第5話 光徳明倫高校のエース登場!

1回裏、文珠達の月宮高校が攻撃の番となった。


そこで、光徳明倫高校から登場するのは当然ながらエースである冴木だ。


しかし、それを当然とは思っていない一団が居た。


「おいおい、あちらさん。ウチのチーム如きにエース出してくるのか?」


こんな思いっきり後ろ向きなことを言ってしまったのは、なんと月宮高校の4番打者&遊撃手にして野球部部長の車田で――――


「本当ですよね。というか野手のメンバーも一軍ですよ。てっきり光徳明倫高校の方々は控えメンバーでくるのかと思っていましたよ」


それにまたもや後ろ向きな返しをしてしまったのが、車田部長と一緒に二遊間コンビを組む3番二塁手の二年生、矢島 平だ。


しかし、彼らがそういうのも仕方ない面もある。

月宮高校は甲子園の予選1,2回戦で負けるチームで、光徳明倫高校は地区予選を楽勝して全国大会を決めたチームなのだ。

根本的なチーム力が違い、普通なら控えメンバーでも負けてしまうだろう対戦相手である。


「それだけ桜井(文珠)を評価してるってことだろうな。一応、中学野球だと有名人だったから知ってはいたけどここまでとは……」


車田部長がそう言って目線を向けた先にいるのは、その当本人である文珠とついでにらぶりだ。


「手が痛った! 久しぶりで鈍ってるわ」


らぶりはそんな一声と共に、文珠へその少し赤く腫れた手を彼の顔面に押し付けるように見せつけていた。


「いーや、それはらぶりが鈍ってたわけじゃないね。僕がコソ練してた間にパワーアップしたからだ。あと、相手の投手が見えないからその手はどけなさい」


「こ、こいつ。コソ練までしてなのか。高校で野球部に誘ったときつれないこと言うから、野球やめるんじゃないかって心配した私のお悩みタイムを返せ!」


噂の張本人、文珠はらぶりとどこにでも居そうな子供のようにじゃれているものだから、傍目からみれば車田部長が言うようなすごい奴には見えないことだろう。


「わかった、わかったて。捕手用の守備手袋買ってきてるから、それつけて大人しくしててくれよ。相手投手の投球が見れん」


文珠としては、少し速くなった自分の球で手を痛めるかもしれないと、事前に気を使って買ってきた捕手がグローブの下につける手袋をプレゼントしたのだったが……。


「キ、キモ! 準備良すぎだし、なんで私の手のサイズわかるのよ。ピッタシじゃんこれ」


「キ、キモイって……。なら返せよ。微妙に高いんだぞ、それ」


「嫌よ。せっかくだし使わせて貰うんだから。それより、冴木投手がウチの一番バッターに投げるんだから大人しく見てなさいよね。まったく、ベンチではしゃいじゃって。いつまでも子供なんだから」


「こ、こいつ……」


らぶりのこの返答には開いた口も塞がらない文珠であった。が、それ以上は文句を言い返したりはしない。

いや、させてくれなかったと言うほうが正しいだろう。


ビュッ! バシン!


「ストライク!」


光徳明倫高校、冴木投手の投球を見せられたら無駄話などできるはずもなかったのだ。


大きく振りかぶった右腕を斜めから振り下ろす、オーソドックスなスリークォーターと呼ばれる投法から投げられた球は、文珠の球より激しい音とともに蔵元のミットに収まっていた。


「はっや。(時速)140㎞は超えてそうね。文珠より速いじゃん」


「いちいち、僕との比較はいらん!……しっかし速い。これが全国レベルの投手てことか」


そして、彼は真っ直ぐ(ストレート)が速いだけではなかった。

利き腕とは逆方向へ山なりに曲がりながら落ちるカーブ、同じような方向へカーブよりは落ちずに速く曲がるスライダー、途中までストレートのように見える遅く沈みチェンジアップ。

これら多彩な変化球も駆使して、打者のタイミングをズラしバットから空振りをや当たりそこないを量産していく。


気が付けば、月宮高校の打者も3者凡退となりあっという間に1回裏が終わってしまった。


「なるほど、おっさんが自慢するだけはある。本格派の好投手だ」


文珠は面白くなってきたと、そんなことが聞こえてきそうな声色で対戦相手の投手を褒めていた。

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