第二話 瑞稀と栄

「最近、うちらの界隈でこんなのが流行っとるったい」


 ひさしぶりのポレポレで相変わらずの初級壁をよじってきた私たち(さかえさんは中級壁)は、こちらもひさしぶりにサウナに寄って心身を整えました。

 空調の効いたサロンで風呂上がりの身体を休めていると、栄さんがそんなことを言いながら一枚の紙を出してきたのです。


『あなたたち二人組についての十四の質問』


 なんですか、これ。


「でな、『シティナビはかた』の編集長がこれで特集やろ、言い出したっちゃ。抱えとぅライターみんなにこれ書かせてページ数稼いだろっちゅう魂胆や」


「なるほど。で、この二人組っていうのは?」


「ライターとそのお友だち、ちゅうこっちゃろ。そげなわけやけん、瑞稀ちゃん、ちょお協力してくれん」


「今ですか」


「そ。どうせこん後もヒマやろ。それともなんぞ用事あると? デートとか」


 悪戯を仕掛ける顔でこちらを覗き込む栄さんに意地悪したくなって、このあとすぐにデートですって言ってやろうかとも思いましたが、さすがに無い袖は振れません。精一杯の抵抗で頬を膨らませ、私は応えます。


「いいですよ。別に用なんて無いし」


「さすが瑞稀、決断が早か。恩に着るわ。じゃ、さっそく始めようか。順番は瑞稀からでええな」


 まったく。調子のいいことで。

 私の憤慨なんておかまいなしにテーブルの真ん中にスマホを置いて、栄さんはボイスメモをオンにしました。



1.名前とお互いの関係について。


波照間はてるま瑞稀みずきです。仏具店で企画系の仕事をしています。栄さんとは去年の年末に、ひょんなことから知り合いました。以降、飲みに行ったりボルダリング教えてもらったり一緒におでかけしたりと、仲良くしてもらってます」


山科やましなさかえ。博多でタウン誌中心のライターしちょる。他にはパークライフちゅうバルでアルバイトもやっちょると。瑞稀を最初に見かけたんはコンビニで、知り合うたんはドンキ。コンビニのがとにかく印象的やったから取材のつもりで声掛けて、そっからの飲み友だち。やーろ」


2.お互いの第一印象について。


「どん底の時期だった所為もあるけど、とにかく頼りになるお姉さん。その部分はいまも変わりません」


「コンビニのレジ前で床に小銭まかして泣きじゃくるOLちゅうんは、もうそれだけで十分印象的やろ。首から下げた名札にあった珍しか苗字も合わせて、よお記憶に残ったとよ」


 身振りも加えてそう語る栄さんに、私は抗議します。


「その黒歴史、まさか公開するつもりじゃないですよね」


「ま、やんわりと」


 これ、絶対校正チェックさせてもらわないと。



3.相手のことをなんと呼ぶ? そう呼ぶようになったきっかけはある?


「栄さん」


「瑞稀、やな。普通に」



4.喧嘩はする?


「喧嘩らしい喧嘩はしてませんね。そもそも年もひと回り離れてますし、なにをどうやっても私じゃ敵わない」


「喧嘩かぁ。瑞稀とはせんなあ。他とは結構やり合うたりもするやけんどなあ」


「栄さん、喧嘩っ早そう」


 笑う私に栄さんも、そやろ、と頷きます。


「ようぶつかったりするっちゃ。気に入らんことしよる輩にはすぅぐかますしな。あれや。瑞稀が上手いことうちを操っとるんやな」


 私なんてと手を振る私に、栄さんは追い討ちをかけます。


「瑞稀黒幕説、爆誕や」



5.相手が機嫌悪いときはどうする?


「落ち着くまでは触らないようにします。私より遥かにオトナの方ですから、その辺りの自己制御は任せた方がいい、って信用してますので」


「なんやろ。そげなときこそ絡むってやり方もあるっちゃよ。危なか手ぇっちゃあるけど」



6.相手が喜ぶこと、嫌がることを把握してる?


「栄さんが喜ぶことと嫌がること、ですか。とりあえず、お酒飲むのは好きですよね。あとお話しすること。お喋り、じゃなくて、知識になったり他人ひとと違う考え方だったりを披露したりする方。好きですよね、そういうの」


「まあ、そうかもね」


 なんとなくばつが悪い、みたいな中途半端な顔で栄さんは頷いてます。


「嫌いなのの方は、煮え切らない態度、とかかな」


「うちのはよかばってん、瑞稀の好き嫌いは難しかよ。騒がしいのが得意じゃないのはわかっとぅけど、好きっちゅうのはなんかいね。ひとりでおるのも苦にせんタイプやし。だいたい、うちとおっても楽しいんかいねえ」


「楽しいですよ、栄さんと一緒だと。でなかったら、誘われてすぐ駆けつけたりしません、って」


 それはホントに本心。でも私が心から好きって言えるものっていったいなんなんでしょう。正直、私にもわかりません。死ぬほど嫌いってものと併せて、これからは気にして探ってみようかな。



7.誕生日には何かする?


「そういえば栄さんのお誕生日って聞いてなかった! いつですか?」


「言うてなかったっけ。関東大震災の日や」


「関東大震災って、東日本のとは違いますよね」


「もっと大昔、百年前のやつっちゃ。大正十二年九月一日。うちが産まれたんはその六十二年後」


「あ、それで九月一日は防災の日になってるんですね。はじめて知った」


「そうっちゃ。またひとつかしこぉなったやろ」


「さすが雑学の宝庫、ですね。あれ、なんの話でしたっけ」


「誕生日の話っちゃ。で、瑞稀の誕生日はいつなん? あ、ちょい待って。なんか記憶に引っかっとぉもんがあるっちゃけど」


 なんでしょう。いままで誕生日の話題とかは触れたことはない気がするんだけど。社員証にも書いてないはずだし。

 そう思ってたら、栄さんが急に大声を上げました。


「思い出したったい! あの日、十二月二十日は瑞稀は誕生日やったやろ! 小銭ばまき散らかした日。ドンキの帰り、はじめてパークライフで飲んだ夜に言うとったっちゃ。反故にされた湯布院は、クリスマスと誕生日のダブルのお祝いやったって」


 なんてことを思い出させてくれるんですか、このひとは!


「あ、まだ気にしとったと? なんかわるかとね。でももう笑い話にしても平気っちゃろ」


「い、いいですけどね、別に。ここには栄さんと私しかいないんですから。でもね栄さん、今の話はぜーったいに記事にしちゃ駄目ですよ。も、完璧に門外不出の一件なんですから」


 今のは本気で怒ってもいい案件ですよね!?



8.お互いの部屋に入ったことはある?


「一度だけ。栄さんに呼ばれて、神戸の翔子さんから送られた山椒の実のへた取りをしたとき。あれには時間が掛かりましたよね、指先なんかも丸一日山椒の香りが抜けなかったし。嫌いな香りじゃないからよかったんですけど」


「瑞稀んとこはまだ行ったことなか。近すぎて、行くメリットが感じられん。なあ、行ったらなんかよかことある?」


「とくにないです。はい」


 なんかしょんぼり。



9.ここだけは直してほしい!


「さっきみたいにデリカシーの足りないところ!」


「しょんなかばい。昭和生まれやけん」


「昭和で逃げないでください! もおっ!」


「瑞稀、怒りっぽくなっとらん? もしかして生理?」


「ぶーーーーっ! アウトです。イエローカード二枚で退場」



10.不意に相手が泣いているのを見てしまった、どうする?


「なにも言わずにハンカチを差し出す、とか? ごめんなさい。想像できなさすぎてちょっとバグってます」


「文句言いたいのをぐっと堪えて、一緒に小銭を拾っちゃる」


「それ、単に実際やったこと話してるだけじゃないですか!」



11.平常時、非常時、主導権はどっちにある?


「平常非常にかかわらず、大抵の主導権は栄さんにあると思います。一応私も、キャスティングボートを手にしてやろうって野望はあるんですけど・・・・・・」


「無理やね。瑞稀はまだまだ青臭いけん」


「ぐぬぬぬぬ。いつかはきっと」



12.相手が罪を犯したらどうする?(一緒に逃げる、自首するよう説得する、血に汚れた手を洗ってあげる…等)


「栄さんのことだからきっと理由はあるんだろう、って思うんじゃないかな。相談されたら一緒に考えてなにか勧めたりすると思うけど、きっと私の言うことなんか聞かないだろうなぁ」


「うちは一緒になって全世界を敵に回しちゃる」


「え、ホントですか。なんか凄く嬉しい。今日一番嬉しいかも」


「だって瑞稀、犯罪とかせんやろ。遵法精神とかめっちゃ高そうやし」


「そーゆーことですか。ひゅるるるる~(空気の抜ける音)」



13.自分だけが知ってると思う相手の豆知識


「いいんですか言っちゃって。灰田さんとのお話とか」


「構わんばい。記事にせんときゃよかけん」


「あ、ずるーい」


「それに瑞稀がそうくるんなら、うちも黙っとらんちゃ。月波ちゃんのアカウント情報」


「あ、なしなし。それは無しでお願いします」



14.ここまでありがとうございました。お二人が登場する作品を宣伝していってください!


「私たちが登場する作品、ですか?」


「そうなんよ。この質問だけはわけわからんっちゃ」


「まるでこれ、私たちが物語の登場人物って決めつけてるみたいじゃないですか」


「瑞稀もそう思うっちゃろ。でもまぁ、どっちにしろ主人公はうちやろうけど」


「え、栄さん、それズルい。私だってやりたいですよ、主人公」


「無理や。瑞稀がうちに勝てるんは若さだけ。だいたい瑞稀は華がない。やることなすこと地味過ぎて物語にならんっちゃ」


「がぁん。栄さんに一刀両断されちゃった」


「口惜しかったら恋のひとつでもやって見せちゃり」


 なんてことを! 私の一番苦手なとこを突いてくるだなんて。


 栄さんに無茶振りされて、私は肩を落します。

 陽が長い福岡の空を覆う鮮やかな赤が少しずつ青味を強くしはじめてる。街はもう夜の喧噪に包まれているはずです。

 私たちも喉が渇いてきた頃だし、そろそろ河岸を替えるとしましょうか。

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二組のふたり組み【『ボクの名は』インターミッション】 深海くじら @bathyscaphe

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