要なのかと嫌味を言われるだろう。
客の姿はなく、本来ならば昼の片付けと夕食の準備だけだ。それは四人で行うことではない。
フロントから誰か休憩に入れないのかと、苦情のインカムが飛んでこないのは緊急事態だと伝わっているからである。
「それ以外だと階段か、お客様用のエレベーターですが、なにも対処しないまま、廊下に飛び出す覚悟あるようでしたら、どうぞ、行ってきてください」
リカは未開封の塩を開ける。
覚悟を決めなければならなかった。
「それ以上のことは私は言いませんよ。あとはご自分で決めてください。あれらの対処をしている時に一人で残る勇気があるのなら、それでもいいですし」
友香の相手をしている時間はない。
後輩を見捨てて逃げるのならば、引き留めることもしない。
四人しかいない戦力が減るのは惜しいところではあるものの、相手は得体のしれない存在だ。怖気づくなというのは無理だった。
「私は止めませんよ。貴女を引き留めてまで仕事をする理由がありませんので」
リカは友香の性格を知っている。
逃げ道がないとわかっていながら、一人だけ残っていることはしない。
友香は人一倍臆病だった。
それでも、先輩として役目を果たそうと努力を続けた結果、性格が変わってしまったかのように狂暴的な一面を見せるようになった。
「二橋さん。塩を持ってください。そのままだと、厄介な奴らに魅入られたままですよ」
リカは茜に二袋差し出した。
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