番外編 ケルトのピザ修行紀行・シダール国編 後編

「ここで…間違いないよな?」

「ええ、町の人の情報によれば…だけど」


 ケルト一行は気絶している少年を抱え、少年の店を訪れた。しかし、店とは言っても町の一角の屋台だった。だがその屋台からは、少年に染みついたのと同じスパイスの香りがする。


「おや?お客さんかい?」

 その屋台を切り盛りしていたのは、恰幅のいいおばちゃんだった。そして彼らが連れてきた少年が気絶しているのを見ると、


「あ!!あんたら、ベンガールの手の者!?店だけでなくこの屋台まで取り上げる気かい!?うちの子は返してもらうよ!!」

「あ、店主さん落ち着いて!!」


『ごぉーーーーーーーんっ!!』


 店主のおばちゃんは怒りがこみ上げたようで、仲介に入ろうとしたケルトの頭をフライパンではたき付けた。ケルトは痛さに、その場でうずくまる。慌てて三人は何とか事情を伝えた。


「なんだ、そうだったのかい。ごめんよ、うちの子が迷惑かけたようで。命あってよかったよ、ははは」

「…ええ。まあ、はい…痛った~~~~…」


 少年…ジョットも目を覚まし、店主の彼の母親エメルダの誤解も解けた。この屋台もカレー屋のようだ。先ほどの店「ベンガールカリィ」に比べると、比較にならない香ばしい香りが漂う。


「とりあえずウチのカレーを食べてくんな。味は保証するよ」

「じゃあ…いただきます」


 屋台から、それは複雑なスパイスの香りが漂っている。これは食欲をそそられること、間違いない。そして、煮込みに煮込まれたカレーでありながら、食材は形を保っている。


 目の前に出されたのは、鶏肉を十二分に煮込んだチキンカレーと見た目、普通のナンがプレートに盛られたもの。期待しながら4人は同時に口にする。そして驚嘆した。


「美味しい!!確かに辛いのに、爽やかで鼻から抜けるスパイスの香りが清々しいわ!!どこか甘味、苦味、旨味が感じられるの」


「それとこのチキンが溶けるように柔らかい!!長時間煮込まないと、ここまでにはならないだろう」


 アンもレイジーもこの深い味に感動していた。それに比べ、


「さっきの店のは、ただ辛いだけで旨味がなかったわ。野菜も雑味が出ていて、それで美味しくなかったのね」


 シャロンも皆も先ほどの店のひどさを痛感していた。だがケルトが最も目を引いた…いや舌を引いたのは、


「それらも凄いが、問題はそれらを全て受け止めているこのナンだ。これだけ濃い味なのに生地の味が負けていない。この秘密…是非、知りたいな」


 そう分析されて、呆気にとられたジョットとエメルダ。


「あんたら、料理人か何かなのかい?」

「申し遅れました、僕は修行中のピザ職人、ケルトと申します。各地を回って、新たなピザのヒントを探していまして」

「ここ数週間の中で、一番おいしい料理でしたよ」


 この4人が只者ではないと実感した親子。だが、それはこちらも同じこと。これほどの味なら屋台ではなく、立派な店を持てる。この屋台には何か事情があるようだ。


「元々、ベンガールカリィは私たちの店だったのよ。それを主人が亡くなったのをいいことに、親戚が勝手に店を担保に入れてギャンブルに明け暮れてね。大負けして店を取られたのさ」


「挙句、その親戚は姿を消して今はどこにいるのやら。俺らに責任を押し付けて…あー、腹立ってきた」


 といいつつ、エメルダは、

「まあ、もう店には未練はないよ。こうして料理できてるからね。達人は環境を選ばないってことかね」


 だがジョットは意見が違うようで、

「母さんは甘いよ!!権利はともかく代々続いた店の名前にあいつらは泥を塗ってる!!客も客で味の分からないやつばかり…」


『ごんっ!!』


 エメルダはジョットに拳骨を落とす。

「あんたも馬鹿な真似は辞めな!!ケガでもしたらどうすんだい」

「そうだなぁ。こんなとこで、こそこそと商売してるとは」


 その声はその場の誰のものでもなかった。そこには現ベンガールカリィのオーナー、ボンパと用心棒たちがいた。どうやらケルトたちを尾行していたらしい。実は気づいていたが。


「実はまだまだ借金は残っててな?この屋台もいただくぜ」

「なっ…におぅ!?」

「その筋の者か…厄介なとこに担保に出したもんだ」


 その時レイジーとシャロンが前に出る。

「だが、これはこっち側には好都合だな」

「みんな下がってて。ここは私たちが引き受けるわ」


 ボンパの用心棒が剣を抜く。

「言っとくが、死んでも文句言うなよ?悪いのは…」

「もちろん、お前らだろーが」


 息まいて斬りかかってくる用心棒。…温い。騎士団に比べれば温すぎる相手だ。太刀筋は遅すぎる。無駄な動きも多い。レイジーとシャロンは剣を抜く。


 レイジーの刀は、ひねくれものの彼からは想像できいないが、基本に忠実。飛びもしない。踏み込まない。だが、それが最も無駄のない動きを体現している。普通こそ最強だ。


 シャロンはハニービーに憧れてレイピアを始めた。彼女を模倣することで、その姿に彼女を重ねることが出来る。目にも止まらない速さで、ならず者たちの剣を弾き飛ばす。


 気がつけば、ゴロツキどもは虫の息。この街を牛耳っていた彼らは目を疑う。レイジーとシャロンは剣を納める。戦意は十分に奪った。命を奪うまでも無いだろう。


「げ…げふ…」

「な…何だコイツら!?めちゃくちゃ強ぇえぞ!?」

「ボンパの旦那!!話が違うじゃねーか!!」

「そ…そんな…馬鹿な」


 シャロンはボンパに告げる。

「この国は我々のフロントス王国との同盟国です。本来、私たちは国賓ですから、私たちに手を出したということは…」


「く、くそっ!!覚えてろよ」


 当然、国が動く。フロントス王国が介入すれば、この程度の輩なぞ潰すのは簡単だ。ボンパは喧嘩を売る相手を間違えた。シッポ巻いて、捨て台詞を吐き、逃げていった。


「運が良かったですね、女将さん。きっと店は戻ってきますよ」

「…こ、こんな簡単に?」

「よ…良かったって…言っていいのか?」


 呆気にとられる親子二人。だが、ケルトは交換条件で、

「そこでなんですが、エメルダさんに教わりたいことが…」

「…何となくわかってきたぞ?」


 2週間後。政治が動いてくれて、ベンガールカリィの権利はエメルダ親子の元に戻ってきた。このことは味が落ちて離れていた、古参ファンに拍手で迎え入れられた。


 そして、ケルトはエメルダさんに師事し、地元のピザ屋で窯を使わせてもらう。確かにこの国はカレー屋だらけだが、ピザ屋もある。そこでスパイスの使い方と、ナンの負けない味を学んだ。


 そこでケルトは試行錯誤し、チキンカレーピザを習得した。


「どうぞ、召し上がれ」


 アンたちとエメルダ親子はピザを口にする。


「…これは美味いね!!ウチの味を再現できてる」

「ただのカレーじゃないな…このトマトの味の濃さは…」

「市場のもののそれじゃないね…どうやったの?」


 このカレーはベンガールカリィのカレーに比べ、酸味と旨味が加えられている。今回のピザの肝の、そのまま食べても美味い市場のトマトには、一工夫入れていた。


「それは…これだよ。この国の気候を生かして、ドライトマトにしたんだ。味が凝縮されて、カレーにも入れることで、旨味が格段に上がるんだ」


 ピザ生地にも強い味が感じられる。これはあのナンの影響が見て取れた。以前のままなら、この強烈なスパイスに負けていただろう。ケルトはその才能でスパイスの使い方も熟知した。


「美味しかった!!やったね、ケルト君!!」

「いやー…ウチの味、盗まれちゃったね。してやられたわ」

「まだまだ!!師匠の言葉を忘れないようにしないと」


 新たな技術を学んだケルト。この世界はまだまだ広いし、学ぶことも星の数ほどあるだろう。決して向上心を絶やさぬよう、ケルトは改めて気合を入れ直し、新たな味を探して旅を続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『短編』マルゲリータに愛を込めて はた @HAtA99

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ