第3話 練習試合開始(前)!
グランドへ出て歩くたびに、ガチャガチャとプロテクターが歩くたびに音を立てる。
久しぶりに聞くこの音、もう聞くこともないだろうと思っていたらぶりにとっては、すでに懐かしささえあった。
「また、こんな重いモノつけるとは思ってなかったわよ」
なんて文句を文珠へ一応言ってみる彼女だったけれども、輝かしい中学時代を思い出して、内心としてはこの姿(キャッチャー)に誇らしいと思っているところがあるのだった。
それは、顔に現れているのが目の前の相手はわかるのか、ニヤニヤとイラつく顔を作っている。
「まあいいじゃん。相変わらず似合ってるぞその格好」
「マ、マスクしたら顔隠れるのに似合ってるとか言われても微妙なんだけど」
「……さよか」
文珠からしたら誉め言葉のつもりだったが、らぶりは気に入らないようだ。これには彼も、さっきの表情はなんだったんだ? みたいな間抜けな表情になる。
「おいおい、話には聞いちゃいたが本当に高校野球で女の子が捕手やんのかよ。こりゃ、たまげるぜ」
唐突に現れ、文珠の不用意な発言が作った微妙な空気をそんなセリフで強制的に終わらせたのは、光徳明倫高校のユニフォームを着た……オッサンだ。
気の強そうな眼光の鋭いおっさんで、明らかに普通ではない人物だ。こんな人が野球ユニフォームなんてコスプレをしていたら、完全に不審者間違いなしだろう。
「おい、オッサン。なんでこっちいるんだよ?」
「え? 誰? どなたですか?」
呆れた顔の文珠に、「誰? このオッサン?」なんて少しビビッているらぶり。その対照的な反応がツボに入ったのか、オッサンは豪快に笑い出した。
「がっはっは、いーじゃねえか別にここに来てもよ。お前の無茶ぶりを聞いてやったんだから多めにみろ。あと、公の場で相手チームの監督をオッサン呼びするもんじゃねえぜ」
「え、え―――! 光徳明倫高校の監督さんですか?」
「オッサ……監督さんこそ、相手チームの学生に使う言葉使いじゃないと思うぜ」
オッサンこと光徳明倫高校の監督の発言に、らぶりが派手に驚いた。
何に驚いたかと言えば、不審者にしか見えないオッサンが光徳明倫高校の監督であったことではない。
この地域最強であり今年の選抜と言われる野球の全国大会でも予選を突破し、甲子園(全国大会)に出場した光徳明倫高校の監督へ、文珠が横柄な態度をとっていたことに驚いたのだ。
こいつ、正気か? と。
「ちょ、ちょっとあんた、何失礼な態度とってんの? 光徳明倫高校の監督さんよこの人」
「知ってるって。らぶりは知らないだろうけど、中学時代から光徳明倫高校の野球部へ勧誘しに来てたんだぜ、このおっさ…吉城監督。もう1年以上の知り合いだよ」
「ええ?」
私、初耳なんですけど!
「そんでもって、何を思ったのか高校まで乗り込んで来てさ『練習試合やろうぜ』だ。何考えてんだこのオッサ…監督てなったけど、僕の茶番に付き合ってくれるってんで今日の今ってわけ」
「んん……?」
ここで、らぶりは疑問が浮かぶ。1年前からの付き合いがあってかなり前から試合決まってそう? と。
その疑問については少し考えて、彼女は嫌な予測がたった。
「もしかして、今日の試合(遅刻)てかなり前から決まってたの? それっていつ決まったの?」
「ああ、そのこと? らぶりがボクの入部届け出す前から誘われてて、出した後とんとん拍子で」
「ええ――――――――! あんた、私が入部届手渡してたの気が付いてたの?」
「はは、当たり前だろ? だから言ったじゃん。『普通、そんなものに引っかかるか?』て。らぶりがそのつもりなら、こっちも仕掛けてやろうと思ってさ。文句無いよな? 先に嵌めようとしたのはらぶりなんだから」
「――――――――!!」
らぶりは、叫びにならない叫び声を心の中で上げるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あんにゃろめー、なんてことしちゃってんのよ」
ホームベースの前に座るらぶりは、マウンドの上に立つ文珠にこんな文句をぶつくさと呟くのだった。
そりゃ、自分が文珠を操っていたつもりが実は逆だと言われればこうなるのもしかない。
しかも、高校野球で女子にキャッチャーをやれというのだから無茶ぶりもいいところだ。
それは、周りの連中もわかっているようで光徳明倫高校側に居るとある3人組はこんな様子だ。
「監督、あんな可愛い女の子がキャッチャーなんて無理じゃないですかね?」
こんな発言をしたのは、古城監督の右に居た光徳明倫高校の背番号1番、エースで5番打者の『冴木 行李』だ。
有力高校の高身長で、時速140キロを優に超えるストレートを投げる本格派の投手と評価されている。
高校3年生でその高身長なだけあって、見た目は文珠達とは違い大人ぽい。
「なんだぁ、冴木。あの捕手に気でもあんのかぁ?」
「そ、そんなことは無いっすよ! ただあんな女の子がキャッチャーなんてつとまるのか心配になっただけですよ。試合になんのかって」
「がっはっは、お前もまだまだ青春だな冴木」
しかし、そんな冴木も光徳明倫高校の古城監督からすればまだまだお子ちゃまのようなものらしい。こうやってからかわれることもある。
「ただ、冴木の言うことももっともだと俺も思いますよ、監督。『桜井 文珠』が監督の言う通りの奴なら、まともにあのキャッチャーが捕れると思えない。本当なら中学で引退予定だったて話からもそうでしょ」
冴木に同意を示したのは、古城監督の左側に居た光徳明倫高校の正捕手である『蔵元 良治』だ。
眼光の鋭さは古城監督並みと野球部のみんなに言われているが、頼りがいも監督並みだと慕われてもいる。
「まあ、見てろ。あのお嬢ちゃんもなかなかやるぜ」
そんなことを古城監督が言うのを見計らったように、文珠が準備投球を始めた。
胸まで上げた右腕を頭の後ろに隠れる位置まで担ぎ上げるように上げ、そこから左足を深く踏み込むと腰を回転させ体を少し傾けると、上から振り下ろすよう腕をしならせ球を投げた。
オーバースローと呼ばれるその投球フォームから投げられた球は、低い軌道からストライクゾーン高めに入った。
バシン! と鈍く激しく鳴り響く音は到底女子の捕れるような威力に見えなかったが、らぶりは難無くその球を取ってしまった。
「速ええ、130㎞は優に超えてるか?」
先ほどまで女子に現を抜かしていた冴木だったが、その球を見た瞬間からその目は文珠しか視界に入っていなかった。
「ああ、大したもんだ。冴木が高1の時よりはるかに速いな。今のは全力じゃなさそうだし、最速は140㎞近く投げそうだ」
それは、蔵元も同様だ。が、冴木にはその言い方が気に入らなかったようだ。
「うっせ、俺の高1よりとかはいらないんだよ。桜井の同世代には140㎞超えるやつとか聞くし、東北のほうじゃ1年なのに150㎞超える球を投げたやつもいるって話だぜ。高1世代№1投手ての前評判倒れだな」
冴木は自分が比較に出されたのが悔しかったのか、文珠の同世代を持ち出して反論し始めた。
それには、蔵元も呆れたのか「ふっ……(笑)」と鼻で笑い返す。
「あっ、てめえこの野郎!」
そんな感じでじゃれ合う高校球児をしり目に、古城監督は「お前ら、あのお嬢ちゃんのことが気になってたんじゃねえのかよ」と思うのだったが……。
「まあいいか、もう試合開始だしな」
そう、いよいよプレイボールだ。
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