女子高生に高校野球をやらせてみたら色彩豊かな青春になった件~白球を染めるブルーブラウン~

@gengorousan

第1話 目覚め

ぼんやりとした意識の中、彼は夢の中にいるということを自覚できていた。

覚醒するにはまだ辛くて、しかし心地良いとは言えない薄暗い深層意識の中、彼がよく知る少女は優しく話かけてくる。


『私、高校に入ったら今までみたいに男子と混じってスポーツをやるのやめて、マネージャーに専念するわ』


彼女のいきなりの宣言に彼は何言いだしてんだ? と思っていた。


『実は最近、体力や筋力的に限界感じてるんだよね』


そんなことは無いと思うけどなぁー、というのが彼の感想だったが彼女の意思はすでに決まっているようだ。


『だから、私を___へ連れていってよ♪』


彼女のそんなお願いに彼が思ったことは……。


「今時、そんなもん流行らないだろ」


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「ちょっと、今日は朝一から試合だって言ってたじゃん!」


未だに朝寒さが残るこの時期、むにゃむにゃとしている桜井 文珠はそんな幼馴染の一声で起こされた。


同じ高校に進学したとはいえ、真田 らぶりは女だ。


しかも陰気な雰囲気のある文珠とは違って、見た目はファッション雑誌かバズりまくった動画にでも出てきそうなピカピカした見た目や言動をしている。


対して、寝ぼけ眼な文珠は陰気で地味な感じが漂う少年だ。らぶりとは対極に居そうな人物に見える。


こんな空気の違うらぶりとは、高校へ進学したら疎遠になるかもなんて文珠は少し懸念していたが、そんなことにはならなかったようだ。



「はぁ…、もう高校生なんだから気軽に男の部屋へ入るなって言っただろ…。母ちゃんもなんで通してんだよ…」


ふわぁ……とのん気にアクビをする文珠に、らぶりはぶちぶちと自身の血管が浮き上がってくるのを自覚できた


「うっさい。私だって緊急事態じゃなきゃ男の部屋なんか入らないわよ」


らぶりがそう言って見た先には、アニメグッズやゲームや漫画が散乱した部屋だった。


この部屋をよく見回せば、壁にはアニメのポスターが貼られ床にはゲーム機が散乱し棚にはプラモやフィギュアが並べられ、書棚には漫画本が収納され教科書は隅に追いやられている。


おおよそ、らぶりのような少女が見れば少し…もしかしたら大いに引くかもしれない部屋だ。


「こんな部屋とは失礼な。だいたい、お前そんなこと言ってここへ入り浸りすぎだろ。僕はらぶりの部屋に入れてもらえなくなったのに…」


「ああ、もう。うるさいわよ、うるさい。それより、ちゃっちゃと着替えなさい。すぐ試合へ向かわないと遅刻よ。まったく、マネージャーになって初試合の仕事があんたを起こしに来ることとは思ってなかったわ」


らぶりは、そんな身勝手なことを言って部屋から退出していった。


「はあ、眠い…」


文珠がそんな愚痴をこぼして窓から外を見れば、桜が見事に咲き誇り、朝一番の肌寒さが和らぐような気にさせてくれた。爽やかな空気が、どんよりとしたものを洗い流してくれそうだ、と。


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自転車で駆け抜けていく早朝の街中は桜が奇麗で肌寒いのすら忘れるような……と言って気ならなくなるものでは無い。

やはり、朝は寒いものは寒いし眠い、眠いのだ。


「ふわぁ、今日はゲームを一日中やるつもりだったんだけどなあ…」


だから、文珠もついついこういう愚痴も出てしまう。


「あらー、なら予定通りでしょ。ゲーム(試合)なら今からできるし」


そんな、文珠の愚痴にらぶりは全く悪びれたところはなかった。まあ、文珠とらぶりは10年来の付き合い。愚痴なんてどれほど聞いたかわからないと言ったところだ。彼女なら歯牙にもかけないことだった。


「だいたいなんで僕が試合によばれるんだ? 入部届なんて出してないぞ?」


文珠のこの証言を信じるなら、確かに今日の試合に出ることなどなかったはず。

誰かが偽って入部届を出そうと思っても、生徒の文字を把握している教師相手では

クレジットカードを偽造するよりもある意味厳しいセキュリティであり、破るのは至難の業だ


が、それを聞いたらぶりは本当に面白いと悪いスマイルを作って、こう言い放った。


「何言ってるの? 渡した紙に文珠が確かに自分で名前を書いてたわよ。……内容も読まずに」


そして、それを受け取って提出したのがらぶりだということだ。聞いた文珠は、本当に呆れたといった顔で彼女を見つめる。


「はは…。まるで3流詐欺師みたいな手口だな。普通、そんなものに引っかかるか? いくららぶりが渡してきたからって入部届だと確認も取らずに名前くかね? この僕が?」


「そうよ。詐欺には気をつけなさいよね?」


詐欺まがいのことを働いた本人であるのに悪びれるどころか本気で心配していってるようならぶりには、さすがに長い付き合いの文珠も信じられない者を見たような目をするのも仕方ない。


「おいおい、詐欺師がどの口が言ってるんだよ…。だいたい、なんで僕なんかをわざわざ引っ張りだすかねえ…。身長だって現在160cmちょい、親を見ても将来170㎝行けばいいほう。高校レベルで大活躍なんて無理めだと思うけどな」


確かに、今から行われるスポーツの活躍選手を見れば、身長が高いほうが活躍する確率が高いのは確かだった。


プロともなれば平均身長は180cmを超えてくる。チーム競技といえど個人技の比重が大きく、身体能力も求められるスポーツだ。

パッと見、平凡にしか見えない文珠では、高校の部活動でわざわざ引っ張られるような人物には見えないことだろう。


そんな常識的なことを言ったつもりだった文珠に、らぶりが返した言葉は


「なーに言ってるの? あんたがそんなこと言っても嫌味にしか聞こえないわよ」


なんて、さっきまで柔らかい表情で話していたらぶりが

予想外に冷めた顔をして凍るような声色でいうモノだから

文珠は面食らって言葉に詰まってしまった。


「だいたいねぇ、身長なんて些細なこと…とまでは言えないけどそれが全てじゃない。そんなことで可能性をつぶすなんてバカじゃん」


「……へえ、だよな。さすが、らぶりだ。いいことを言う。肉体の些細な違いなんて大したことじゃないよな」


「え、ええ…そうでしょ? ……何、突然? そんなべた褒めするようなこと言ってないわよ?」


突然黙って気分を悪くしたかと思い多少気を使ったことを言っただけのつもりだったのに、今度は急に明るく称賛しだす情緒不安定さに、文珠のことが心配になるらぶりへこう返すのだった。


「なーに、その疑問の答えはすぐにわかるから。楽しみにしてなよ」


そんなことを言い合っていたら、いつの間にか目的地についたようだ。


そこは、広いグランドで四方にはネットが貼られ、土のグランドには白く四角いものが4つ置かれており、その真ん中は盛り上がっていて太く長い白い線のようなものがある。


そう、そこは知っているものが見ればわかる通りの野球場であり、今からやるスポーツは当然ながら野球であった。

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