第5話 誰か俺を抜いてくれ!(転生したら〇〇でした その2)

「太刀風 剣一(たちかぜ けんいち)さん、あんたはお亡くなりになったわ。覚えてる?」


 出入り口らしきものがなく、四方の壁も床も天井も白一色の部屋に戸惑っているところに突然話しかけられ、ビクッとしながら声がしたと思しき方を見ると、そこにはちんまりとした女性──有り体に言えば幼女がいた。

 美しい幼女だ。ウェーブのかかった金髪は腰のあたりまで伸びて光り輝いて見えるし、目鼻立ちもくっきりしていてかつ形よく、顔の輪郭も男の理想を体現したかのよう。頬をうっすらと赤く染めているあたり健康的でもあった。

 唇は瑞々しい桃の実を連想させるようなピンクに染まり、男なら誰もがふらちな想像を頭に思い浮かべそうだ。というか、俺もそうだ。相手は幼女だから自重するが。幼女だからな!(大事なことなので二度言おう!)もっとも、かなり尊大な態度なので、クソガキというイメージが先行してしまうのが残念なところではあったが。

 しかし、お亡くなりになった? はて? 確か、学校から帰って──すぐ隣にある系列校である丸閥中学校で人が殺される大事件があったため、臨時休校になって午前中に帰宅することになったのだったか。

 でも犯人は既に射殺されたというし、もう危険はないんじゃないかとバイト先の店長に連絡を入れ、臨時のバイトに入らせてもらったんだっけ。うちの私立丸閥大学附属丸閥高校は、九宿市丸閥町に昔から君臨する名家、丸閥家が世襲する丸閥製薬株式会社が母体となった丸閥グループが運営する私立校の一つで、制服があるものの生徒の自主性を尊重する教育方針もあってバイトも認められている。おかげで俺はある目標のために金を稼いで貯められるというわけだ。

 実をいうと俺はいわゆる刀剣マニアというやつだ。日本刀は言うに及ばず、西洋の剣にも目がないし、槍や短刀などにも食指が動く。

 毎月発行される刀剣マニア向けの雑誌には必ず目を通したし、刀剣の類が出るネット小説は一通り目を通した。近年流行のアプリゲームの一つ、刀剣擬人化美少女ゲーム『宿命の刀剣女士』(女子ではない。女士だ)もやっていた。ちなみに一番の推しキャラを選ぶのは難しいが、生真面目いいんちょタイプの姫騎士エクスカリバーちゃんと、自由奔放コギャルタイプの日本神話英雄草薙之剣ちゃんが個人的に気に入っていた。

 しかし、いわゆる重課金戦士ではない。あくまでも無料の範囲で遊んでいた。お金は刀剣雑誌に使う以外は切り詰め、コツコツと貯めていた。目的はもちろん刀を買うことだ。

 本物の刀というやつは目が飛び出るくらい高い。ナマクラなら二束三文とか言われるが、それでもそれなりの値段になる。名のある刀匠の作ともなれば、ウン十万とかウン百万とかいう世界だ。物によっては桁がさらに増えかねない。

 それでも業物を一本でもいい、手元に置きたかった。だから稼いでいたのだ。時間ができたなら臨時のバイトに入って、少しでも足しにしようと思うくらいには。


「あ、思い出した」


 そうだ。その臨時のバイト先のコンビニに、強盗が現れたのだ。

 初老の男性だった。手にしていたのは脇差しにしては長めの短刀。おそらくは小太刀だろう。特徴的な刃文から村正のように見えるが、地金が違った。おそらくは別人が打ったものだ。


「か、金を出せ!」


 強盗の定例文のようなセリフを言いながら、震える手で小太刀を構えるじいさんに、俺は思わず


「何を馬鹿言ってるんだ! おおかた村正の偽物を掴まされて金を無くしたと言うんだろうが、そいつはおそらく村正の縁者が打った正真正銘の古刀だ! ちゃんとした鑑定を受ければそれなりの金になる業物だぞ!」

「うるさいうるさい、妻に内緒で高い買い物をしたら偽物で、愛想を尽かされて出ていかれたんだよ!」

「それこそ知らんがな! ちゃんと金になることを証明して奥さんに伝えれば済むことだろうが!」


 店長やバイト仲間が「おいやめろ!」「刺激するな!」とか叫んでいたが、頭に血が上っていた俺は無視してカウンターから出ていってしまった。


「戦乱の時代ならいざ知らず、刀は美術品だ。こんな事に使うんじゃねえよ!」

「うるさい──ッ!」


 ブスリ。


 ものの弾みみたいな感じで、刃が俺の腹に刺さった。


「太刀風──っ!」

「警察ッ! いや、救急車が先かっ!?」

「あいつを取り押さえろ!」


 店長やバイト仲間が口々に叫び、俺を刺してあわあわ言いながら小太刀から手を離してへたり込んだ──そんな程度なら初めから小太刀を手に強盗なんかするなよ──じいさんを取り押さえた。

 俺はというと。


「何してんだよ……俺の血と脂で刀身が汚れてしまうじゃねえか」

「何やってるバカ! 抜くな!」


 店長の叫びを無視して腹に刺さった小太刀を引っこ抜くと、エプロンの裾で拭っていた。本当はもっといい道具で手入れしたいところなんだがここには無えからな。

 でも、ちゃんと拭い終わる前に俺の腹から凄い勢いで血が吹き出して。


「あれ?」


 目の前がぐらりと歪んで、店長が何か叫ぶ声を最後に意識が──



「そう、あんたは自分で凶器になった小太刀を抜いたことで出血多量で死亡したのよ。たまたま太い血管を傷つけていたみたいね。刺さったままにしておけば血止めになって生き延びられたのに。抜いたのは刀剣愛ゆえって、本当の本当に刀剣バカ極まれりってところね。まあ、そんなわけであんたは死んで、どうやらこちらの世界と縁ができたみたいで転生することになったわ。いつもはイルルシャンお姉様が担当するんだけど、最近立て続けに何人も転生してきたからお疲れで、神々みんなで無理やり有給休暇を取らせて休ませたから、臨時でこの女神オルハンがあんたの転生を手助けするわ!」


 神様の世界にも有給休暇って存在するんだなーとか思いながら、ふと気になったので聞いてみる。


「臨時? つまりあんた、じゃない、オルハン様は本来は転生に関わる女神様じゃないってこと?」

「そうよ。近年何故かあんた達の世界からこっちの世界への転移者とか転生者がすごい増えてね。元々スキルと言われる能力を人に授けることを専門にしていたイルルシャンお姉様が担当していたの。まあ、要は転移したり転生したりした人のセーフティとして強力なスキルをあげましょうみたいなことね」

「ならオルハン様は本来は何の女神様なんです?」


 するとオルハン様は無い胸をそらして仰せられた。


「本来は刀剣鍛冶の女神よ」

「貴女が神か!」

「いや、初めから女神だと言ってるじゃん」

「おお、神よ! まさしく俺が崇め奉るべき神、いや、女神!」


 五体投地しても良いくらいの感動だ。残念ながら肉体が無いみたいで行動で示すことはできなかったが、気持ちは伝わったようだ。頬をさらに赤らめて照れているオルハン様が神々しい。


「ま、まあ、刀剣を愛するあまり死んだみたいなものだし、そういうことならって私が手を挙げたようなものだからね。さて、どんな転生先を希望するのかしら? 鍛冶屋に転生するのなら、聖剣を作り放題の加護を与えられるわよ? もしくは剣士かしら? いかなる刀剣でも最大限の力を引き出して戦える『剣の極み』などのスキルを用意できるわ」


 対して俺の答えは決まっていた。


「剣に転生させてくれ」

「なるほど、剣そのものになりたいと。さすがは刀剣バカ……ってバカすぎないっ!?」

「何を言うか。刀剣を愛し刀剣に身を捧げた俺だ。最終的な夢は最高の刀剣と一つになることだった。それは夢想、妄言のたぐいだと諦めていたが、こんなファンタジーなことが起きてるんだ。ならその夢を追っても構わんだろう?」

「カッコよく決めた風でもおバカには変わらないわよ……。ええ? もう転生先が刀剣に決定されちゃってる……。神の権限を超えて希望が通るって、どんだけ強い願望だったのよ……。しょうがない、他に望むことはない? なるたけ希望に沿うわよ」


 傍らの何やら情報が表示されているらしい半透明のプレートを覗き込んで頭を抱えつつも、そんな事を言うオルハン様。実に話の分かる女神様だ。なら、こちらから出す条件も決まっている。


「この世界最高の剣だ。所有者と意思を疎通できるようになればなおのこと良い」


 刀剣が出てくるネット小説でもお気に入りだったのが、異世界転生したらとてつもない力を秘めた剣になっていて、美少女剣士とともに冒険するというものだった。あんな感じがいい。


「世界最高の剣? じゃ、該当するのは一振りしかないわね。千五百年前に私が打った剣よ」

「オルハン様が!?」

「ええ。その神剣を打ったことで世界に認められ女神になったからね。それまではごく普通のドワーフだったのよ」

「ドワーフ!」


 きた、ファンタジーの定番、手先の器用なドワーフ! ちんまりしていると思っててごめんなさい。ドワーフってことはこれでもちゃんと成人して──


「私、天才だから十二歳にして世界最高の剣を打ってしまったのよ。だからそれ以来年を取ってないの」


 ──いなかった! ていうか、女神になるだけあってすごい才能だな!


「じゃ、そろそろ千五百年前の私の工房に飛ばすわね。かつての私によろしくね」


────────────────


 熱い。

 尋常じゃない熱さなのに、生命の危機は感じない。と思ったところで急に熱いところから出されたが、すぐに硬い何かの上に乗せられ、叩かれる。その強いことときたら、人間だったら一撃で死ぬのは確実だってレベルだ。

 だが、熱さも叩かれる衝撃も、ダメージとはならない。むしろとてつもない力を凝縮して込められるかのようだ。──どうやら転生はうまくいって、俺は剣として新生するところらしい。

 水につけられ、また火に入れられて、叩かれる、叩かれる。時折形を確かめているのか持ち上げられるが、まだ周囲はもちろん自分がどんな姿かも分からない。

 火と水と鉄槌と。幾度となく重ねられる鍛錬の時。長くも感じられるその時間すら、俺を最高の剣へと鍛えている課程かと思うと愛おしい。

 一体どんな剣に生まれ変わるのだろうか。今からわくわくが止まらない。


 いつしか熱も衝撃もなくなった。どうやら研ぎに移ったようだ。まだ小さいと思える手が俺を手に取り、丁寧に研いでいるのがわかる。

 ややあって、


「完成だわ!」


 少女の叫びとともに、俺が掲げられたのが分かった。

 と同時に意識が鮮明になり、周囲が急に見えるようになった。凄いな、これは。人間だった時は目のある前の方しか見えなかったのに、今は前後左右どころか上下まで余す所なく見えるじゃないか。しかもそんな視界なのに、人間の脳みそで認識しているわけではないからか、頭がパンクするようなことにもならない。

 俺を掲げているのは、間違いなくあの女神オルハン様だった。いや、まだ人間(ドワーフ)だった頃の彼女ということになるのか。

 オルハン様の髪がウェーブのかかった金髪だったのも納得だ。同じくらい長いであろう髪を、キツめな三つ編みにしている。髪一本一本が太いのか、頭の幅と同じくらいの太さだった。


「ちゃんと意識は定着したかなぁ? どう、私のことは分かる?」

「おう、分かるぜオルハン様」

「おや、私の名前を知ってるんだ?」

「ああ。未来のオルハン様から送り込まれたからな」


 サムズアップはできなかったが、代わりに刃が明滅した。ほほう、俺の気分次第でそんな事も出来るのね。


「えー、未来の? ねね、どうなのかしら? 私、その、大きくなったらボンキュッボンになってるかな?」


 沈黙せざるを得なかった。気持ち、分かってくれるよな!? いたたまれなさ過ぎて何も言えん!


「ちょっと! なんで黙るのよ、そこで!? もしかしてまだ成長しきらない近未来から来たってこと!?」


 うわあ、ますます答えづらいことを。近未来どころか千五百年後だ。ドワーフの成長がどんなものかは残念ながら知らないが、さすがに千五百年も変わらないというのは有り得んだろう。それこそ神にでもならない限り。

 ああ、そうか。神といえども全能ではないんだな。少なくともオルハン様は神になってもボンキュッボンにはなれなかったのだから。

 この世の真理を悟って黄昏れていると、オルハン様は「まあ、いいわ」と頭を切り替えたようだ。


「あんたは私の最高傑作よ。おしゃぶり代わりにふいごを咥え、ガラガラ代わりに槌を握って、3つの時には初めての剣を打っていた私が、齢十二にしてついに納得いく一振りを造れたのよ! こんな嬉しいことはないわ……!」


 涙ぐんでいるが、それは心からの歓喜によるものだとよく分かった。

 十二歳は正直子どもとしか思えないが、彼女なりに長い探求の果てだったのだろう。ならば存分に涙を流し、喜ぶといい。


 ややあって、泣き止んだ彼女に俺は尋ねてみることにした。


「それで、俺はどんな剣なんだ?」

「ん? どんな、とは?」

「ほら、あれだ。例えば自分の意志で飛び回って、敵を斬り倒すとか」


 例の剣に転生するラノベだとそんなシーンが出てくるしな。


「は? んなわけ無いじゃん」

「え? だって俺、神剣なんだろ?」

「神剣だろうがなんだろうが、それって持ち主が気に入らなかったら殺してしまいかねないじゃない。そんな危険極まりない剣打つわけないでしょうが」


 おおう、ド正論! 言われてみれば全くその通りでぐうの音も出ないわ。

 じゃ、魔法はどうだろう。様々な魔法を使いこなすとか、敵からスキルを奪ったりとか。


「そんなん無いわよ。ていうかこの世界、魔法スキルの持ち主なんて数少ないわよ。それに、魔法スキルがあろうが発動前に斬り伏せれば事足りるし」


 なんてこったい。あのラノベの再現は不可能らしい。


「じゃ、何ができるんだ?」

「あんた? まずあんたには『天壌無窮の不毀』というスキルが備わっている。常時発動型のスキルで、折れず曲がらず溶けず欠けず砕けず劣化せずと、時の流れも含めてあんたを傷つけることは一切できない。また、同じく常時発動型の『穢れ無き祝福』により一切の汚れから無縁でいられる。なので、どんなに斬っても血糊も脂も付かないし錆びることもないわよ」

「そりゃ凄い」


 全く壊れることがないということは、切れ味が落ちないのと同義だ。血糊や脂が付かないのもそう。剣や刀というものは、人間を斬ればどうしてもそういう物が付いて、次第に切れ味が鈍っていくから続けざまに何十人もは斬れないものなのだ、本来。世界最高峰の切れ味を誇る日本刀ですらそうなのだ。

 加えて血糊や脂といった汚れは刀剣の劣化に繋がる。まあ、それ以前に劣化しないスキルが与えられているらしいからそこは大丈夫らしいが。刀剣としては最高の状態ではなかろうか。


「あと、もう一つのスキルが──」


 彼女が何か言いかけたその時だ。


「刀剣鍛冶オルハンとは君か」


 どこからともなく現れたのは、機械で構成されたヒトといった姿の男だった。


「まさか、最高神カレイキャクスライム様の友、ミヤモト様!?」


 カレイキャクスライムってなんだそりゃと思ったが、空気を察して何も言わなかった。


「いかにも。──オルハン、君は最高峰の刀剣鍛冶であることを、神剣を打つことで世界に証明した。よって世界は君を神の一柱として承認した。共に来るがよい」

「待ってください! 身に余る光栄なれど、魔王を討つ勇者のために打った剣です。勇者に渡すまでお待ち願えませんか?」


 ほほう、魔王とやらがいるのかこの世界は。いいね、いいね。邪悪なる魔王を討つ勇者の剣。まさに最高の剣に相応しい物語じゃないか。


「君たちにとっては残念なことだろうが、魔王はもう討伐されたよ」

「「──はい?」」


 俺とオルハン様の声が完全にハモった。


「勇者に認定された男は、どうやらたちの悪い女に誑かされたようで、逆に世界を滅ぼしかねない行動を取り始めた。だから、もしその剣を献上しても、剣自身に認められることはなかっただろう。そういうスキルをつけてあるのだろう?」

「はい。心優しく、人々を守る意思を持つような人を選んで、その人が最も使いやすい形に変じ、魂で繋がってその人の剣となるようなスキルです」

「つまり、その剣が魂で繋がってもよいと思えるような人物でなくてはならない?」

「そのとおりです」


 なんと、そういう特別なスキルがあったのか。ますます伝説の剣じみてきたけど……魔王がもう討たれたんじゃあな……。


「ていうか、勇者無しでどうやって魔王が討たれたのですか?」


 オルハン様の問いに、ミヤモト様は天を振り仰いでから答えてくだすった。


「勇者とその情婦に罠にかけられて殺されかかった軍人の少女が代わりに勇者に認定され、魔王を討ったよ。なお、勇者でなくなった王子と情婦は、彼女を殺そうとしたことで人々の怒りを買って捕らえられ、処刑された」


 なんてこった。歴史の裏側ってやつを見たような気分だ。しかし、俺の存在意義はどこに行っちまったんだかね。

 俺だけでなくオルハン様も黄昏れてしまった。そんな彼女を前に、ミヤモト様は頭を掻きつつのたまった。


「ならばこうしよう。魔王はいずれ新たに生まれるだろう。その時のためにこの剣はここに祭壇を作り、突き刺しておくといい。ふさわしい者が現れた時に抜けるようにな」

「なるほど! そうします!」


 え? 待って待って、つまり俺はいつになるか分からない魔王出現の時まで、ここに刺さったまんまどこにも行けないってこと?

 俺が驚き戸惑っている間に、機械の神と神になりたてのオルハン様はテキパキと祭壇を作り上げていた。さすが神様、あっという間だ。小さな鍛冶場の一角に神聖な場が現れたじゃないか。

 オルハン様は更に鞘を一つ作り上げると、


「あんたがどんな姿になったとしても、連動して姿を変えてちゃんと収まるように作った鞘よ。あんたが抜かれたら一緒に解放されるようにしておいてあげる」


 祭壇の中にしまい込み、続いて俺を持ち上げると一番上に「えいや」と突き刺した。


「じゃあね、私の名を冠する剣よ。いい主に巡り会えることを祈ってるわ」

「うむ。よき主に巡り会えるよう、俺も祈っておこう」


 そんな言葉を残して神様たちは姿を消した。


「ちょっと待って! 俺、いつまで刺さってないといけないの!? 神様、カムバ──ック!」


 俺の叫びは誰もいない鍛冶場にこだまして消えた。


「誰でもいい、誰か俺を抜いてくれ──っ!」



 あれから千五百年の時が流れた。なんで分かるかと言うと、俺の認識能力がとんでもなく高いらしく、時間そのものを何もしなくても完璧に認知できてしまうのだ。脳みそは存在せずとも俺の認識内に精巧な時計とカレンダーが内蔵されているようなものらしい。

 その間、意外なことに退屈はしなかった。俺の噂が世界に広まったらしく、鍛冶場のある辺境の山奥まで、俺を抜こうと腕自慢が何人もやって来るようになったからだ。


 もっとも、千五百年の間に俺を抜けた者は一人しかいなかったが。


 抜けなかった者たちは千差万別だ。剣の達人を自認する者、力自慢、自称勇者、我こそ世界を統べる器だとか世迷言を抜かす阿呆もいたな。

 自信満々でやって来て、顔を真っ赤にして俺を抜こうと試み、結局抜けずにスゴスゴ帰るならまだいい方で、中には逆ギレする奴もいたな。


「何で俺様を認めねえ!」


 己を世界を統べる器だなどと世迷言を口にしたやつがまさにそういう奴だった。まるで山賊みたいな風貌だった。振る舞いも山賊そのもので、俺を抜こうと並んでる連中を殴り殺し、斬り殺して俺の前に立った。が、俺を抜くことはできなかったというわけだ。


「ハッ、テメェみてえな糞野郎に俺を預けられるかよ」

「て、てめぇ! いい度胸だ!」


 マサカリみたいに巨大な斧を抜く山賊野郎。大きく振りかぶって俺へと振り下ろした。──どうなったかって? 斧の柄が真っ二つに折れて、すっ飛んだ斧の刃が奴の頭をかち割ったよ。さすがに死にはしなかったようだが、気を失った男を仲間らしき連中がえっちらおっちらと運んでいったっけ。ちなみにその夜、何者かに放火されたんだよなぁ。お陰でオルハン様との思い出深い鍛冶場は焼失してしまった。まあ、犯人と思しき連中は俺のところに行脚する連中の手ですぐに特定の上捕縛されて、即座に処されてしばらくの間祭壇近くに首を晒されていた。

 その中に山賊野郎の首は無かったが、あいつが命じたんじゃないかと疑っている。奴はさっさと山を下りたらしいがな。

 俺? 傷一つねえよ。さすがはオルハン様のスキルだと自分で感心しきりだったね。

 その後もマナーのなってない奴は絶えなかったな。俺を抜けないと分かるとカッとなってゴミを集めてきて、俺に向かってぶちまけた奴もいた。もちろんゴミは全部跳ね返って奴の方がゴミまみれになったぜ。

 更に、俺を蹴飛ばそうとした奴もいた。だが本物のバカだったなあれは。よりによって刃に向かって蹴りを出したもんだから、足首から先と永遠にお別れするという醜態をさらすことになったんだから。

 放火事件からしばらくは雨ざらしだったんだが、縁あって俺を抜いた彼女が神殿のような立派な建物を作ってくれたんだ。雨ざらしでもオルハン様に与えられたスキルのおかげで全く劣化することはなかったんだが、気が滅入るのだけはどうしようもなかったから嬉しかったねえ。

 そう、彼女。千五百年の間に俺を抜いて使えたのは一人の少女だけだった。

 今から八百年前の話だ。世界を我が手にするとほざいて侵略戦争を始めた馬鹿がいた。征服帝と名乗るその男は、征服した土地を文字通り蹂躙し、男は大半を殺して生き残りは奴隷とし、女は王族から平民まで見目麗しい者は全て自身の後宮に入れて弄んだ。

 この暴虐を諌めようとした賢者は軒並み惨殺されて無残な死体を晒された上にその一族まで皆殺しの憂き目に遭ったらしい。誰もが恐れおののき、怒り憎しむという暗黒の時代に突入したのだ。

 そんなある日、俺の前に現れたのは赤い髪をツインテールにまとめた、軽装鎧というかいわゆるビキニアーマーっぽいものだけを身に着けた、十代半ばと見える美しい少女だった。

 彼女は征服帝に国を滅ぼされた王女だった。母や姉が弄ばれるのを拒んで自害したことで逆ギレした征服帝によって、彼女を特別に無残な目に合わせようと、脱げなくなる上に他の全ての衣類や鎧を上に着ることのできなくなる呪いのかかったビキニアーマーだけを身に着けさせられ、剣闘場に放り込まれたのだという。

 そこで男たちと戦わされたのだそうだ。征服帝としては何もできずに組み敷かれた彼女が何人もの男たちに弄ばれるところを見たかったらしいが、彼女は意外と強く、男たちを逆に斬り伏せて剣闘場から脱出したのだ。


 しかし、追手の手を振り切り山中に分け入り、俺のところまで辿り着いた彼女の胸に燃えていたのは復讐の炎では無かった。征服帝を止めねば、より多くの人が不幸になる。かの暴虐を止めねばならないという使命感だった。

 故に、俺は彼女に声をかけた。


「少女よ、俺を手に取れ。きっと力になるだろう」


 喋る剣に驚いた様子の彼女だったが、ややあって


「──あなたを手に取れば、人々の涙を止められるのかしら?」


 逆に問うてきた。


「それは少女よ、お前次第だ。俺を手に取り何を為すかはお前が決めるのだ」

「ええ、分かったわ。でも残念ね。私は二刀流に特化したスキル持ちなの。もう一振りあったらよかったのに」


 その言葉通り、彼女の手には二振りの剣があった。だが、これまでの激闘を物語るように左右とも酷い有様だ。刃こぼれしまくりでもはや斬れなさそうだし、右手の一振りは途中で折れ、左手のも曲がってしまっている。


「騙されたと思って俺を手に取ってみろ。そうすれば分かる」


 俺には不思議と確信があった。果たして、半信半疑で俺を手に取ったその瞬間、彼女の左右の手には俺が一振りずつ握られていたのだった。


「これは……!」

「我こそは刀剣鍛冶の女神オルハン様が神へと至りし証明、神剣オルハン! 少女よ、俺の力、いっとき貸そう!」


 それから俺達は百万言を費やしても足らないくらいの冒険を重ねた。残念だがこれはあくまでも短編なので省くが。

 彼女──エル・グラッドは俺と同じ転生者で、しかも俺とほぼ同じ時代の日本人というか同じ町内のJKだった。なんちゅう確率かね。

 どうやら俺が死んだ数年後、丸閥重工本社前のバス停でバスを待っていた時に、突然閃光と衝撃を感じたところで意識が途切れ、気付いたら女神イルルシャンの前だったとか。何やら大爆発があって巻き込まれたということらしい。丸閥重工ねえ、黒い噂の絶えない会社だったからな、中で何かが爆発したか、テロの標的にでもなったか。巻き込まれた方にしたらいい迷惑だがな。

 俺が巻き込まれた強盗事件のその後についても聞くことができた。翌日の朝刊で報じられた程度だったらしい。なんでも内閣が総辞職したとかでものすごいニュースになっていて、俺の事件は隅っこに押しやられたんだとか。同じ町内のことだったので気にかけていた彼女だからこそ記事になっているのに気付けたらしい。

 まあ、世の中そんなもんだよな。


 数年の旅路は厳しくも楽しく、数多の出会いと別れを経て、多くの仲間とともについに征服帝の本拠へと攻め入ることができた。

 征服帝とやらを目の当たりにして、俺は思わず叫んでしまった。


「お前、俺を抜けなかったからと斧を振り回した山賊野郎じゃねえか!」


 そうなのだ。かつての山賊野郎は凶相を更に凶悪にして、血走った目で俺たちを見返してきた。


「言ったはずだ。俺は世界を統べる器だとな。それを認めなかったお前を今度こそへし折り、そこの小娘を犯し、嬲り殺してやろう。この、三千年前に世界を統べたという『力の魔王』ガルガンディーの黒い斧でな!」


 征服帝の妄言を俺は鼻で笑った。鼻、無いけどな!


「我、その魔王を斬り殺すために生まれた対魔王特攻兵装ぞ?」


 そこから先は言うまでもない結果になったね。征服帝とやらがどれだけ力があろうと問題ない。魔王の武器を振るおうが関係ない。もろともに、エルの舞い踊るかのような剣の前に文字通り細切れになって終わったのさ。

 なお、征服帝の死とともにビキニアーマーの呪いが解けて、いきなりパージされて健康的な美しい裸体を仲間たちの前で晒す羽目になり、悲鳴とともに身体を丸くして隠そうとしながら泣きそうになっていたのも今となってはいい思い出だ。


 その後、エルは征服帝を破った英雄として、世界を統べる女王になって欲しいと人々に望まれたが、それを固く辞した。


「私が征服帝と戦ったのは王になりたかったからではありません。私は剣をあるべき所に返した後、剣を守って慎ましく暮らしたいと思います」


 宣言通り、彼女は俺を祭壇に戻した。そう、征服帝はあくまでもヒトであり、魔王ではなかったからエルの所有物にはなっていなかったのだ。あくまでも力を貸しただけ。

 代わりにエルは祭壇を守る立派な建物を作ってくれた。神殿と言ってもいい物だ。更に彼女は俺を抜こうと行脚する者達のために道を整備し、寝泊まりする施設を作り、環境を整えてくれたのだ。彼女は老衰で亡くなる前日まで俺の祭壇周りを掃除し、草刈りを欠かさず、話し相手になって大切にしてくれた。今もありがたく思っている。

 お陰で祭壇や神殿の周りは俺を抜こうとする巡礼者であふれかえるようになり、彼ら目当ての土産物屋や料理店なども軒を連ねるようになった。自然、エルから祭壇周りの世話を受け継いだ彼女の息子や孫たちが門前町のようになった地域の世話役も担うようになり、やがて山奥ながら国のようになったことで国王に推戴された。

 彼女の名前をとってエルグラッドと号する国がこうして誕生し、今に至るまで存続しているというわけだ。だが、その後結局俺を抜ける人物には出会えていない。



 何やら、騒がしくなってきた。

 神殿で働く者達に聞いてみたが、どうやらこれまで友好的だったパハラロアなる国が、平原の国の戦乱の熱に浮かされたのか、軍備を増強したり、王家に転生者が生まれる儀式を執り行ったりと怪しい動きを見せているらしい。

 そのため、彼の国を制するために婚姻を結ぶことになったようだな。この国の王太子とパハラロアの第一王女とだそうだから、一応対等な結婚ということになるらしい。まあ、ある意味人質だな。

 これで落ち着いてくれればいいが。


 そんなこんなで王女が輿入れしてくる当日を迎えた。

 朝から慌ただしいなと思っていたが、昼頃には何やら雲行きが怪しくなってきた。遠くに聞こえる声に耳をすましてみると──耳、無いけどな!──パハラロアが攻めてきたらしい。

 なんだそりゃ。王女は捨て駒か。結婚で油断させといて国を攻めようなんて腐りきってるなパハラロア。


 などと動けないなりに憤っていたら。


「神剣オルハン様。先祖に助力してくださったと聞いております。どうか力を貸してください!」


 あの、エル・グラッドに生き写しだった。髪と目の色は漆黒でまるで違うんだが、顔の造形はそっくりだ。間違いなく彼女の血が流れている。何より彼女の黄金の血を受け継いでいると思えた。

 しかし同時に、エルに対しては感じなかった強い結びつきをも感じた。これは間違いなく魂の奥底で、彼女が主なのだと本能的に認めたということだ。


「いいだろう。俺を手に取れ!」

「はい!」


 少女のものにしては少し大きいかなと思える手のひらの感触に一瞬違和感を覚えたものの、俺は彼女にふさわしい姿へと形を変えた。

 これは、日本刀か。なるほど、エル同様彼女も日本からの転生者なのだろう。エルと異なり日本刀に慣れ親しんでいた人物のようだ。

 彼女と触れ合った事でより深いところまで魂が繋がったことでより、彼女のことを理解できる──って、


「おま、男かよ!」


 道理で女の子にしては手が大きいわけだよ! エルそっくりなんですっかり騙された! いや、騙そうと思って来たわけではないんだろうから詐欺でもなんでもないんだが!


「いや、俺、自分が女だとか言ってないですが」


 しかも一人称『俺』か! いや、ワンチャン俺っ娘という可能性は──無いな、うん。魂的にも肉体的にも紛れもなく男だ。


「まあ、それはいい。あと、敬称はいらねーよ。あんたは俺の主だ。間違いなくな。エルとは違う。力を貸すんじゃない。あんたと俺は一心同体だ」


 そう、そこが問題なんだ。彼はあくまでも国の危機に俺という力を求めたんだろう。正確には、パハラロアに攻められて危難にある人を救いたくて、かな。

 だが、俺は間違いなくこの少年と魂で繋がった。この少年こそが魔王殺しの剣である俺のご主人サマだ。ということは、逆説的にはこの世界の何処かに──魔王が現れるということでもある。


 まあ、今はいい。まだ魔王出現の兆候すら無いみたいだからな。俺こそが兆候だろうというツッコミは無しで願うぜ。まずは目の前の危機から解決するとしようか!



 色々と規格外だったご主人サマ──アル・ダテル殿下も大概だったが、そのご主人サマが嫁を迎えると宣言することになるお姫様もどっこいどっこいの規格外品で、ツッコミが追いつかなくなるほどだと知ることになるのはもう少し後のことだった。




────────────────


 カクヨムコンに長編SFで応募しようかと考えています。少し前から温めているネタで、現在設定などを細かく詰めているところです。

 何年か前に友人から「何でガ◯ダムは人型ロボットなんだ?」と問われ、制作時のメタな話をしようとしたら「いや、作中の世界で人型をしている必然性があるのかと聞きたいんだ」と返され、はて、そういえばと考え込んでしまったのが元になっています。

 場合によってはこちらを停止して長編SFの方に注力するかもしれません。その時はぜひともご一読くださいませ。


 一応こちらの次回予告も打っておきますね。


次回は「TS転生したら処刑目前って冗談じゃねえ!(クソゲーのオープニングでいわれなく惨殺されてしまう悪役令嬢にTS転生してしまった)」です。

お楽しみに。

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