番外編 ケルトのピザ修行紀行・シダール国編 前編

 祖国フロントスを旅立ち、3カ月。ピザ職人ケルトとその彼女アン。旅の当初はまだ祖国に近いせいか、目新しい発見はなかった。そして彼らは、祖国から南のシダール国にやって来た。


「大丈夫かい?アン」

「ええ。私は大丈夫だけど…」

「あー…あじー…これは異常だぜ…」


 この国はとにかく暑い。湿気が無いのが救いだが、護衛として同行していた、フロントス騎士団の剣士、レイジーはうなだれていた。彼は根っからの北国育ち。この暑さは初体験だった。


 レイジーは『十二剣王』でこそないものの、その剣の腕は目を見張るものがある。それを見越して、この二人の護衛につけたのだが。少々、問題行動が目に余る。


 銀色の刈り込んだ髪。フロントスでは珍しいブラウンの瞳。背丈は少々小柄だが、気にはしていないようだ。そして、これもフロントス騎士団では珍しく、刀の使い手だ。


「おおっ?やはりどこの国にも美女がいるもんだな!!なーなー、おねーさん、俺と一緒に遊ばない…?」

「何やってんの、この性欲の垂れ流しが!!」


 レイジーは極度の女好きである。だが、その点のケアは抜かりない。同行しているもう一人の騎士団員の女性、シャロンが目を光らせている。今回も彼女が事前に拳骨を喰らわせた。


「あ…あがが…シャロン…毎回、毎回…」

「本当に馬鹿につける薬が欲しいわ。馬鹿は死ななきゃ治らないって、本当っぽいわね」


 シャロンはレイジーより更に小柄な黒人の女性。だが、その剣の腕はレイジーに匹敵し、素早さに関しては『十二剣王』のハニービーに次ぐとも言われている。


 長い黒髪を編み込み、南の祖国の民族衣装を、嫌味なく見事に着こなしている。この凸凹コンビ、なかなかの腕前だ。そして重要な点が。それは、見事な味覚を持っていること。


 今回の旅路では欠かせない能力だ。そして四人はシダール国の町の市場にやって来た。そこの野菜の種類の豊富さには目を見張る。ケルトは野菜の屋台を覗いてみた。


「いらっしゃい。見ない顔だね、旅行者かい?」

「ああ。そんなとこだよ。今日はどれがおススメかな?」

「そうだな…これなんかどうだ?」


 手渡されたのは紫玉ねぎ。祖国フロントスのものよりやや小ぶりの品種。ケルトは構わずかぶりついた。その味は見事なもの!!辛みよりも甘みが勝つほどの味わい。鮮度も抜群だ。


「このトマトも美味しい!!瑞々しいのに、味が強いわ」

「それはあえて、水をあまり与えないで育ててるからだよ」

「え?どういうこと?」


 トマトのあまりの美味さに驚くアンにケルトが答える。


「この土地の気候は暑く水分が少ない。そこであえてスパルタ式に水を与えないで作ることで、実に水分と旨味と栄養をため込むんだ。…これはピザに使っても美味しいかもしれないな」


 屋台の店主はその様子を見て、

「お客さん、味が分かる人だね?だったら「ハラン堂」に行ってみるといい。面白いものに出会えるかもよ?」


『ハラン堂?』


 四人はオウム返し。言われたとおりに西に位置する店にやって来た。その規模は少し小さめの薬局と言ったところ。地元住民がたえずやって来ている。


「この香りはどっかで…」

「あ、アンタもそう思う?」


 レイジーとシャロンには、どこかで嗅いだことのある香りが。その答えは店内に入ると解決した。数々の香草と薬草の香り。いつもの訓練用の傷薬の香りだ。


「そうか、料理用の香草の中には傷薬の素になるものもあるからな。それで覚えてたのか…って、すげー量だな。おい」

「あれ~?お客さんかえ~…?」


 そういうと店主と思われる老人と、孫娘と思われる女性が対応に来た。孫娘の方は相当の美人だ。これにはあの男が反応しないわけはない。即座に彼女の前にひざまずくと、


「お嬢さん、今宵は二人で夜明けまで過ごしませんか…」

 レイジーが口説くと、即座にシャロンが殴って酩酊させる。

「すみません、ウチの馬鹿が…」

「は…はあ…」


 だが確かに見とれるのも無理はない。肌艶も良く、健康そのもの。ここの薬草は本当に効くようだ。それを体現している。そしてさらに驚きの事実が、


「家内がすみませんのぉ」

『家内!?』

「ええ、今年で84になります」

『84!?』


 これには普通にびっくりだ。美魔女も過ぎる。これは20代でも通用するぞ。そして、ケルトは香草のイロハを聴き、考えを行きわたらせた。これは面白いピザが作れる予感だ。


 次はこの国の代表料理を食べてみたい。この流れだと当然…。


「カレー一択だな」

『賛成!!』


 それもそのはず、この街中に広がるカレーの香り。この国でカレーを食さないで、何を食せと言うのか。ハラン堂を出て、近くの料理店に入った一行。


「いらっしゃいませ。何にしますか?」


 それぞれ注文し、一休み。店を見渡すと、結構な有名店のようで観光客で溢れかえっていた。これは味にも期待できる。そして数分後、カレーが運ばれてきた。とりあえず食べてみる。


「…ん?この味は…」

「言いたいことは分かるわ…私も同じよ」

「そうだな…このカレーは、お世辞にもいただけねぇなぁ」

「これは…そうね。残念だけど」


『このカレーは美味しくない』


 そう結論付けた矢先、店先で何やらもめ事が起こっている。どうやら、少年の客がこの店に難癖付けているようだ。とりあえず4人は耳を立てて、様子を見ていた。


「また来たのか、小僧!!いつもいつも難癖付けやがって!!」

「ああ!!この店のカレーなんて、カレーじゃない!!店も店なら客も客だ!!ウチの店の方がよっぽど美味いって言ってんだよ!!」


 少年と店員のにらみ合いが続く。意見の正誤はともかく、喧嘩を売った少年の方が分が悪い。店中の客も敵に回してしまった。このままでは乱闘になるのが目に見えている。


「少々手荒になるけど…いいな?」

 レイジーはケルトとアンの承諾を得て、殴りこんできた少年の元に詰め寄る。呆然とする少年と店員。


「ちょっと…ごめんよ。痛くしねぇから」

「え?あっ」


『とんっ』


 レイジーの手刀が少年の意識を奪った。

「お騒がせしました。俺らは退散しますんで」

「え?ちょっ…お客さん!?」


 4人は気絶した少年を連れて、店を飛び出した。荒い手はなるべく取りたくないがこの場合、迅速に事を納めるには、強引だがこうするしかない。


 正直、少年のあの店のカレーの評価は正しい。ケルトはもしかしたら、この先で新たな技術を会得できるやもと、期待と希望を抱いて、ひとまずこの少年の店を目指すことにした。

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