番外編

ラプラス親衛隊の闇

『キイィィィーーーーーーン!!』

 剣を跳ね飛ばす音が、訓練場にこだまする。

「ま…参りました…」


「ニーム、腕を上げたね。でも、太刀筋が馬鹿正直すぎる。あれじゃ、太刀筋を読んでくれと言ってるようなものだよ」

 剣を弾き飛ばした男は、パンパンと手を叩き、


「じゃあ、今日の訓練はここまでにしよう。皆、お疲れ」

「お疲れさまでした!!兵長!!」

 そういうと、色男はタオルで汗を拭きながら着替えに入った。


「ラプラス様!!」

 そう呼び止められたのは、北の大地の国フロントスを守る騎士団の『十二剣王』剣術指南役の兵長ラプラス。


 先ほどの訓練で、騎士団の相手全てを相手にしながら、疲れるどころかまだまだ余裕がある。流石は『十二剣王』に数えられるだけのことはある。


 美しいブロンドの髪と翡翠色の瞳が綺麗な色男。それに加えて剣の腕も立つ。良い男の条件がそろっている。彼はこの訓練の後、人を待たせていた。


「えっと君らは、ウチの騎士団の…」


「華のユラン!!」

「水のケイミー!!」

「雲のシューティ!!」


『三人合わせて「ラプラス様親衛隊」!!』


「…うん、毎日会うね。君たち」


 こうして、騎士団内の女性団員からも人気が高いラプラス。親衛隊の人数は30人では済まない。だが、これだけ人気がありながら、決して女性とは付き合わない。


 まさか、男色家なのか!?しかし、そうでないことはこの三人は知っている。彼が唯一心を許している女がいる。それが、この三人には憎たらしくてたまらない。


「…また、あの女の所へ行くんですか!?」

「そんな、何も浮気した夫じゃないんだから」


 食って掛かる華のユランを、冷静にたしなめるラプラス。


「誰にもなびかないラプラス様…今日、私たちは…」


 そう、ラプラスと行動する女性が、ただ一人いる。それは…。


「ハニービー!!あの女を討ちます!!」

「え!?あ、おい!!」


 ラプラスは副兵長のハニービーとだけはよく食事に行く。彼女は19歳という若さながら、十二剣王に選出された女の子。短めのポニーテールが印象的。


 その明るさから騎士団内のムードメーカーを務める彼女。だが、彼女のことを悪く思っているのはラプラス親衛隊のみである。何やら物騒な事態になってきた。


 彼女らの推理では、このラプラスとハニービーの関係が怪しいと踏んでいる。それは女性団員の間では、とても許されるものではない。三人は異常な速度で城門を目指す。


 親衛隊の三人はラプラスの横を通り過ぎる。その瞬間、

「あっ!!」

 水のケイミーの首根っこをラプラスが捕まえる。


「ありがとう!!あなたの死は無駄にはしないわ!!」

「必ずや、あの忌々しい女を仕留めて来るからね!!」

「ま…任せたわよ!!必ずやあの女の首を!!」


 穏やかじゃない言葉を背中に、残りの二人が城門前に辿り着く。そこにはラプラスと待ち合わせていた、ハニービーの姿があった。この後、ピザ屋「ニッキーハウス」に行く約束だ。


「ん?ユランにシューティじゃない。どったの、そんな殺気立って。…って、うわっ!!」


『ヒュバウッッ!!』


「ハニービー!!お前をラプラス様独占禁止法で処刑する!!」

「は!?ってうわわわわ!!危ない危ない!!死ぬわ!!」

「一人なら敵わないが、二人がかりなら…行くわよ!!」


 二人の殺気のこもった斬撃が、次々とハニービーに降りかかる。この人ら…本気で殺す気だ!!生憎、ハニービーは模造刀。分は悪いかに見えた。しかし、二人は神業を目にする。


『キィィイイイーーーーーーン………』


「あ…あれ?」

「さっきまで…あれ?」


 そこにいたはずのハニービーを見失う。彼女の素早さは『十二剣王』でも1、2を争う。そして、ユランとシューティの手元に剣がない。気付けばハニービーが、剣を弾き飛ばしていた。


『柳崩し』


 その名の通り、柳のように受け流すこの技。熟練に達すれば、剣を弾き飛ばすのも訳はない。十二剣王になるには習得が必須の技だ。当然、ハニービーも習得済みである。


「くっ…ここまで実力に差があるとは…」

「む…無念だわ…。いいわ!!殺しなさい!!」

「こらこら。同じ騎士団でそんなことするわけないでしょうに」


 斬るまでも無く、勝負はついた。あまりの屈辱に泣き崩れる二人。そこにラプラスと担がれたケイミーが合流する。ラプラスとハニービーは顔を見合わせる。そして、


「そんなにラプラス兵長と仲良くなりたいのね。…いいわ、三人で兵長と遊んで来なさいな」

「ええっ!?いいの!?」


 その時、城門前に隠れていたラプラス親衛隊全員が姿を現す。この人数でよく隠れたものだ。ハニービーは別に問題とは思っていない。誤解も解ければ、文句は要らない。


「…こんなにいたのね。隠密に転職した方が良いんじゃない?」

「…ハニービー!!まだ、完全に信用したわけじゃないからね!!」

「今日のところは、このくらいにしておいてあげるわ!!」


 そう言うと、ラプラスの周りには30人近い女性の輪ができていた。正にハーレム状態。正直、ラプラスは困っている。そして、ハニービーは嘆息して、彼女たちを見送った。


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


「ラプラス君。何だねこれは?」

「はあ、僕も何が何だか」


 ここはピザ屋のニッキーハウス。ラプラスの付き添いで席はすべて埋まってしまった。呆れる店主のテッペイ親分。店内中、黄色い声がこだましていた。


「まあ、ウチはお客様には文句は言わんが…。色男と言うのも何かと大変なんだな。儂には分からん世界だよ」

「…初めて女性って怖いと思ってます」


 とりあえず、30人前のピザを焼くためテッペイ親分は窯に戻っていった。そして、はじめは憧れのラプラス兵長と親しくなれると、意気揚々だった親衛隊の皆だったが。


「ちょっと!!あなたさっき15秒ラプラス様と話したでしょ!!」

「さっさと代わりなさいよ!!何人いると思ってんの!!」

「あー!!抜け駆けは絶対、許さないからね!!」


 ラプラスを巡って一悶着起きてしまった。狂気が狂気をを呼び、血で血を洗う骨肉の争いがまさに今、起こらんとしていた。目が、目が怖い。血走るどころではない。


「…助けて。ハニービー…」

 女性の恐ろしさを、改めて身にしみて感じた夕暮れだった。それ以降、ラプラスは女性と距離を置く、癖がついたという。


 …色男って罪だね。

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