第2章 スタープロジェクト編〈中の章〉

第43話 あの日

 軽音楽部の過去を話し終えた翌日、あの場にいた六人は文化祭で演奏するための曲作りのため、部室へと集まっていた。


「懐かしいー」


「そうだよねん」


「そうじゃん!」


 当時のメンバーの美月みづき明里あかりよう咲良さくらはあの頃に戻ったかのような感覚に陥る。


 結成した時の気持ち。


 一緒に培ってきた時間。


 一年間止まってしまったが、積み重ねてきたものは無駄ではなかった。今、この瞬間にまたあの時間は動き出したのだから。


「くしゅん!」


 思い出に浸っていると、隣で翔兎しょうとがくしゃみをする。それで、美月みづきは現実へと意識が引き戻される。


「誰か俺の噂でもしてるのか?」


「そんな迷信信じてるの? ちょっと可愛い」


「信じてねぇよ! それ、やめてくれ!」


 翔兎しょうとの頬を突き、彼を揶揄からかっていく。その姿はまるで恋人同士のように見えた。


 美月みづきの行動に頬を赤らめさせる翔兎。仲睦なかむつまじい二人を見て、咲良さくらは唇を綻ばせる。だが、美月みづきの運命を知っているため、彼女のひとみには悲しみが宿っていた。


「そういえば、児童養護施設でお泊まりしたの覚えてるん?」


「覚えてるよ! あの時は楽しかったよね」


「楽しかったじゃん!」


 児童養護施設でのお泊まり。


 あの時、夜遅くまで起きており、陽奈ひながホラー企画と言って、映画や心霊特集の動画を見せてきた。


 その後も、陽奈ひなは四人が怖がったりするのを見て楽しそうにしていて、ちょっと感性を疑ったりもした。


「でも、いい思い出だよ」


「そうだね」


 翔兎しょうと柚葉ゆずは美月みづきたちが楽しそうにしているのを見て、嬉しそうだった。


 その後もファッションの話や最近ハマってることなどを話し、音楽の話も思い切りした。


「そうそう、あの歌の歌詞がいいんだよねー」


 咲良さくらが今流行っている歌の歌詞を絶賛する。その話を聞いて、


「あのさ……もし良かったら、去年作った曲の歌詞、変えない?」


 美月みづきの言葉に全員がきょとんとする。


「あの曲さ、私の色が強いから……みんなで一から作ってみたいんだ」


 自分のエゴをぶつけた結果、軽音楽部は解散に陥った。


 そのことをかなり後悔している。


 もう同じてつは踏みたくない。明里あかりようとの演奏が文化祭で最後になろうとも、軽音楽部が復活しないとしても、あの時と同じ感情にはなりたくないのだ。二人を尊重して、最高の演奏にしたいのだ。


「それいいじゃん!」


「むしろアタシたちの方からお願いしたくらいだしん」


明里あかりよう……ありがとう!」


「決まりだな」


 本当の意味で絆の修復ができた三人を見て、翔兎しょうとが優しい表情を浮かべる。


「あのー、あてぃしも参加してもいいですか……」


 柚葉ゆずはが恥ずかしそうに手を上げて話に入ってくる。


「もちろんだよ! 柚葉ゆずはちゃんも一緒にやろ」


 手を伸ばし、彼女を受け入れる。


 美月みづきが歌詞を書いていたノートを見せる。


「やっぱ美月みづきの色が強いね。例えば、夢を語ってる『詞』。もっと受け入れやすい表現はできなかったのかなーって思う」


「はは……やっぱダメかー」


 強い想いを持っている美月みづきの言葉は、時に伝えるべき相手の重荷になる。


 そこを削り、受け入れやすいものにする。


柚葉ゆずはさん、何かありますか?」


「えっ! あてぃしですか……」


「そう、アナタに聞いてるの。ファンであるアナタからの視点が得られると思ってね」


「でも……」


「大丈夫だよ。私はどんなもので受け入れる。もし、改善した方が良くても、否定はしない」


 こんな自分を受け入れてくれる。肯定してくれる。


 それが柚葉ゆずはにとっては嬉しかった。


 少しだけ過去のことを思い出す。全てを否定されていた時のことを。


 胸が痛くなり、苦しかった。生きているのでさえ苦痛だった。何度、自ら命を断とうと思ったか。


 そんな自分を思いとどめてくれた。美月みづきは、彼女にとって救世主だった。


 柚葉ゆずはは怖い気持ちをグッと抑え込み、声を形にして相手に伝える。


「ファンの目線としては、頑張れとか、できるとか言って欲しいわけじゃなくて……

ただ、自分を認めてもらいたいんです。だから……感謝の気持ちを歌った曲だったり、希望を与えてあげた方が届くと思います」


 発言をし終わった柚葉は、目を瞑っていた。


「ありがとう!」


 柚葉ゆずはの手を握り、笑顔を向ける。


 美月みづきの顔を見ているだけで、心が充実した。


 柚葉ゆずはのおかげで別の視点が見つかり、六人はそれぞれが持っている知恵を絞り、作詞を進めていく。


 相手に感謝を、相手に希望を。それを忘れないようにして美月たちは作詞をしていった。


 六人という力はとてつもないもので、二時間ほどで作詞の全体像は完成した。


「あとは推敲すいこうだけど……」


美月みづきに任せるじゃん!」


「任せるよん」


明里あかり……よう


 こんな自分でもまだ二人は信じてくれている。それが嬉しくて嬉しくて……絶対にこの詞はいいものにしようと意気込むのだった。


「今回はキーボードとギターメインでいきませんか?」


柚葉ゆずはちゃん?」


「あっ! 烏滸おこがましいことを言いました。忘れてください」


「詳細を教えて!」


 美月みづきが彼女へと近づき、問い詰めるかのように話を引き出そうとする。


「わかりました……そこまで言うのであれば……」


 美月みづきの熱意に柚葉も折れ、彼女が思っていたことを口にする。


「スタープロジェクトは校内では知る人と知る大会です。だったら、これを機に宣伝をして学校自体を味方につけるのはいかかですか? そのためには、実際にスタープロジェクトに出るお二人のことを宣伝していこうと思いまして……」


 皆の反応を伺う。だが、


「いいね! 翔兎しょうと君もそう思うよね」


「あっ、あぁ……」


「いいんですか? あてぃしなんかの意見を全部鵜呑うのみにして」


「いいに決まってるよ! それに鵜呑うのみにするわけじゃないよ。あくまで参考に、それで難しいところは難しいって言うしね」


 美月みづきの言葉を聞いて、柚葉ゆずはは彼女がなぜ人を惹きつけられるのか理解した。


 優しいだけじゃなく、意見を言うときは言う。だが、否定はしない。


 結果的に相手を不快にさせない。それが美月みづきという人間だった。


「ありがとうございます」


 無意識に出た感謝に美月みづきは「いいよ」と返答する。


 曲のコンセプトも決まった。あとは作曲をしていくだけだが……


「文化祭まであと一週間か……」


「そこがネックなんだよね」


「大丈夫! 私が絶対に間に合わせるから。それに、曲のベースはできてる。あとは微調整するだけだし」


美月みづき、期待してるよ!」


「うん!」


 咲良さくらの言葉を受けて、一層気合いを入れる。


「そろそろ時間かー」


「そうだね。解散しようか」


 十八時。完全下校時間になり、六人は校舎を出ようとする。だが、咲良さくら翔兎しょうとを呼び、肩を組んで耳打ちする。


「このあと、一緒に作曲しなよ」


「な、何言って……」


「好きなんでしょ」


「そうだけど……」


「なら、美月みづきも同じ気持ちだよ。それに……」


 二人だけ知っている美月みづきの秘密。彼女には限られた時間が少ない。なら……


「わかったよ」


 男としての決断をする翔兎しょうと。そんな彼を見て、咲良さくらは悲しげに言葉を紡ぐ。


美月みづきを幸せにしてあげて」


 その言葉を受けて、翔兎しょうとも同じ気持ちになる。


「どうしたの?」


「なんでもない、なんでもない」


 二人を見て割り込んできた美月みづき咲良さくらは適当に誤魔化して、翔兎に肘で合図を出す。


 咲良さくらの合図に翔兎しょうとは、勇気を振り絞って「このあと一緒に作業をしないか?」と提案した。


 突然の翔兎しょうとの言葉に美月みづきは赤面したが、「いいよ……」とすぐに了承した。


 校舎を出て六人は解散する。美月みづき翔兎しょうとだけは同じ方向に向かって一緒に帰っていった。


 だが、二人の関係は進展することはなかった。


*****


 文化祭当日。


 ステージ裏に待機していた美月みづき明里あかりよう咲良さくらは焦りを感じていた。


「嘘でしょ……」


「本当だよ。今日、連絡があって……ステージに立てなくなったって」


 翔兎しょうとの体調不良。


 体温が三十八度を超え、立ち上がることさえままならない状態らしい。


「どうするの?」


 咲良さくらの言葉に美月みづきは無言だ。


 今回の演奏はギターのソロパートがある。しかも、そこがこの曲の一番の見せ所。翔兎しょうと抜きでは進めるのが難しかった。


 そんな時、美月みづきが口を開ける。


「私がギターを演奏する」


「それも無理だよん」


「無理じゃん!」


 美月みづきの言葉に双子が言葉を挟む。


 なぜなら、この曲はキーボードが主体の曲として作ってある。


 キーボードなしでは曲自体を壊すことになる。それに、この中でキーボードを弾けるのは美月以外にいない。


 彼女がパート変更をするのは不可能だった。


「ならどうすれば……」


 演奏まで一時間を切っている。


 せっかく頑張ってきたのに……


 夜遅くまで練習した。


 曲だってみんなで作った。


 せっかく、あの日の続きを紡げると思ったのに……


 悔しくて涙が溢れそうになる。そんな時……


「あてぃしがステージに立ちます」


 背後から聞き覚えのある穏やかな声が聞こえてきた。


 振り向くと……そこにはメガネをかけた現生徒会長──榊柚葉さかきゆずはがいた。


柚葉ゆずはちゃん……」


「あてぃし、ギターできるんです。美月みづきさんがたまに弾いてるのを見て、かっこいいなーと思って始めたんです。力不足なのは承知です。でも……」


 柚葉ゆずはは言葉を区切り、メガネを取る。そして、


美月みづきさんの力になりたい! 今のあてぃしがあるのは美月みづきさんのおかげだから!」


 精一杯の誠意を込め、頭を下げる。


 緊急の提案だったが、彼女の姿を見て美月みづきは頷く。


 彼女へと近づいていき、「頭を上げて」と言葉にする。


 指示に従い、頭を上げた柚葉ゆずはの目を見据え、美月みづきは口を開いた。


「ありがとう。私の方こそ、お願いします」


 今度は美月みづきが頭を下げ、柚葉ゆずはは目を見開いた。


 どこまでいってもこの人には勝てない。自分にとっての恩人。


「ありがとうございます!」


 美月みづきの好意に感謝を述べ、柚葉ゆずはは準備をするために一度ステージから降りる。


 彼女の目には決意が宿っていた。


 そう、あの日、美月みづきと出会ったことで世界が変わった。その日のことを思い出して。

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2024年12月18日 19:00 毎日 19:00

BIGBANG〜伝説までの道〜 新田光 @dopM390uy

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