第11話 1年が足りない!

なし崩し的にらぶりを野球のプレイヤーとすることに成功した練習試合から明けた月曜日、いつものように学校生活を送っていた文珠であったが、昼休みにらぶりから呼び出しを受けた。


「緊急事態発生よ」


いきなりこれである。

唐突すぎて、付き合いの長い文珠でも何がおこったのか全く読めなかった。

そもそも何か問題が起こったなんて予兆もなく、まさに青天の霹靂だ。……とは、文珠は微塵も思っていなかった。


「またまた、大袈裟に言っちゃって。実はたいした問題なんか発生してないんだろ?」


「ちっがうわよ。ちゃんと問題発生してんだからね。しかも、あんたのせいで」


「ええ…………? なんも覚えがないぞ?」


文珠からすれば寝耳に水な話だった。

彼にとっての高校生活は、品行方正とまでは言えなくても問題を起こすようなこともなく、真面目な方だと自認していたからだ。

なので、こう言われても未だにらぶりが大したこと無い問題を大げさに言っているようにしか思えてなかった。


「そもそも、なんだよその問題って?」


「野球部に1年生が全然入って来てないのよ」


そのことには文珠も気が付いていたが、言われてみば気になってきた。1年の野球部員は文珠とらぶりだけで、もうすぐ5月になろうとしている。

生徒数がそこそこいる月宮高校でそれは確かに少ない印象だ。


「まあ、なんでだろな? だいたいこういうのって2,3年の先輩が中学の後輩引っ張って来て、そこそこ人数確保できるもんだよな。先輩方は総勢15人だから、もっと入って来てもよさそうだけど……」


「そこがアンタのせいって話。入学当初に、ヤバイ先輩に絡まれて昏倒させた騒ぎがあったでしょ。それで文珠もヤバイ認定されて、他の1年生が怖がって野球部は嫌厭されてるの。そんな状況だから、私が選手として野球部にいるのを渋々納得したところがあるんだからね」


「そんな理由で? 確かにヤバイ先輩に絡まれかけたけど、あれ僕が何かする前に勝手に倒れただけなんだけどな……」


この事件のことの顛末はこうだ。

入学当初から可愛いと評判だったらぶり、その彼女とイチャイチャと明らかに仲が良い文珠がそのヤバイ先輩に目をつけられたのがことの始まりだ。

それが気に入らないヤバイ先輩は当然、文珠が気に入らない。そして、その先輩がどうにかしてやろうと因縁を吹っ掛けに行った当日、素行不良生らしく徹夜で遊んでいたこともあって文珠を見て頭に血が上った瞬間、意識喪失で倒れてしまったということである。

文珠は訳も分からず問題を回避できたのだが、そのせいで変な噂も流れていた。曰く、機嫌が悪いと気迫だけで人をぶっ倒すヤバイやつだという噂だ。


「『何かする前に』って何やらかすつもりだったのか気になるところだけど……。まあそれは置いといて、事実として1年生が入ってこないから、その原因のアンタが何とかしなさいよ。私も協力するから」


「おいおい、身に覚えのない理不尽過ぎる理由で納得行かないんだが……。まあいいや、1年の野球部員探せばいいんだよな? なら、あてはある」


面倒くさがりな彼にして珍しく、頼りになりそうなことをきっぱりと言うのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――


二人はあれから、文珠のクラスである1年1組の教室へ来ていた。

そして、そこには椅子に座り机で頬杖をつきながら、二人をニヤニヤとした笑顔で出迎える少年がいる。


「で、二人そろって俺のところに来たってわけか」


そう文珠達に応えたのは、長身のイケメンだった。少し癖毛気味のショートヘアーで、垂れ目気味の少年は高校でモテていることがパッと見でも想像に難しくない容姿だ。

実はこの1年生、文珠達の幼なじみで中学から野球をともにやっていた仲間でもある。

名前を――――。


「そうそう。文珠が妙に自信ありげだったから予想はしてたけど、やっぱり最初は宗次郎のところに来たわね」


らぶりの発言からも分かるように、名を高樹 宗次郎という。


「当たり前だろ、他に誰を誘うっていうだ。幼なじみ、野球仲間、僕と同じクラス。こんなにゲットしやすいヤツは居ないね、釣り竿垂らしたら即だよ」


「人をコイ〇ングみたいに言うんじゃねえよ、笑うわ。……まあ誘われるのはやぶさかじゃないしな。いいぜ、野球部に入るわ。てか、誘いに来るのが遅いんだよ」


宗次郎が握り拳を作った手を文珠に向けると、文珠もそれに合わせ同じように拳を合わせグータッチをした。

これで野球部入部成立だ。

文珠の予定通りいとも簡単に入部したのだが、こうなるとらぶりには疑問が湧くのだった。


「……まあ入ってくれてよかったけど、そんな簡単に入るなら最初っから入部してなさいよ。なんで入学当初に私が誘ったとき入部しなかったの?」


そのらぶりの疑問に宗次郎はチラッと文珠の顔をみて、ばつが悪そうな顔を作った。


「いやだって、文珠がお前をマネージャーからプレイヤーにするための策略があるから、野球部に入るのは待ってくれてさ……」


「な、なんだとうーーーーーー!」


宗次郎からもたらされた衝撃の事実に、らぶりは信じられない存在を見るかのように文珠を睨みつけた。


「あ、あんた。どういうことよ? いつから、そんなアホなこと企んでいたのよ」


「そりゃもう話から分かる通り、最初から。野球部に一年生が少なかったから、宗次郎達には野球部へ入るのは待ってもらってた。そのほうが、らぶりも選手としてやらざるを得ない状況になるかなってのも計画のウチだ」


この話にらぶりは膝から崩れ落ちる思いだった。そこまでやるのか? と。

そんな思いからすぐに立ち直ったらぶりは、呆れたような不思議そうな表情で文珠へ問いかけるのだった。


「文珠もなんで、そんなに私を選手にしたいわけ?」


その問いに、文珠はいつもの無表情な顔でいつもの調子で答えるのだ。


「まあ、色々と理由はあるけど…らぶりとはグランドで一緒にプレーしたほうが楽しそうだからってのが一番かな」


一緒に野球楽しもうぜという、高校生になってまで子供が遊びに誘うようなことを言う文珠に、らぶりは少しだけ虚をつかれたのだが、少しして笑い出した。


「フフッ、あんた高校生になっても子供みたいなこと言うのね。文珠らしいわ」


彼女は文珠らしいと言ったが、ここで思い出したのは文珠を野球へ初めて誘った自分との記憶だった。

暇そうに佇ずんでいた幼い彼のあの日とは立場が逆になったことに、自然と微笑みが浮かんだ。


「まあ、文珠だけじゃなく俺も協力するからよ。きっと楽しい部活動になるぜ」


宗次郎も一緒に野球やろうぜと、盛り上げるようなこと言ってくる。こうなっては、らぶりも観念するしかない。


「しゃーないわね。そこまで言うなら、選手としてやってやろうじゃないの」


これを聞いた文珠も宗次郎も互いに笑顔を作って、またグータッチをするのだった。


「よーし、らぶりが決心ついたところで、次行くか」


そう、3年間をともに歩む仲間は、楽しむには足りてない。

まだ、たったの3人しかいないのだから。

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