第7話 光徳明倫高校のエースVS月宮高校の最強打者?

2回裏に登板した冴木だったが、頭の中は今からの投球より先ほどの打席のことで一杯だった。


(やべーな、あの桜井って一年坊主。あんな投手が中学に居たのかよ……)


バシン、バシン、バシン、カツン、アウト。


(球も1年坊主にしては速いし(俺の一年の時より速いとかは余計だが)、ストライク取れるコントロールがヤバイ)


バシン、バシン、バシン、バシン、バシン、アウト。


(なにより、あの投球術が一番ヤバイ。よく制球つくなあんなことやっといて……。まあ、次の打席が楽しみか。打席数が増えれば慣れて打てるかもしれないしな)


などと、冴木があれこれと余計なことを考えている合間に、月宮高校のクリーンナップの攻撃が終わってしまった。


このままでは冴木が上の空のまま攻撃は終わるという、屈辱的な結果になってしまうところなのだが…。 

そんな心配をしてしまいそうなところで、光徳明倫高校の6番バッターとして打席に立つ人物に、彼は反応した。


「あっ」


「ん?」


その6番バッターは、月宮高校のエースこと文珠だ。

あれこれと考えて居た人物が打席に立つのだから、意識もそちらへ向くというものである。


(しゃーーー、今度こそわかせてやるぞ。一年坊主!)


そんな風に、変なやる気を出す冴木であった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(……なんか、あの投手こっち睨んでないか? なんで?)


冴木の心情なんてわからない文珠からすれば、疑問しか浮かばないだろう因縁だ。戸惑うのも仕方ない。

だが、ちょっと対抗心の強い変り者ぽい冴木の投球は本物だ。


振りかぶって投げられた球は、高い軌道からまっすぐに蔵元のミットへ突きささった。


「ストライク!」


おおよそ140㎞を余裕で超えている冴木のストレートに、文珠は反応することが出来なかった。


(速い! 今日1番速いんじゃないかこれ? けど、そんな力入れる場面かなぁ? 月宮高校の1年6番バッターだぞ僕)


返す返すも言うことでもないのだが、文珠は冴木の思考なんてわからないので、この疑問が解決することは未来永劫ないことだろう。


(まあ、それは置いといてもとりあえずバット振らないとな)


そう文珠が行動を決定しバットを構えると、冴木が投球を始めた。

少し緩んだように右腕から投げられた球は先ほどよりは遅いスピードで弧を描き、投手の利き腕とは反対側に落ちるように斜めに曲がってきた。


それにバットを合わせるように振った文珠であったが、タイミングが合わずコースも低すぎたため当たることなく空振ってしまった。


「ストライク ツー!」


投げられたボールにスイングして空振ってしまえば、ストライクゾーンに来なくてもストライクを取られるのが野球というスポーツのルールだ。


(しまったなあーー、振らなきゃボールじゃん。打ち気すぎた)


そして、ボールになる球を投げて空振りをとるのも投球戦術の一つである。


(うーん、球も速くて威力もあるし、コントロールもよくて変化球も良いときたか。これ、初見じゃ打てないな。……さて、どうするか?)


答えの見つからないまま、文珠がバットを構える。

そして、振りかぶった腕から投げられたストレートは、低め真ん中のストライクの球だった。


それに対して、彼は右手を軽く握りバットを振りぬいた。


タイミングは合わず、球威に押されて球は『カン』という軽い音を残して、ほとんどスピードを落とさず後ろへそのまま飛んでいく。


これはファールと呼ばれるヒットゾーン以外に球が落ちた場合になされる処理で、2ストライクまではストライク判定をもらい、それ以降は打ち直しとなる。

そして、今回はすでに2ストライクなので、打ち直しとなる。


(まあ、とりあえず沢山投球をみて球に慣れるのが一番かな)


なんて思ってからは右手を軽く持ち、わざと球威に負けるようにスイングをしだした。

するとボール、ファール、ボール、ファール、ファール、ファール、ボールと計10球も粘れてしまった。


そう、粘ってしまったものだから余計に冴木の眼光が鋭くなってしまう。


目に見えて力む冴木が放った球は、力んだ分ストライクゾーンから大きく上に外れ、4つめのボールとなってしまった。

4つ目のボールを与えると打者は一塁への進塁が認められ、これを四球(フォアボール)という。

それはつまり文珠の進塁を意味し、同時に両チーム合わせて初進塁者(初ランナー)であるということも意味していた。


「うおーーー、やるな桜井!」「ナイセン(ナイス選球眼の略)」「よしよし!」


盛り上がる月宮高校のベンチに対して、イライラしだすのは光徳明倫高校側だ。


名門高校が弱小高校へ先に進塁を許したというプライドに傷を入れられたことと、その高校相手に6者連続3球三振を許してしまっているという自信の喪失。


そんな彼らの中でも、もっとも苛立っているのは四球を出した冴木だろう。


名門光徳明倫高校のエースという自信があったのに、1年坊主に根負けしたと言うことが自分を許せないないのだ(あと、わからせてやると思っていたのに、逆にまたわからされた屈辱もある)。


そして、その力みは明らかに投球へ差し支えるものであった。


これは、月宮高校にとっては大チャンスである。


普通ならここから、相手の隙をついてヒットを重ねて得点を狙えると思うところだ。


が―――。


バシン、バシン、バシン!


「ストライク スリー!」


名門光徳明倫高校のエースは伊達では無かった。その程度の揺らぎで月宮高校の野球部員に打つ崩すことが出来る相手ではなかったのだ。


(つえー。これが甲子園出場投手か……)


文珠はその凄さを、一塁上から眺めて終わったのだった。

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