第8話 三度目の正直(勝負)
2回戦の攻防を終えてからはの試合展開はこう着したものとなっていた。
文珠が下に上に下に上にと幻惑的な投球を披露すれば、冴木も剛速球と多彩な変化球をもって力づくで抑え込むのだ。
こうなれば塁に誰も進むことが出来ない絶対的な投手戦であり、この事態を予想できたものは居なかったことだろう。
ただ一人、光徳明倫高校の監督を除いてだが。
そんなギチギチの試合も、らぶりが打席に立つと内野守備も外野守備も前進するという屈辱的な対応(打ってもボールが飛ばないと判断された)に少し憤慨するということ以外は、代り映えのしない展開だった。
それが8回裏の今、文珠の打席まで続いた。
そして、三度相対することになった(6回裏の文珠の打席はアウトだった。)文珠と冴木は、双方似たようなことを思っていた。
文珠は「野球は3打席に一回打てば打者の勝ちと言われている。ここは絶対に打つ」と。
冴木も「野球は3打席抑えれば投手の勝ちだ。ここは絶対に抑える」と。
野球とはチーム戦だがこのように試合とは別の個人対決、一騎打ちのような様相を見せるところが面白いところかもしれない。
そんなジリジリとした雰囲気のなか、冴木の振りかぶった右腕から球が放たれた。
腕が頭の上を通過して勢いよく投げられた球は、真っすぐに蔵元のミットへ収まった。
「ボール!」
文珠が全く反応しなかったその球は、文珠の肩あたりでストライクゾーンはからは外れていた。
結果からすればわかりやすいボールを選んだだけだが、この文珠の打席に蔵元は疑問をもった。
(無反応だと? なぜだ? 初球は見るつもりでいたのか? 3度目の対戦なのに? 俺の配球が読まれてたのか? いや、今の球はストライクゾーンに投げさるつもりだったからそれはない)
特に気に留める必要もなさそうな文珠の動作であったが、蔵元にはなぜかそれが不気味に見えた。
(…………とりあえず、様子見としてボールになるカーブを投げさせてみるか。あからさまなボール球じゃなくて、ストライクからボールゾーンへ奇麗に落ちてくれると嬉しいんだが)
蔵元そのように考え送ったサインに、冴木がうなずきわずかにたわんだ右腕から投げられたカーブは、その意図通りの打ちごろのストライクゾーン真ん中からボールゾーンへ曲がる見事な球であった。
普通の打者なら空振りするか、無理やりあててファールか打ち取られる会心の投球だ。
が、文珠はまたもやその球に反応せず見送り、二つ目のボールを奪い取っていた。
(……なんで今のを見送れるんだ? なぜ全く反応しない? 四球狙いの打席なのか?)
蔵元は文珠のその不気味なバッティングに考えを乱されていた。それに、ノーストライク・ツーボールという守備側に不利なカウントが不味いという焦りもある。
(カウント的には、四球狙いでも真ん中に入れれば次の球は振ってくるだろう。本来なら安易にストライクを取りたくないところだが、3つ目のボールにしたくはない……)
そして、蔵元が出したサインは外角のストレート。これまでの打席を見て文珠が振ってきても球威に押されてヒットになりにくいだろうと考えた球であった。
冴木はそれにうなずき、振りかぶった右腕は頭に少し近いラインを通り、見事に外角ストライクゾーンへ渾身のストレートが放たれた。
(よし! これなら見送ればストライク。振ってきてもヒットにはならない――――)
そう、蔵元が思った瞬間だった。
外へ踏み込んだ文珠からなされたスイングはその球を的確に捉え、鋭い打球と共に冴木の頭上を超えてセンターの前に落ちていた。
つまりはヒットであり、それは8回裏にしてようやくでた両チーム合わせての初ヒットでもあり、文珠が勝負に勝ったということでもあった。
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