第12話 全員集合!
1年生の野球部員を勧誘しようと文珠達が次に来たのは、おおよそ体育会系とは縁の無さそうな化学室であった。
「あら、次はこっちなの? あっちのほうを先に誘わないと少し拗ねるんじゃない?」
らぶりは文珠が誰を誘うのか聞いてはいなかったが、それでも勧誘する予定の1年生の目星がついているようだ。
口ぶりからすると、どうやら両者ともに知り合いのようでそうなると……。
「いや、あいつはそもそも『もう、野球やんねー。俺は高校入ったら彼女作りに頑張るわ!』とか言ってたぜ」
当然、宗次郎も知り合いであった。
「だから、そっちは後回しなんだよ。まあ、僕に任せろって。予想通りなら簡単に入部するから」
自信満々に言う文珠に対して、本当かなあ? と、思うらぶりであったが、まんまとマネージャーから選手として変更させられてしまった身としては、声に出してそれを言うのは憚られた。
「まあいいわ、さっさと入りましょ。こんなところで立ち止まっても邪魔でしょうし」
そして、彼女らが扉をガラっと開けた。
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扉を開けた先の部屋は、ツンとした薬品の香りが仄かに匂う典型的な化学室と言ったところだった。
化学の授業が苦手ならぶりや宗次郎は、この臭いを嗅ぐだけで気分が盛り下がってくる文系属性の体育会系だ。
そんなやつらを置いて、理系に強くPC技術なんかも持ってたりする文珠は、いつ来ても面白いところだと思いながら先へと進む。
そして、文珠の目の前には白衣を着た優しそうな顔をした少年がいた。
「やあ、文珠。こんなところへどうしたんだい? それに、らぶりや宗次郎までここへ訪れることがあるとは思ってなかったよ」
彼らのことをよく知っている少年は、ここが苦手ならぶりや宗次郎まで来ているのに驚いているようだ。
「昴、すでに化学工学部なとこ悪いんだけどさ、昔のメンツ集めて野球やろうってなってるんだ。どう? 一緒にやるだろ?」
すでに化学部員である幼なじみの「赤羽 昴」に対して、どのような交渉を持ち出すのかと思いきや、あまりにも自分本位なことを言い渡す文珠に回りの一同は少し唖然とする。
それは昴も同じであったが、やがて笑い出して返事を返すのだった。
「あはは、相変わらず文珠は野球バカだなぁ。……まあいいや。野球部には入るよ」
これまた、宗次郎に続いて簡単に入部を承諾したものだから、文珠の後ろに居た二人はちょっと驚いて確認をとりだす。
「おいおい、そんな簡単でいいのかよ? 一応今は化学部? なんだろ?」
「そうそう、なんか研究したいんじゃないの?」
二人の言うことはもっともで、昴へ大丈夫? と心配するのは友達なら普通のことかもしれない。
それに対して、彼は柔らかい笑顔で返す。
「まあ、大丈夫だよ。元々、化学工学部へ幽霊部員でも良いからって約束で誘われてるからね。うちの学校は運動部と文化部の掛け持ちは問題無いし、野球部へは入ろうかなと思ってたんだよ。文珠にはそのうち誘うからって入学前には言われてたしね」
この話を聞いて、らぶりと宗次郎はブン! と文珠のほうを見た。
宗次郎の件に続き、またもや「文珠にはそのうち誘うからって」となどという計略を張り巡らしていたことに彼女らは呆れていいのやら、驚いていいのやらわからない。
「お前、昴にも俺と同じようなこと言ってたのかよ⁉ どんだけ用意周到なんだよ怖いわ」
「あ、あんたアホなの? どんだけ余計なことしてんの? もう怖いわよ」
突然喚きだす二人に、昴は置いてきぼりで目を白黒させているが誰も説明する気など無いのは少し可哀想かもしれない。
「いやー、みんなで楽しく野球やるにはどうすればいいのか考えて一声、二声かけただけなんだけどね……。そこまで言われるのは心外だなー」
白々しくもこんなこと言う文珠に、二人は「うーん、やっぱりこいつはヤバイとこあるやつ」だと、認識を強くするのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
赤羽 昴を野球部に入れた後、四人が楽しくお話しながら向かったところは『1年3組』で、「もう、野球やんねー」と言い放った残り一人の幼なじみ、『鈴木 次郎』が居るクラスだった。
そして、仲間がそろってそのクラスにつくなり次郎が言ってきたセリフに――――
「俺だけのけ者かよずりー、俺も仲間に入れろよ」
――――文珠以外の一同は、開いた口が塞がらないのだった。
「な、僕の言った通りだったろ? 次郎を後回しにすれば話が早いって」
確かに、文珠の言う通りすんなり野球部への入部がきまったのだが、納得いかないのがその他一同だった。
「いやいや、次郎。お前が『もう、野球やんねー』て言ったんだろ? ズルいってなんだよズルって」
宗次郎の言うことはもっともで、自分の言ったことを簡単に撤回する次郎の行動には幼なじみとしてもよくわからないところであった。
「いや、だって俺以外がみんな集まって楽しくしてんだぜ? 寂しいじゃん。俺もいれてくれよー」
一人仲間外れみたいになるのは寂しい。この発想には同感を抱く一同であったけれども、まだ納得いかないのは真面目な昴だ。
「……確かに気持ちはわからなくもないけど、彼女作りはいいのかい?」
「いやーそれがなんか上手くいかなくてよー。そこでよくよく考えたんだけどさ、野球でカッコイイとこ見せれたら、モテそうじゃね? 宗次郎とかモテモテだしよー」
「宗次郎はイケメンだからであって、野球やってるかは……まあ、いいか」
昴はもう呆れてものが言えないのか、それとも余計なことを言わなければ上手くことが運びそうなので口をつぐんだのかわからないが、それ以上言葉を続けることはやめた。
「よし、てことで月宮高校に進学した草薙中学野球部員はこれで勢揃いだな。数々の大会を総なめにした黄金世代の再結成だ! これで甲子園出場間違いなし!」
「まあ文珠の言う黄金世代の主力連中は、名門高校へ取られちゃってるんだけどね」
思い通りことが進んだ文珠が、意気揚々と景気の良いこというのだったが、そこへ現実的なことを言って冷水を浴びせるのはらぶりだ。
キャッチャーらしく、冷静なことを言うのがこのメンバーの彼女の役割である。
「いいんだよらぶり、俺らが居てお前が居ればそれが黄金世代なんだよ。最高の手札がそろったと思うぜ。なあ、皆もそう思うだろ? 俺らばいれば、輝かしい高校3年間が過ごせると思わないか?」
文珠のこのセリフに、らぶりを除く各々が「任せろよ!」と笑顔を作って応えるのだった。
そんな、皆の笑顔をみてしまっては、らぶりもこう言うしかない。
「はあ、仕方ないわね。なら、目指すしかないか。無謀にも甲子園を」
仕方ないと彼女は言うが、その顔は誰もが見惚れてしまうような笑顔だった。
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