第9話 魔王に転生したので好き放題生きようと思った時期が俺にもありました(転生したら〇〇でしたその3)後編
──その日、人々にとって恐怖の時代が始まったのでした。
──と、その時は思ったのですが。
手始めにすぐ近くにあった街を襲い、殺戮に酔いしれている最中、やはりこちらに転生していたチョンパと再会。『今生では好きに殺して殺して殺しまくろうぞ!』『然り!』というやり取りの後、相手の首を斬ることに特化したスキルを持つチョンパを斬り込み隊長に、娘を差し出して降伏した元国王を宰相として国まで作って、大陸を制覇しようと乗り出したのですが。
「申し上げます! 国境の砦が全て陥落しました!」
「迎撃に向かったチャレンコフ将軍(自分の妹を生贄に差し出して将軍になった)、討ち死に! 戦を前に用を足しているところで暗殺されたようです!」
「大変です! 最終防衛線がいきなり崩壊! 守備隊が叛乱軍と化して魔王都目指して進軍中!」
ど う し て こ う な っ た。
いや、理由は分かりきっています。然句はぎりぎりと歯を鳴らしながら、自ら出撃すべく身を起こしました。
勇者連合軍。それが、然句の敵でした。
元々は戦乱の巷にあったこの大陸の各国が、勇者召喚の儀式を利用して異世界から召喚し、逆らえないように生殺与奪の権を握ることで手駒にしていた連中らしいです。ところが、彼らが逆らえないように施した魔道具が一年ほど前に次々と無効化され、脱走されるという事態が発生したのだとか。
然句が楽々と国を乗っ取ったり勢力を拡大できたりし、たちまちのうちに大陸の半分以上を制覇できたのは、各国が勇者を失っていたからという事情も手伝っていたのです。
その勇者たちが徒党を組んで、然句を倒すべく進軍しているのです。その数、総勢八百人ほど。軍勢としては小規模ですが、一人一人が一騎当千、いえ、万夫不当の力を持つ勇者だということを考えると、それこそ八百万の大軍を迎え撃っているのとさほど変わりません。
加えて彼らは強力なスキルを惜しげもなく発揮しています。ニンジャ型の勇者は情報収集や暗殺などで味方の進撃を助けていますし、一人で万の軍勢を粉砕してしまうような腕自慢の勇者は、要所に投入されて大戦果を上げています。
一番とんでもないのは、遭遇するだけで国がどんどん傾いていくという、天災そのもののような勇者です。彼(美少女にしか見えませんが、男性だそうです)に出会った兵士たちはもちろん、将軍たちすらあっけなくその虜になり、反旗を翻していくのです。なんとか魅了をはねのけて彼に斬り掛かった将軍も中にはいましたが、傍らに常に控える男装の麗人が逆に斬り伏せてしまい、刃を届かせないのです。他の勇者たちも十分にヤバいのですが、傾国の勇者のヤバさは抜きん出ていました。彼とその麗人のコンビだけで、然句の国の半分以上が壊滅してしまったのですから。
「どうしてこうなった」
頭を抱えながら、超特大の玉座からズルリと降ります。しかし、玉座の間から出ることはできませんでした。なぜなら玉座の間の大扉を開いて、
「──享殺の魔王シカクだな? 俺はエルグラッドの第二王子、アル・ダテル・ド・エルグラッド。お前を討つ者だ」
出ました。万夫不当タイプの勇者たちの中でも別格の一人。他の勇者たちの進軍は、明らかに彼を然句の元まで速やかに送り込むためのものでした。
「私はアル・ダテル王子の妻、キジュリアナ。魔王よ、お前の暴虐もこれまでです!」
続いて、乗馬服のような形の、動きやすそうながら華美な服装の美少女がアル・ダテル王子の傍らに立ち、名乗りを上げました。というか美少女と言っても通じてしまいそうなほどの美少年と美少女のカップルです。然句とチョンパが思わず顔を見合わせました。二人の嗜虐心に火がついたのです。
「チョンパさん。彼女はあなたにお任せしますよ」
「然り!」
一言で応え、チョンパは得物である大鉈を手に突進しました。
彼のスキルは『絶対斬首(かくじつにくびちょんぱ)』。彼が射程範囲内で大鉈を振るえば、不可視の斬撃が飛んで狙った相手の首をはねるのです。たとえ相手が高い感知系のスキル持ちで初撃を避けたとしても、斬撃はすぐさま追尾してどこまでも追って必ず届くのです。
一瞬で少女──キジュリアナを射程圏内に捉えたチョンパは、いつも通りにスキルを発動させながら大鉈を振り抜きました。
「キジュリアナ! ホーミングしてくる不可視の斬撃だ!」
なんと、アル・ダテル王子が即座に声を上げました。どうやら彼には看破系のスキルがあるようです。しかし、もう斬撃は放たれました。こうなれば彼女の死は確定している──そう思いながらにやけていた然句は、次の瞬間口をあんぐりと開けて絶句することになりました。
「そう……開け、時空の虫喰穴」
ぎゅるん、と彼女を球状に覆い隠したと見えたのは、空間に開いた球状の穴という、理解を拒むようなわけの分からない現象でした。一瞬で穴もろとも消えた彼女は、数十メートル離れたところで再び『時空の虫喰穴』から出てきたのです。
しかしスキルによって発生した不可視の斬撃は、一瞬相手を見失って迷ったものの再び彼女をめがけて飛んでいきます。風を切る音でそれと知ったのでしょう。「この程度では止まらないようね」とつぶやき、彼女は今度は手のひらを斬撃に向けて開いて、
「開け、時空の虫喰穴」
またしても『球状の穴』が発生します。今度は彼女を包むのではなく、まるで盾のように彼女の前に展開されています。斬撃は呆気なく『球状の穴』に落ちて、消えてしまいました。
「あの斬撃は?」
「亜空間の中よ。出口を開けてないから出てくることもないわ」
今まで、チョンパの攻撃が無効化されたことは一度もありませんでした。それだけに衝撃を感じて然句はもちろん、防がれてしまったチョンパも声も無く立ち尽くしてしまいました。その間にも王子がチョンパを『視て』います。
「お前は──そうか、前世は何人もの少女の首を切って殺した殺人鬼だったか」
「なるほど、あのスキルはそれに由来するのね。そんなに首チョンパが好きなら、自分が味わいなさい」
キジュリアナ姫がまたしても「開け、時空の虫喰穴」と声にしました。今度はチョンパに向けて手のひらを向けた途端、彼の右腕が得物もろとも『球状の穴』に飲み込まれました。姫の「閉じよ、時空の虫喰穴」という声とともに穴が消え、チョンパの右腕もまた、肩口の断面を残して消え失せてしまいました。
「あがぁっ!?」
チョンパの「然り!」以外の言葉が初めて放たれました──意味をなさない悲鳴でしかありませんでしたが。ごとり、と音がしたので皆の視線がチョンパから離れ、そのすぐ近くの床へと集まりますと、そこにあったのは大鉈を手にしたチョンパの右腕でした。しかし、亜空間の中で何があったのか、奇妙に捻じくれていて、仮に手術で繋ぎなおしたとしても二度と用をなさないであろうことは一目瞭然でした。
「ここに来るまでに、数え切れないほどの幼い女の子の生首が廊下の両脇に飾られているのを見たけど、こいつがやったみたいね」
「うん、情状酌量の余地もないな」
二人の会話からして、チョンパにとどめを刺す気であると察した然句は、咄嗟に叫びました。
「ま、待て! 弁明の機会も与えられないのか!?」
「必要ない」
王子の返答はにべもないものでした。
「既に鑑識済みだ。幼い頃に当時好きだった同級生の女の子の生首がさらされているという夢を見て夢精したのをきっかけに、美しい少女の生首というビジュアルに夢中になり、そのような絵を描くようになった。それだけであったならいささか変わった絵を描くヒトという程度で済んだのだろうが、本当に斬首された少女が見たくなって、魔王シカク、お前と共に十五人の少女を殺した。己の歪んだ欲望のために、未来ある少女たちを惨殺したんだ。どこに酌量の要素があるんだ?」
「うぐっ」
然句が声を詰まらせたその時、キジュリアナ姫が「開け、時空の虫喰穴」と死刑宣告していました。チョンパの首から上が「球状の穴」に飲み込まれたかと思うと「閉じよ、時空の虫喰穴」という言葉と共に天井近くから落ちてきた生首が、床でごとん、と音を立てました。
「ひぃっ!」
盟友の無残な死体を前に、思わず悲鳴をあげてしまいますが、今の自分が魔王であり、恐るべき力の持ち主なのだということを思い返して持ち直す然句でした。
「かくなる上はお前たちを俺自身が打ち砕いてくれよう!」
八本の腕が構えられ、それぞれから異なる魔法が放たれます。一つ一つが山を砕き、谷を埋め、川の流れを変え、海を逆巻かせる威力を誇ります。
が、キジュリアナ姫は顔色を微塵も変えることはなく、
「開け──『時空の虫喰穴』ッ!」
今度は自身と王子を守るように、先ほどの何倍もの巨大な『球状の穴』を開きます。然句が放った魔法は全て呆気なく穴に落ちてゆき、二人に毛ほども傷をつけることはできませんでした。
「さて、魔王討伐の時だ」
王子が手にした刀を青眼に構え、宣言するように口にしました。と同時にその刀がしゃべりだします。
「俺が打たれてから千五百年!ようやく魔王を斬る時が来たぜ!」
「あ、悪いけどさ神剣オルハン。一人、討伐に立ち会ってほしい人かいるんだ」
連絡いれるからちょっと待ってくれないかなと微笑む王子に、オルハンと呼ばれた剣は「構わないぜ! 待たされた千五百年に比べりゃあっという間だろうとも!」と応えました。キジュリアナ姫の協力で王子がどこかに連絡したほんの数分後。
「呼ばれたから来たのだけど」
二人の改造人間を従えて入ってきた女性に、然句は見覚えがありました。いえ、覚えがあるなどというものではありません。
「貴様、英丸ではないか!」
「え? 私、こっちで誤解から魔王呼ばわりされたことはあるけど、魔王に知り合いは居ないよ?」
怪訝そうな顔をする彼女。そう、顔です。然句は改造人間を逃がした彼女への罰として、彼女本人を改造し、顔も醜い機械のそれにしてやったはずです。それが人の顔をしているというのはどういうことなのでしょうか。
「ああ、英丸嬢。こちら、丸閥然句氏だよ。正確に言うと転生して魔王になっていた」
「ああ、そういう……」
「あまり驚かないんだね?」
王子が首を傾げると、英丸は肩をすくめました。
「貴方達をはじめ、転生者にも多く会ったからね。それに我が父なら魔王に転生しててもさもありなんって感じだからねぇ」
「へえ、前世から魔王みたいな?」
「というか、変態だったから。母といたす前に自分だけの部屋に閉じこもるんだよ。何やってるのかと覗いたら、人が殺されるビデオを観て興奮して、それから母の所に向かうの。子供心に不気味だったなぁ。母もいたすたびにさんざん痛めつけられていたみたいだし。私のことを改造するときも、顔を剥ぎ取って舐め回してたよ」
「それは……想像を絶するな」
心底理解できないという顔で、冷や汗を浮かべる王子でした。キジュリアナ姫も似たりよったりです。
「じゃあ、こいつを討ち取ることにためらいとかは」
「あり得ないね。ていうか、私をお飾りの社長にして実権は自分が握ったり、罰とか言って私を人前に出られない姿にしておいて、会社で問題が出たら私の責任にしてしれっと逃げてたりしたし。お陰で新聞にも『姿を見せもしない無責任な社長』などと好き勝手書かれたりしたよ。身体のことも含めて恨みはあっても恩義はないなぁ。あと、転生したってんなら一度死んでるわけで、縁は切れてるし。それに、討ち取らないといけないんでしょ?」
そうだな、と刀を構え直す王子に、然句は思わず「討ち取らないといけない?」と訊いていました。
「ああ、この世界はついこないだまで戦乱の巷で、各国は勇者召喚の儀式を利用、地球の人間を手駒にして戦わせてたんだ。この勇者召喚の儀式は『魔王を討ち取る、もしくはそれに協力する功績を挙げれば帰ることが出来る』という術理とセットになっているため、これまでは魔王の不在ゆえに地球に帰す手段がなかった。神々は戦争に狂奔するあまり異世界の人々すら手駒にしようとする愚かな王たちを排除して戦乱を終わらせたい。召喚された勇者たちは帰るために魔王を討ちたい。それを解決する一石二鳥の手段がこれ。魔王へと転生するほど愚かで悪しき魂をあえてこの世界へと呼び込むこと」
「はあっ!?」
それが本当なら、自分は決してこの世界で好き放題生きるために転生したわけではなく、ただ──。
愕然とする然句に、王子は説明を続けました。
「この世界は神や魔王って自然現象でな。地球には無い膨大なエネルギー……「魔力」と呼称するが、これに溢れていて、その影響で非常に大きな功績を上げたりするなど世界をガラリと変えかねないことをしたり、しそうになっている存在が高次の生命へと変異するんだ。その精神性が善であるものが神と呼ばれ、悪であると魔王と呼ばれる。両者は善悪以外は本質的に同一の生命なんだよ。だから何をどうすれば魔王が生まれるかは分かっていた。しかし下手に強すぎる魔王を誕生させれば、かつて再興神過冷却スライムが打倒した古代文明人達の集合体である『氷結の魔王』みたいに生態系そのものに甚大な被害を与えかねない。が、英丸嬢が転移してくれたお陰で八百人近い勇者達を全員解放できた。彼女は『超改造』という様々なものを任意に改造できるスキルを持っていて、勇者たちを縛る隷属の首輪を解除できたからな」
お陰で計画がスムーズに進んだよと王子は微笑みました。その微笑みは然句にとっては悪魔の嘲笑にも見えましたが。
「こうして八百人の勇者という、前代未聞の軍勢が揃った。これなら大抵の魔王は討ち取れる。そう確信したからこそ、神々はお前をこの世界に転生させた。転生したら確実に魔王になると分かっているお前をな。つまり、お前は──生贄というわけだ。ちょうど羊の頭をしているし」
「は? 狼のような肉食獣では? 牙があるし」
「余分な牙が生えてるけど羊の頭骨だよそれ。特に眼窩の形が全く違う。悪魔は羊の頭をしているとか言うけど、お前にはふさわしい面相かもな」
まあ、こちらの世界でも好き放題やらかしたみたいだけどなと続ける王子に、今度は英丸が「こちらの世界でもってことは地球でも?」と訊きました。
「ああ。空想だけじゃあきたらなくなって、そこで死んでいるやつの前世と一緒に十五人の少女を無残なやり方で殺害して快感を得ていたよ」
うげ、と英丸も不快極まりないという顔をしました。
「それは……魔王になっても当然だね。今生では更に酷くなってるようだし」
来る途中で見た数々の死体を思い返しているのでしょう。ため息をつく英丸に、然句は激昂しました。
「父親に対して何だその態度はァッ!」
八本の腕から魔法を放とうとする然句でしたが。
「輝鎚、甕鎚、殺すんじゃないよ」
「あいあいまむー!」
「なぶりたおすわよー!」
英丸の声に即応した傍らの二人には、然句も見覚えがありました。英丸に改造させた兄妹ではありませんか。
「くらえー!」
「せいぜい泣き叫びなさい!」
超プラズマビーム砲と荷電粒子砲の輝きが放たれ、然句の八本の腕をたちまちのうちに粉砕してしまいました。
「ぎゃあっ!?」
思わずベタな叫びをあげた然句は、これで抵抗の手段を失ったことを悟って青くなりました。
「じ、冗談じゃない! こんなところでまた死んでたまるか!」
下半身の巨大な甲殻類のような部分から何枚もの翅を出し、羽ばたかせて宙に浮きます。そのまま超高速で天井を──ここまでの戦闘でとっくに吹き飛んでいましたが──抜けて一目散に逃げ出しました。これで大丈夫と思ったのもつかの間。
「──逃がすと思っていて?」
ぎゅるん、と空間の穴を通って現れたキジュリアナ王女に通せんぼされ、体を捻るようにしてかわそうとした時には、光の翼を背中に生やした王子が追いついてきました。
「孫悟空を破った大妖魔、大鵬金翅鳥に由来するスキル『鼓翼一撃九万里』。逃がすことはないよ」
何だそのチートは──然句はそれでも悪足掻きして、更に身を捻り逃げようとして、輝鎚と甕鎚に通せんぼされました。二人共背中に王子のとはまた違った光の翼を生やして飛んでいます。そういえばコイツらは単独で一軍を殲滅できるよう、様々な機能を与えられていたのでした。
「とおさないよー!」
「うふふ、このごにおよんで逃げられると思ってるなんてお馬鹿さんなのね」
口々にそんな事を告げる二人の間に、かつての娘がいます。考えてみれば体格はともかく同一規格のボディなので同じように飛べるのです。
後継者として男児を望んでいたのに女として生まれてきた忌み子。社長に据えてやったのにいらない口出しをして、揚げ句の果てに造反した忌まわしい子が──
「──などと思ってるのが丸分かり。本当に自分本位で客観的な視点を持ってなかったんだね」
それからおもむろに腕を胸の下で軽く組み、透明パーツを被せた砲口といった形状の、元々の彼女のバストと同一の形状である胸を突き出します。間髪を入れずそれぞれから放たれたのは大出力のレーザー光線でした。一撃で然句の翅の大半が吹き飛び、彼は自由落下するしかなくなりました。
「今の高出力ファイバーレーザービームもそうだけど、私のボディに仕込まれた武装の配置に悪意しか感じないよね。輝鎚と甕鎚の武装は腕にしたのに」
おっ〇いビームは男のロマンとかふざけた理由もあるのだろうけど、こっちは私が男として生まれなかった事へのあてつけかなと、今度は腰に手を当てて突き出しました。すると、股間から彼女の二の腕ほどもある砲塔がガシャガシャと立ち上がったではありませんか。
「まあ、このふざけた武装の威力を自分の身で確かめられるんだから開発者冥利に尽きるよね?」
然句は当然、その武装が何であるか知っていました。自分が命じてそこに配置したのですから当然です。
「まっ──」
待ってくれ、という言葉は英丸に遮られました。
「あ、安心して。何となく威力や範囲は分かるから、死なないように撃ってあげる」
超重力弾砲。重元素に重力子(グラビトン)を多量にコーティングして質量を極大化させたものを光速に近い速度まで加速させ、擬似ブラックホール化させて放つという凶悪な兵器です。そんな代物を食らえばどうなるかは、次の瞬間に然句自身が証明することになりました。
然句の背後にあった雲が、広範囲にわたってまん丸く切り取られたように消失しています。然句本人はというと、甲殻類のような下半身のほとんどが消し飛び、狂った重力の影響で未だに空中をくるくると回転していました。
「さて、総仕上げだな」
空中で然句の身体を蹴とばすことで回転を止め、王子が刀を構えました。
「ようやく俺の存在意義が報われる時が来た! 魔王を討つ剣として生まれて幾星霜、ほんっとうに長かった!」
しゃべる刀──神剣オルハンが感極まったような声を上げます。
「千五百年だもんな。まあ、それで討つ魔王がアレというのもなんだかな」
「いいさ、魔王には違いない! さあ、ぶった斬ろうぜご主人サマ!」
「ああ、討とう。享殺の魔王シカクよ、最期の時だ。お前の死が、お前の成せる唯一の善行と知れ。さらばだ」
王子が斬り掛かってきます。首をはねられる直前、然句が最後に言い残した言葉は、
「こ、こんな異世界転生は嫌だあぁぁっ!」
でした。
────────────────
四阿 景が恐る恐る目を開くと、そこはここしばらく見慣れていたあの異世界の廃教会ではありませんでした。それ以前に長く暮らしていた、九宿市丸閥町の見覚えある市民公園の『いこいの広場』でした。
隣には恋人の神余 晶の姿もあります。他にも、異世界で帰るために行動を共にしていた仲間たちの姿もありました。
「帰ってこれたんだ!」
喜びの声が、喉をついて出ました。景の叫びを起爆剤にしたかのように、皆が快哉を叫びます。
「はいはい、喜ぶのはいいけど、まずは全員揃ってるか確認するよ。グループごとに前もって渡した名簿の人がいるかそれぞれ確認してー」
パンパンと手を叩いて注意の声を上げたのは、他ならぬ丸閥英丸その人でした。
本来、勇者召喚の儀式を経て異世界に転移したわけではないので、魔王が討たれても帰還の術式が発動することはないのですが、責任の一端は自分にもあるから帰還する者たちの生活を保障するためにも同行したいと神々に申し出て認められ、降臨した過冷却スライムに勇者の一人と規定してもらうことで帰還できたのです。
彼女はちゃんと有言実行するタイプのようで、既にどこかに通信を入れて交渉中でした。通信先にはかなり驚かれているようでしたが、どうやら上手いことまとまったようでした。
「おじい様が皆の身元を当面の間保証してくださるそうです。それぞれの戸籍の回復などの手続きも丸閥生命保証など、グループの総力を挙げておこなってくれることになりました。これらの手続きと並行して、ご家族との面談などの場も設けることになりました。その後、身の振り方を考えることになりますが、相談にも応じます。また、それまでの衣食住も丸閥グループの方で保証しますので、ご安心ください」
ボディに拡声機能が備わっているらしく、広場にひしめく八百人全員に声が届きます。聴きながら将来に展望が開けていく思いのする景なのでした。
宿泊場所へ移動しようということになって皆が歩き出したところで、景のところへ英丸の方から駆け足で寄ってきました。
「そうそう、貴女の場合そのスキルを放置するわけにいかないよね」
「あ、そうですね」
景のスキルは七人の傾国の美女に由来する、存在するだけで国そのものを滅びに導くという天災そのものです。放置すれば日本が、下手するとこの世界が滅びてしまいかねません。
「私の『超改造』でもさすがに女神様に与えられたスキルを無くすことはできないみたいでね」
「えっ! じゃあ、どうすれば」
「でも、ちょこっとだけなら干渉できるみたいだからやってみよう。常時発動型から任意発動型に変更すれば、普段気をつけてればおかしなことにはならないはず」
本当ですか! お願いします! と頭を下げる景に、英丸は「いや、うん、私があの世界と地球を繋いじゃったのが召喚の原因だったわけだし、これくらいはね?」と頬を染めながらブツブツつぶやきました。なんだかんだ言って傾国スキル関係なしに、超絶美少女な顔をした景に彼女も魅せられちゃってるのでした。
「こんな感じかな、と。さっきも言ったけど何か困ったことがあれば相談してほしい。連絡先は名簿に載せてあるから。じゃ、元気でね」
まめなことに英丸は勇者たち全員の名簿を作って配布し、連絡しあえるように配慮しているのでした。
至れり尽くせりなフォローに、景は「はい!」と頷いてから付け加えました。
「英丸さんもお元気で! きっと貴女はいい社長さんになれると思いますよ!」
「そう? そうね、今は素直に受け取っておくとしようか。私もおじい様にちゃんと顔を見せないとなぁ。じゃあね。ほら、輝鎚、甕鎚、行くよ」
いつもの二人を連れて去っていく彼女を見送り、景は晶へと改めて向き合います。
「ボクたちも行こうか」
「ああ。なるたけ近いうちに、家にも帰らないとね」
「うん、だって、あっちの世界に避妊具なんてもの無かったからねぇ」
そうなのです。実は晶はまだ体型に変化はありませんが、身ごもっています。もちろん、景との子供です。
早いところ親たちに顔を見せて安心させないといけませんし、子供ができてしまったことも報告しないと。でも、二人は異世界でのあれやこれやでかなりタフになっていましたから、大丈夫だとポジティブに捉えることが出来るのでした。
異世界から帰った勇者たち。彼らの存在が丸閥町にさらなる激震をもたらすことになるのですが、それはまた別のお話です。
今はただ無事の帰還を祝い、筆を擱くことにしましよう──。
────────────────
このオムニバスシリーズはこれで完結となります。
何話か書いた時点で「あ、これ別の話用に考えている九宿市シリーズに組み込めるんじゃないか」と気付いたので、設定を少し変更してお送りしました。いかがでしたでしょうか。
今回の話に登場した『スカベンジャーズ』『悪意をもって触れてはならない夜の君』『強姦戦隊ゴレイパー』『ユーカイザースリー』『漆黒の蜘蛛少女』『緋色の猿の腕の少女』は、九宿市シリーズの様々な話に登場する主役だったり敵役だったりします。彼ら彼女らの物語も、いずれ書いていくつもりでいますのでお楽しみに。
こんな異世界転生は嫌だ 犬神 長元坊 @kes1976
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