こんな異世界転生は嫌だ

犬神 長元坊

第1話 こんな異世界無双チートは嫌だ(傾国の美姫って誰のこと?)

 地面にがっくりとひざをつけ、頭を抱えてうなだれる小柄な人がいます。傍らには、長身の中性的な美形の姿もありました。


「おーおー、盛大に燃えてるなあ」


 二人の目の前には、国家の規模を反映して壮麗この上ない大都市国家──だったものが炎に包まれています。城壁は崩れ落ち、跳ね橋も落ちて、城門も開けっぱなし。その向こうの街並みはつい数時間前の平和さが嘘のような阿鼻叫喚の巷でした。


「これが、景に与えられたチート能力の結果というわけかー」


 のんびりと言う長身の美形に反応し、景と呼ばれた長身の美形以上の美しい顔立ちの人は顔を上げ、空に向かって──この場にはいない誰かに向かって叫びを上げました。


「こんな……こんなチート、嫌だ──っ!」




 ことの起こりはほんの三日前のこと。T県立I東高校へと続く、全長250メートルほどの直線道路の半ばあたりでのことでした。

 今年の春に入学したばかりのとある男子生徒は、道路の左側を歩いていたところ、右側を歩いている二人連れが視界に入ってからこっち、目を離せなくなっていました。何しろ二人とも、衆目を集めずにはおかないほどの美形だったのですから。


「おっ、新入生かい?」


 先輩らしい男子生徒に声をかけられて「あ、はい」と半ば呆けたような返事をしてしまい、ようやく失礼な態度をとってしまったと思い返して慌てて「はい!」と姿勢を正します。しかし、声をかけた先輩は、いいって、と笑いました。


「気持ちは分かるからな。わが校の王子と姫を初めて見たんだろ。俺も初めて見た時ゃ、衝撃で一日なんにも手につかなかったもんだ」

「王子と姫?」


 言い得て妙だと思いながら二人をチラチラ見つつ後輩が聞き返しますと、先輩は「あの二人、正にそんな感じだろ」と再度笑いました。


「ちんまい方が姫こと四阿 景(あずまや けい)。で、のっぽがその幼馴染みで神余 晶(かなまり あきら)。見た感じ正に王子様だろ。聞いた話じゃ産まれたのも同年同月同日で、病院のベビーベッドも隣同士だったらしい。家族ぐるみの付き合いがあって、自然一緒にいるのが当たり前になっちまったそうだ。で、中学の半ばで互いに異性として意識し合うようになってからは、周囲も公認のバカップルになったらしいや」

「バカップルですか…。あれ見ると嫉妬の念も起きませんね…」


 後輩は呆れ混じりのため息をつきました。

 並外れた美貌の二人が、気安くお喋りしながら歩いているのを見ると、ずっと見守っていたくなるようにも思えるのです。


 180近い長身で、しかも中性的な美貌ということもあってものすごく目立つ晶でしたが、頭ひとつ、いや、もっと小柄な景の方が目立っていました。

 肩にかかるかどうかという黒髪はどんなヘアケアをしているのかサラサラで天使の輪が光っていますし、しみ一つ無い肌は極上の絹織物のよう。顔立ちときたらアイドルとかいうレベルはとうに彼方に置き去りにして、銀幕を飾るか果てはそのまま信仰の対象になるかというあり得ないレベルの美しさです。

 誰もが二度見、三度見するようなカップルでした。そんな二人は、昨夜のドラマの話題で盛り上がっていました。


「だからさ、そこがいいんじゃない。予定調和の美学ってやつ」


 美しい顔立ちの景ですが、口調はくだけています。幼馴染みの恋人相手だからかもしれません。


「そう? またかって思っちゃうけど」

「要は時代劇なの。舞台こそ現代だけど、水戸黄門の印籠、遠山の金さんの入れ墨みたいに、盛り上がるべきところで盛り上げるお約束が入るってわけ。お分かり?」

「ああ、言われてみるとそうかも。じゃ、最後に犯人を指摘して解決するラストはお白洲に当たるのかな」

「そうそう」


 楽しくおしゃべりに興じる二人の姿に、同じ方向へ歩き、もしくは駆けていく同年輩の少年少女たちは、先の先輩後輩も含め、生暖かい視線で見守る者が大半でした。だからでしょうか、突然二人の足元に出現した魔方陣や、そこから二人を飲み込むように放たれた一瞬の光を何人もが目撃したのです。その一瞬で二人とも消えてしまったことで、通学路が驚愕と混乱と戸惑いとで騒然となったのは言うまでもありませんでした。



 学友たちが人間消失という事態に右往左往させられていたその時、景と晶も混乱の極みにありました。

 それはそうでしょう。いつもの通学路、いつもの登校風景。それが一歩、いえ、半歩程度でしょうか、そのわずかのうちに一変したのです。

 二人がアスファルトを踏むつもりで出した足の先には、数センチは沈みこんでしまうほど柔らかな毛足の真っ赤な絨毯がありました。二人揃ってバランスを崩し、


「ええっ?」

「なにっ?」


 咄嗟に互いに手を握りあって転倒だけは防ぎつつ周囲を見回しますと、いつの間にかどこかの室内と見える場所になっていたのでした。

 薄暗い中、突然のことに二人揃って唖然としてキョロキョロとあちこち振り返っていますと、


「△◆■◎☆🔳!」


 何やら声らしきものがかけられました。聞こえた方へと振り返ってみますと、フードで顔のうかがえない陰気な雰囲気の人々が横並びに六人ばかり立っており、その奥に階段状になった(景は雛壇のようだと思いました)舞台のようなものが設えられていて、一番上に据えられた、やたらと豪奢な椅子に対して、ちんまりとした男が態度だけはとにかくでかく、ふんぞり返って腰を下ろしているのが分かりました。

 男はビア樽のように膨張した腹のあたりまで顎髭を伸ばしており、王冠はもちろん指輪やら何やら金と宝石で飾り立てていました。顎髭までいくつもの装飾品まみれという、成金趣味にしても過剰過ぎて胸焼けしそうな風体のその男が、金切り声で何やら喚いているのでした。


「晶、何て言ってるか分かる?」


 英検準1級の幼馴染みに景が訊ねましたが、晶はかぶりを振りました。


「ダメ、あれは英語じゃない。それどころか知っているどの言語にも似たものがない。ラテン語起源の言葉ならある程度は分かるんだけど」

「そっかぁ……。ていうか、そもそもここはどこなんだろう」

「下手すると、地球じゃないかも」


 ほら、と晶が指差したのは壁の穴でした。妙に幾何学的な模様が彫りこまれているように見えるその穴は、外が辛うじて見えることから採光のための窓の一種なのだと思われました。

 目を凝らしてみると、月が3つも見えました。なるほど、地球ではないのではと疑うには十分な光景です。

 薄暗さに目が慣れてきますと、部屋の暗がりに男が更に何人も立ち並んでいるのが分かります。いずれも鋭い穂先の槍を手にし、腰には剣を佩いて、全身を金属らしい鎧で包んで完全武装しているのでした。景たちが抵抗しようとしても、すぐに制圧されてしまうことは疑うまでもなさそうです。

 階段の上では相変わらず偉そうな男がキンキン耳から頭まで響きそうな声で喚きたて、これまたようやく存在を認識できるようになった、壮年から老境に差し掛かったと見える体格の良い男性が、たしなめるように声をかけているのが分かりました。

 ややあって体格のよい男性の方が理解不能な言葉を発して軽く手を振ると、兵士らしい武装した男たちが数人、景たちを包囲するように距離を詰めてきました。何が起きるのかと二人が身構えたそのとき、背後にいつの間にか接近していた者たちがそれぞれ、景と晶の首にチョーカーのようなものを装着しました。


「えっ?」

「何すんのさ?」


 思わず外そうとする二人でしたが、鍵をかけて固定されているようでびくともしません。

 続いて、兵士たちが槍を突きつけてきて、偉そうな男の方へ追いたてるようにします。抵抗したら何をされるのか分からないので、二人とも軽く両手を上げたまま促されるままに歩いていきました。

 よく見ると偉そうな男に向かってというより、その手前にある巨大な鏡のようなものへと追いたてられているのでした。

 鏡のような、というのはそれが鏡面のようにぬるりと光っていながら、何も映し出していないからでした。すぐ前までたどり着いても、景たちの姿すら映しません。ただ、闇の中の鏡とでもいうかのような、黒々とした鏡面があるだけです。

 本来の鏡であるなら、目の前に人間二人、無理に詰めれば三人は並んで姿を映し出せるであろう大きさです。長身の晶でも、背を伸ばしてなお余裕があるくらいでした。

 また槍が突きつけられました。そのまま鏡の中に入れとでもいうかのようです。


「ど、どうしよう?」


 景が晶の顔を振り仰ぎますと、晶も諦めたように「前進するしかないんじゃない」と右手を突き出しました。そのまま鏡面で止まったなら、無理だとアピールするつもりなのでしょう。


 とぷん。


 まるで水面に手を差し入れたかのように、晶の手が抵抗無く黒い鏡面に沈みました。


「だ、大丈夫?」


 青い顔をした景が訊きますが、晶は「なんともないみたい」と更に進みます。


「手を握ってようか?」


 振り返って景の右手を左手でつかむ程度の余裕もあるようです。若干の安心感を覚えながら、晶の左手を握り返して景もままよと足を踏み出しました。

 黒い鏡に吸い込まれるようにして消えた直後。二人は、突然真っ白な部屋の中に踏み込んでいました。


「ええっ?」

「驚きが続きすぎて、何が何だか分からなくなってきたなぁ…」


 思わずあたりを見回す景に、盛大な溜め息をつきつつぼやく晶。そんな二人に、一人の女性が事務机を前に、椅子に腰を下ろして悲しそうな瞳を向けていました。


「──ようこそ、可哀想なマレビトよ。私は流浪者の守護神、イルルシャン。とりあえず、説明を聞きますか?」


 ──ようやく聞けた日本語に、景と晶は心底ほっとして、へたへたと脱力して白い床に座り込んでしまいました。


 イルルシャンの柔らかそうな波打つ金髪は、落ち着いた色合いで午睡を誘う柔らかな陽光を思わせます。美しく整った顔立ちは慈愛に満ち溢れ、同時に悲しみに彩られていました。

 古代ギリシャやローマの女神像を連想させるような出で立ちの彼女が軽く手を振ると、何もなかったところに初めからここにありましたと言わんばかりに椅子が二つ現れます。

 どうぞと勧められるままに腰を下ろした二人に、女神イルルシャンは話を切り出しました。


「私の名前は先ほど言いましたね。流浪者の守護神というのは文字通りの意味で、あなたたちのように異世界に突然移動してしまった、もしくはさせられてしまった人たちの苦難をできる限り軽減しようと、様々な加護を与えるのが仕事です」

「なるほど」

「つまり、セーフティってことですか」


 景が訊きますと、その通りです、とイルルシャンはうなずきました。


「近年、何故か異世界転移や転生が急激に増えまして…。元々私は選ばれた人間に加護を与える役に就いていたのですけれど、全く異なる世界から来てしまった方々を放置できないと神々の協議にも議題に上げられるほど問題になりまして。近い役を勤めていました私が担当になりました。けれども、今度は別の問題が起こりまして…」


 はあ、と溜め息をつくイルルシャンの姿に、景たちはどうも愉快でない事情がありそうだと思いました。ややあって顔を上げたイルルシャンの語ったのは、やはり不愉快な話でした。


「会話や書き文字で不自由しないように全自動で理解し、その気になれば書くこともできるようになる「言語理解」を基本的に与える他、あまり治安のよろしくない世界ですから、自衛できるよう強力なスキルを与えてきました。ところが、異世界転移者が私と接触すると強力なスキルを得られることがいつしかこの世界の住人に知られまして、各都市国家が転移者を奪い合う事態が発生したのです。のみならず、戦乱の時代となった近年は発見された異世界から人を召喚する魔術を利用して何人も勝手に転移させ、首に逆らったら自動的に爆発する首輪をつけて服従させた上で私と接触させ、スキルを得た転移者を戦争の兵器として扱う風潮が広まっているのです」

「えー!? 何それ!」


 思わず叫んでしまう景でしたが、本当に何それですよ! と女神もダンダンと机を叩いています。相当に腹に据えかねているのでしょう。


「そういうわけで、私の世界の住人が本当に申し訳ありません。出来ることならすぐにも元の世界に返して差し上げたいのですか、私はスキルを与えることは出来ても人を移動させることは出来ないのです。裏技として自在に異世界間を移動できるスキルを与えるという手もあるにはあるのですが、事故が起きるとその世界が消滅する危険性があるのでお薦めできません」

「事故?」

「ええ。具体的に言いますと、ある程度以上の密度のある物質が存在する座標と重なるように転移した場合、その場で核融合反応などを起こします。物質の性質によってはそのまま宇宙全体が崩壊します」

「つまり、自分の身体がまんま水爆になったり、それ以上の破壊エネルギーに変換されたりしかねない、と」

「その通りです。召喚の儀式の時は、召喚陣の上に何も置かないことが原則です。だから、あなたたちは無事…と言って良いのかどうか分かりませんが、こちらに来られたというわけです」


 イルルシャンの説明に、下手するとこっちに来たとたん訳が分からないまま人生終了してたのかと背中が涼しくなる景でした。


「人を移動させられる神様というのもいるんですか?」


 晶が問いかけますと「それは……います」という答えが返ってきました。しかし、気まずそうに目をそらす彼女の姿に違和感を持ち、景たちがじーっと彼女の顔に穴が空きそうなほど見つめますと、降参したように、そして申し訳なさそうに告げました。


「まだ幼い神でして、引き寄せるのは得意なんですが、元通りに帰すのは得意ではなく、下手すると全く違う世界に送り込んでしまいかねないんです…」


 それはダメだ、と晶は額に手を当てながらふり仰いで呟きました。景も似たり寄ったりの心境で、女神に負けず劣らず大きな溜め息をついてしまいました。


「じゃ、帰る方法はないんだ…」

「一応あるにはあったんですが…本来、異世界召喚は魔王のようなものが現れて、自分達だけでは対処が難しいというときに使うものなんです。ですから、魔王を倒せば帰れるように術式を組んであります。ですが、魔王は現在存在しませんから、帰還の術式は発動できません」

「最悪だ」


 唸ってしまう景に、晶も憮然とした顔で同意するしかありませんでした。


「こうなると、おとなしくスキルをもらって生き延びることを考えた方が建設的かなぁ。人殺しなんて嫌だし、兵器として扱われてるってことは他の同郷の人間と戦う可能性もあるってことでしょ。嫌だなぁ」

「本当に、ごめんなさい!」

「いや、女神様が謝ることではないでしょ。意趣返し出来たら良いんだけど、そんな都合の良い方法はそうそうないよね」


 再度溜め息をつきながら肩をすくめて見せる景に、イルルシャンは少しほっと胸を撫で下ろしたようでした。


「どのようなスキルを与えることになるかは、ある程度コントロールは効きますが、基本的にはその人の得意なこととか、血縁関係とか、背景の歴史とかから決まるようになっています」

「すると、例えば剣道の有段者だったら剣の達人になるようなスキルがもらえるってこと?」


 晶が訊ねますと、おおむねそのような感じになりますと女神は微笑みました。


「では、よろしいでしょうか? あなた方に差し上げるスキルを判断するために、あなた方のこれまでの人生と縁を確認させてくださいね」


 イルルシャンの言葉と共に、真っ白な板状の何かが現れました。厚みのある四角い板──そう見えます。どこぞの映画に出てきたモノリスを純白の結晶で形成したかのようにも思われました。

 鏡面のように磨き上げられた白モノリスの前に一人ずつ立つよう告げられ、晶から前に進み出ました。


「えっ、晶?」

「大丈夫、気を落ち着けてから続けばいいから」


 男前な笑顔でサムズアップして見せる晶に、顔を真っ赤にしながら「ずるいよ、そんな格好いいこと…」と呟く景でした。

 うわあ、色んな意味でお似合いのカップルだなーと口の中で呟き、何か? と訊かれて何でもありませんよと応えつつ、晶を促して両手の平を白モノリスの表面にぺたりとつけさせた女神は、ややあって白モノリスの表面に浮かび上がった赤い文字列に目を見開きました。


「凄いですね…! レアなスキルがいくつも並んでますよ! 特にこの『比翼連理(四阿 景)』なんか滅多にあるものじゃありません!」

「どういう効果があるの?」

「これは単体では意味がないんです。パートナーが同じスキルを持っていて、互いに相手の名前を冠していれば、死ぬまでずっとよきパートナーであり続けることが出来、同年同月同日の同時に、寄り添った状態で一生を終えることが出来るという効果があります!」

「ええ…」


 晶と景、二人ともが顔を真っ赤にしています。要は運命的なバカップルめ、おめでとう! 死ぬまでお幸せに! という効果なのでしょう。互いに好きあっている二人ですからそこは問題ではありませんが、他者に、たとい女神様であっても口に出されると恥ずかしいのは仕方ないものです。


「他にも『景の守護者』とか『景の敵の討滅者』とか。どんだけ景さんのこと好きなんですか」

「やめて……」


 景への愛情を目に見える形で暴露された晶も、愛されていることをこんな形で知らされた景も、二人揃って真っ赤になった顔を両手で隠すしかありませんでした。


 無事に晶のスキルが有効化されましたら、次は景の番です。

 いったいどんな恥ずかしいことを暴露されるのかと戦々恐々しつつ、白モノリスに手を触れますと、なんと晶の時より大量の文字で表面が埋め尽くされたではありませんか。

 文字を目で追う景でしたが、次第に顔がこわばっていきます。「何それ……」と漏れる声にも力がありません。


「見せていただきますね……ああ、やはり『比翼連理(神余 晶)』が入ってますね。晶さんのと合わせて有効化しておきますね。あとは……えっ?」


 イルルシャンが目を丸くしました。


「これ、凄いですね? これだけの縁を持つ人も珍しいですよ? 神話の時代にまで足を突っ込んでるようですし」

「つまり」


 自身も覗き込んで内容を確認しつつ、晶が呟きます。


「チート能力ってやつ?」

「晶さんのも十分チートの範疇ですけどね。景さんのはそれを遥かに上回るってことです。それも、ひとつあれば運が凄く良いところ七つもあるんですからね……」


 これも有効化しておきますね、と処理を進める女神の顔が完全犯罪をたくらむ人のそれのように見えたのは、たぶん晶と景の見間違いではなかったのでしょう。すぐに朗らかな笑顔に切り替わった彼女の顔が、先ほどまでのストレスが嘘のように晴れやかだったのですから。


「では、好きなように行動なさってくださいね。首輪に気を付けさえすれば、多分それでうまく行くはずですから」


 当初とうって変わって楽しげな女神ににこやかに送り出された景たちは、元の室内に戻ってきたのでした。


「戻ったか。どうやらチートスキルは手に入ったようだな」


 体格の良い偉そうな男の話す言葉は、相変わらず日本語でも英語でもない謎の言語でしたが、不思議なことに何を語っているのか二人には分かりました。これが、女神の言っていた『言語理解』の効果なのでしょう。


「はい」


 二人揃って当たり障りの無い回答をしながら、なるたけ相手を刺激しないよう片ひざをついて頭を伏せました。しかし、それをぶち壊しにしたのは、例のちんまりとしていながらやたらと偉そうな男でした。


「面を上げよ。先ほどの無礼を許す。その上で、我が尊顔を拝する栄誉を許そう」


 ああ、さっきの金切り声は無礼者とかそんなことを言っていたのでしょう。それ以前にこちらとしては突然誘拐されたわけで、むしろ謝罪がほしいくらいなのですが──女神曰く彼らは戦争の駒を呼び出した程度の意識しかないわけで、謝ってくれる可能性など寸毫も無いでしょう。


「貴様らはこの栄光あるモンダナン王国の先鋒として、ギンゲル公国を滅ぼしてくるのだ。ああ、逆らおうなどと思うなよ。貴様らの首についているそれは、爆裂の魔術が込められたマジックアイテムでな。あとは言わずとも分かるな?」


 どこまでも偉そうに、相手の立場を全く考慮しない小男の言動に、景たちの不快感は天井知らずに上昇していましたが、手や口が出そうなのを、なけなしの精神力を動員して堪えました。


「王よ、それくらいに。詳しいことは私にお任せを」


 小男の傍らに立つ体格の良い男性が声を上げました。


「私はモンダナンの国務大臣であるカルルマン。どこに向かうのかなど、細かいことは私が説明しよう」


 親切なように聞こえますが、二人を兵器として扱うことに何ら疑問にも思っていないのは明らかでした。


「……分かりました」


 とりあえず返答だけはしておき、景は顔を上げて──視線を王と呼ばれた小男や大臣と名乗った男へと順繰りに合わせました。


「──ちょっとお願いがあるのですが」

「何だ?」


 相変わらず尊大ではありますが、頬を染めて上ずった声で、王が問い返します。


「旅立つにあたって、懐が寂しいですし、何も持たないというのも不安です。せめて装備なり何なり頂きたいのですが」

「う、うむ! もっともである! 持たせられるだけの金子と最上級の装備とを用意しよう!」


 即答でした。大臣もぼうっと景の顔を見たままうなずいていますし、このまま問題はないでしょう。



 翌日。

 城門から出た景と晶は、それは豪勢な出で立ちになっていました。


 景は立派な白馬に乗っています。また、純白の胸当てにお揃いの篭手と脛当てに同色の服とフレアのミニスカート、ガーターベルト付きのハイニーソックスを合わせ、この世界のものらしい見たことのない朱い花の刺繍が入ったマントをはおっているといった装いです。同じ意匠の金の模様が入っていますからこれら全部で一式の装備なのでしょう。これは王家の始祖の騎士姫がまとっていたと伝わる、あらゆる魔法攻撃を無効化し、かつ装着者の能力全てを何十倍にも底上げするというとんでもない代物でした。

 腰に佩いた長剣も彼女由来のものだとかで、決して折れず曲がらず壊れず、あらゆる守りを無視して敵に必ず斬撃を与えるという、これまた普通でないモノでした。

 またがった白馬も、その騎士姫が千古を生きるホワイトドラゴンを魔法で白馬の姿に変えたものだとかで、忠誠を誓った乗り手のために自ら戦うという話でした。光のブレスとかいう、光線を吐いてるんだか息が光ってるんだかつっこみたくなるような必殺の武器があるらしいです。なお、既に景に懐いたようで、忠誠を誓う儀式まで済ませていました。

 頭にはティアラまで装着して、まさに姫騎士といった出で立ちになった景に合わせるように、晶もまたとんでもない装備を与えられていました。

 まずは長身の晶によく似合う漆黒の全身鎧です。モンダナン中興の祖と謳われる竜殺しの英雄王が竜を倒しに行ったときに身に付けたものらしく、あらゆる物理攻撃を防ぐらしいです。剣も竜の首をはねたとかいう業物で、これまた英雄王の持ち物でした。更に騎乗している黒馬もまた、景が乗る白馬同様ドラゴンを魔法で馬に変えたものだとかで、こちらは炎のブレスが武器なのだそうです。


「──鉄砲玉に与えるような装備じゃないよなー」


 少しひきつった笑顔で──頭部は額当てのみなので顔は見えます──晶が呟くと、景は馬の上で溜め息をつきました。なぜこんなに豪華な装備を与えられたのかといえば、まず間違いなく景が原因なのですから。


「城中の金銀財宝まで全部与えられてしまったし…」


 晶が自身のスキルである『無限収納』の中身を確認しながら呟くと、景も「食べ物もね」と付け加えて再度溜め息をつきました。


「……この国、戻ってくるまで保つと思う?」

「さあ……こんな経験したこと無いからなぁ、予想もつかない」


 景に続いて晶も溜め息をつき、振り返りました。つられて景も振り返って見ますと、門前まで王や大臣たちがズラリと揃って、やたらとキラキラした目で見送っているではありませんか。遠巻きにして見守っている民衆は、想像すらしていないでしょう。たった二人の遠征軍に、国の財産のほとんどが与えられてしまったなどと。

 その民衆までもが、王たちと似たりよったりの表情で見送っているのでした。


「もう気にしてもしょうがない。なるようにしかならないさ」


 晶の声と共に、二人を乗せた馬たちは駆け足になりました。乗り手の意思を正しく読み取り、駆け始めたのです。


「そうだね…女神様にも好きなように生きろと言われたしね」



 道中は何事もなく、普通の馬なら七日はかかる道のりをわずか一日でたどり着いたのは、攻撃目標であるギンゲル公国の城門でした。


「さて、どうしようか?」


 着いたは良いけれど、さしあたって何をすればよいのか見当もつかない景は、途方にくれて晶に訊きました。道中はとりあえず現地に着けば何とかなるかなと楽観していたのですが、いざ着いてみると何から始めれば良いのやら分からなくなってしまったのです。


「とりあえず、門番に挨拶かな」

「う、うん、挨拶は基本だよね!」


 二人は馬から降り、門番の詰め所に向かって歩いていきました。


 ──それから数時間後。冒頭の状況に至ったというわけです。



「いや、ここまでとは思わなかったなぁ。まさか、門番に挨拶しただけで、都市国家が1つ滅亡するなんて」

「色々と……ひどすぎる……」


 晶があきれたように呟くと、景は口から魂が漏れ出しているかのような表情でようやく口にしました。


「1つだけでも十分に国を傾け、滅ぼし得る『傾国』スキル。それが七つもあるってさすがに普通じゃ無さすぎだったね」

「欲しくて手に入れたチートじゃ無い……」

「分かってる。しかし、まさか景のご先祖様に七人も傾国の美女が入ってた……って、出来すぎだよねぇ」


 しみじみとうなずく晶に、景は力無く笑うしかありません。


「出立に際してあらゆる物を用立ててもらえたのは、神話の時代の王朝『夏』を傾けた傾国の美女『末喜』が、巨大な宮殿をはじめあらゆる物を望んで王に叶えてもらったことに由来する『末喜の稀望(おねだり)』スキルによるもの、だっけか。──このスキルにより景のおねだりは、死者を甦らすような不可能事でない限り叶えられる。加えて、相手は叶えようとするあまり制御が効かなくなり、際限無く浪費した挙げ句に破滅していく」

「聞けば聞くほどろくでもないスキルだよね……」


 げんなりして景は呟きました。

ちなみに、数時間前に何が起きたかといいますと。



「あの、こんにちは」


 挨拶する景に、城塞都市国家ギンゲル公国の外壁門を守る衛兵は目を極限まで見開きました。今まで見たことも聞いたこともないような、絶世の美貌を前に心底仰天したのです。


「モンダナン王国から来ました。この国を滅ぼしてこいだなんて無茶なこと言われたんですけど」

「おーい、ストレートすぎる」


 連れがツッコみましたが、衛兵にとってそんなのは問題ではありません。身も心もとろかすような甘い美声に、舞い上がってしまっていたからです。しかも、目の前の美しき人から直々にかけられた言葉なのです。それは正に耳から脳に侵食する麻薬でした。


「分かりやした! こんな国、あなたのお手を煩わすまでもありませんや! 早速滅ぼしやす!」

「えっ? えっ?」


 景が戸惑っている間にも、衛兵たちが騒ぎに気づいてぞろぞろ出てきて──全員が熱病に感染したかのごとく最初の衛兵に同調し──武器を抜いて喚声を上げながら街中へと駆けていったのでした。

 そこからはもう無茶苦茶です。

 城門前で公王の親衛隊が反乱した衛兵たちを殲滅すると、原因を排除しようと外壁門まで進出。景が困ったように苦笑するのを見たとたん、全員が回れ右。なんと彼ら自身が反乱軍と化して城へと攻め上っていったではありませんか。

 続いて街中でも親衛隊に呼応するように反乱に加わる市民が続出。わずか数時間で、ギンゲル公国は紅蓮の炎の中に消えていったのでした。


「最初の兵士たちが反乱しだしたのは、多分『驪姫の天略』によるもの。大国『晋』をその言動、行動によって疑心暗鬼にまみれさせ、親子兄弟が骨肉相喰らう地獄に変えたとされる傾国の美女、驪姫に由来するスキルだね」

「そんな意図無かったのに…」

「あー、いや、多分だけど他のスキルも影響してるんじゃないかな。確か、出会った男たちを魅了して、ダメ男に変えてしまう美貌が一生衰えないという『夏姫の久遠』とか、どんな強靭な精神の持ち主だろうと骨抜きにしてしまう魅力が、どんな表情になろうが減衰しない『西施の顰(ひそみ)』とか、どんな男だろうと初恋のときめきを与え、中二病的な精神状態にしてしまい、善悪の判断ができなくさせてしまう『楊貴妃の無窮』とか。どれがどう作用したのか分からないけど、場内から出てきた連中に働いたのは確実に『褒姒の無垢笑』だよね。超大国『西周』を傾けた傾国『褒姒』に由来する、微かな笑みであっても一度見たら、今度は弾けるような笑顔をどうしても見たくなって、いかなる愚行も嬉々として行うようになってしまうよう、男の精神を蝕むスキル。火が出たのは炮烙の刑のエピソードを持ち、王を最後には焼身自殺するところまで破滅させた妲己に由来する『妲己の焔滅』かな」

「悪女だ…。悪女以外の何者でもない…」


 ますます頭を抱えてしまう景です。慰めるように晶が「いや、あいつらが勝手に忖度して破滅してるだけなんだしさ」と声をかけますが、景は天をふり仰いで、再度絶叫しました。


「だから、何で、こんなスキルなんだよ!? ボクは……ボクは、男なんだぞ──っ!?」



 四阿 景。

 幼い頃から並外れた美貌ゆえに男女問わず魅了し続け、誘拐されたことは未遂も含め三桁を越える恐るべき少年。

 異世界転移をきっかけに、父方から四人、母方から三人の『傾国の美女』の血が流れていることが判明し、女神から先祖由来のスキルを目覚めさせられたことで対国兵器と化した今、存在するだけで国を滅ぼす究極の女神となる。男なのに。



「ボクだってさ……異世界もの読んだことあるよ? 結構憧れもあったよ? 剣と魔法の世界ってやつ? すっごい剣士になって、スキルで遅く感じられる敵をかっこよくズババっと倒すとかさ、凄く強い魔法を使いまくって無双するとかさ、そうなったら楽しいだろうなとか空想したこともあるよ? でも、コレはない……!」


 またしてもひざをついてうなだれてしまう景でした。

 ──その時。

 ぱきん、と軽い破壊音があがりました。音の出所を探して下を向くと、モンダナン王国を裏切った場合彼らの命を奪うはずだった首輪が壊れて落ちていました。


「あ…」

「あー、確か、主人が死んだ時だけ自動的に壊れるんだったっけ」

「てことは、モンダナン王国は」

「うん、多分滅んだね。王が景に更に色々与えようと国民にやたらと重い税を課して憎まれたか、大臣たちと景を奪い合ったか」

「お……男相手に何してんの、国の重鎮が」

「まるで夏姫に溺れた王たちや、驪姫にいいように操られた王たちのようだね。仲間には効果が及ばないって注釈がなかったら、ボクたち自身が危なかったのかな。うーん、何やってんのっては同感同感。だって、景は可愛いのは確かだけど、股の間には女泣かせの凶器を持ってるのにねー」


 後ろから覆い被さるように、晶が景を抱き締めます。頭一つ分以上の差があるので、自然、そういう格好になるのです。


「あ、晶、そんな恥ずかしいことを」

「なにさー、事実じゃん。デートのたびにボクのことあられもなくよがり狂わすくせにー」


 二人とも鎧を着ているので感じることは出来ませんが、本当なら景の頭や肩のあたりには、晶のそれはもうたわわな膨らみが押し当てられているところです。中性的な整った顔立ちに加え、男でもなかなかいない長身なので女子人気が高く王子さま扱いされていますが、その実誰より素敵な身体を持つ可愛い女の子であることは景が一番知っていることでした。


「こないだ読んだ本に日本人の平均が載ってたんだけど、あの基準からすると景のって平均の二倍以上はあるんだよねー。顔立ちと凶器のギャップが凄いというか」

「生々しい話はやめて!?」


 端から見ると滅ぼされた街の前でいちゃつくカップルという目を疑うような光景ですが(しかも本来の性別は逆)、ある意味現実逃避しているようなものなので、二人にしてみれば結構いっぱいいっぱいなのでした。

 その二人の背後から、


「おい、そこのバカップル」


 声がかけられましたので振り返りますと、頭の先から爪先まで黒一色の男がいました。かなりがっしりした良い体格ですが、特に太いわけでもない、いわゆる細マッチョです。


「俺はそこで燃え盛ってるギンゲル公国に召喚されたモンなんだけどよ。ついさっきこいつが外れやがった。なんか知らねえか?」


 男が左手でつまんでいるのは、景たちの首にも巻かれていたのと同じ首輪でした。確かに鍵の部分が壊れて外れてしまっています。


「あー、それはあなたの主人が死んだってことだね」


 晶が答えました。


「マジかよ。俺が聞いた話じゃ、ご主人サマが死んでも後継者がいればソイツに主人としての権利が移るから、永遠に奴隷のままだってことだったが」


 景と晶は顔を見合わせました。なるほどとうなずいて答えたのは景でした。


「じゃ、その全員が死んだんだろうねぇ。するとボクたちの方も全滅してるんだね」


 男は景たちの足元を見て、同じものが壊れて落ちているのを認め、溜め息をつきました。


「マジのマジか…。本当なら国境で俺たちが出会って、クソッタレな連中の代理でブッ殺し合うところだったんだが。まさか俺に気づかずに通り過ぎるとは思わなかった上にとんでもなく速かったからなぁ。なんとか追い付いたらこのザマか」

「ええと、その、なんかごめん?」


 景が何となく謝りますと、男はいや、とほとんど隠れている中でなんとか見える目の回りを赤く染めながら首を振りました。


「マジできつかったからなぁ。命を握られたとはいえ、同じ世界の人間を手にかけるのはよ。俺は別に殺人鬼でもなんでもない、単なる忍者マニアだっただけなのに、忍びスキルを与えられちまって、戦わされて知り合いと殺し合いそうになって慌てて互いに気づかなかった振りをしたりな。さすがにもう限界だと思ってたところさ」


 助かったよと男は全身から力を抜きました。そこでようやく、景と晶も警戒を解いたのでした。



「お前さん達、これからどうすんだ?」


 男の問いに、景は晶と顔を見合わせ──まだ背後から抱き締められてますので、景が顔を上げればそこに晶の顔があります──男の方に向き直って「まだ決めてないなぁ」と答えました。


「じゃあな、俺と手を組まねぇか」

「あなたと?」

「ああ。帰る手段も探したいし、出来るならこっちに呼ばれて戦わされている他の連中も解放してやりてえ。一緒にやっちゃくれねぇか?」


 一瞬考え込んでから再度晶と顔を見合わせた景ですが、晶の「ボクはどこまでも景と一緒だからね」という言葉に顔を真っ赤にしつつ「分かりました」と返しました。


「手を組みましょう。さしあたってはあなたの名前を教えてくださいね?」



 その後の彼らの物語は、また別のお話。語られるとすれば、また別の機会にということになるでしょう。

少しだけ明かしますと、スキルのおかげもあるのでしょうが、晶と景はずっと共にあったということだけは確かなのでした。




────

 短編のオムニバス形式での投稿を始めました。受け入れられるか分かりませんが、どうぞよろしくお願い致します。


 次回は

『こんな謎生物への転生なんて嫌だ(転生したら〇〇でした)』

です。

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