01-7.
……悪質な客は最近来てなかったけど。
口コミは宿泊しなくても書ける。
宿泊サイトを経由しなければ、誰が投稿したのかさえもわからない。
……嫌がらせ?
一体、誰が、どのような目的で行ったのか。
リカには思いつかなかった。
「数日前、夜勤専門のアルバイトとして雇っていた運転手が亡くなりました。嫌がらせのような遺書はあったとのことですが、葬儀には私と支配人が参列してきましたので、皆さんはなにもしなくてかまいません」
社長の話を聞き、社員の多くが動揺をする。
夜勤専門の運転手は何人かいる。その中には先日も顔を合わせ、軽い会話をした人だっている。
……知らなかった。
リカはなにも知らなかった。
知らなかったのはリカだけではない。前半ミーティングにも参加している太一以外は初耳だろう。
……誰だろう。
軽い調子で話をしてくれる運転手もいた。口数は少ないが、気を使って手伝いをしてくれる運転手もいる。彼らとは昨夜、会話を交わしたはずである。
……知らなかったな……。
亡くなったと知らなかった。
同じ職場で働いていたのにもかかわらず、香典を出すこともできなかった。知らないまま働いている人がいることを、遺族は知っているのだろうか。
同情することもできない。
悲しいと思う心が麻痺をしてしまい、動けない。
「遺族の方も被害妄想の激しい方ばかりでしてね。こちらが被害者だと伝えましたよ。払う予定の給料すら返してもらいたいくらいです」
社長はふてぶてしい態度のまま、参列したのだろう。
遺族の怒りを一身に受けてもなお、自分こそが被害者だと言い切るのは普通ではない。
しかし、社長はそれをやってみせたのだろう。
火に油を注ぐようなものだと、社長は自覚していない。それどころか、正論を口にしただけだと信じて疑わない。
いつだって、社長は正しいのだ。
その方針を信じず、勝手な行動をしたのは反逆者だ。社長は反逆者を認めない。その存在は忌々しいだけだと吐き捨てる。
「雇ってやったのに恥をかかせて。あんなやつは死んで当然だと、それ以上、被害妄想を語るのならば、会社に与えた損害を請求させていただくとお伝えしました」
社長の話を肯定できる人はいない。
誰もが社長の話は間違っているとわかっていた。
「まったく、腹が煮えくり返るような気分でしたよ」
社長は後悔していない。
亡くなった運転手の死因に自分が関わっているなどと微塵も思っていない。
「死ぬなら寮を出てから死んでほしかったですよ。その後に入寮する人の身にもなってほしいところですよね」
社長は世間話をするかのような感覚で口にしたのだろう。
事故物件だと知らされず、そこで死んだ人がいるなど知ることも許されず、次に入寮をする人がいる。運転手は必要不可欠であり、補充要員を募集する求人は既に世間の中に放り出されているだろう。
……こわい。
リカは恐ろしかった。
この会社に居続ければ、人が死ぬ。
人が死んだことを嘆き、悔やみ、悲しむことさえも許されない。
……死んでも、逃げられないのかな。
死してもなお、会社の名を汚したと罵倒される。
誰も救われない。
ここは社長が作った地獄の檻だ。
命を投げ捨てなければ外には出られない。逃亡者は五体満足ではいられない。檻の中で苦しみもがき、息絶えた者はゴミのように捨てられる。
それを実感してしまった。
……あれは、なんなんだろう。
社長の周りに黒い霧が蠢いている。それに気づいている人はリカだけだった。ぼんやりとした頭では黒い霧の正体を考えられない。
……でも、社長の顔を見なくて助かるなぁ……。
社長の顔を見るだけで体が拒絶反応を示す。
激しい頭痛と耳鳴りで言葉の理解が遅れ、壊れたように謝罪の言葉が口から溢れていく。それをしなくて済むのだとリカは安堵してしまった。
得体のしれない黒い霧は動いている。
社長を呪い殺そうとしているかのようだった。
しかし、社長には黒い霧の声は届かない。黒い霧の悲痛の訴えも届かない。それは恨みを増やすだけだと社長は気付きもしなかった。
「悪質な嫌がらせは葬儀した後からです。ここに来れば殺されるなどと、意味のわからない言葉ばかりが書かれています」
社長は憎々しげに語る。
口コミの削除依頼をしても、対応が追いついていないのだろう。このままでは十二単衣の館の評価は下がってしまう。
「犯人は遺族でしょう。営業妨害として訴える準備をしていますので、もうしばらくの辛抱です」
社長は手段を選ばない。
本当に訴えるつもりだろう。
……本当に営業妨害のつもりなのかな。
警察沙汰になっていないことを考えると、亡くなった男性は事故か自殺として片付けられたのだろう。遺書が残っていても、事件や過労が原因であると疑いすらも持たれなかった。
遺族は悲しみの中にいる。
きっと、社長の対応に納得していないはずだ。
「みなさんは同じような真似をしないと信じています。会社の迷惑ならないように、会社の足手まといになっていることを自覚して仕事に取り組むようにしてください」
社長は大げさにため息を吐いた。
話をするのも時間の無駄だと言いたげな演出をする。
「今日は宿泊四件しかいないので、木下さんと佐藤さんには急遽お休みしていただくことにしました。十七時以降は従業員が少ない状態での対応ですが、問題はありませんね?」
社長の独断は今始まったことではない。
その言葉に洗脳された哀れな操り人形のように、従業員たちは肯定することしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます