二組のふたり組み【『ボクの名は』インターミッション】

深海くじら

第一話 笠司と鍛冶ヶ谷

 週末の、日付が変わる直前に鍛冶ヶ谷カジ先生からZOOMのお誘いが来た。生徒から塾の課題を手伝って欲しいと依頼されたそうなのだが、なんでそれが僕と関係あるのかわけわからん。が、ひさしぶりだし無碍に断るほど忙しくもないので、了承してアプリを開くことにした。


「うちの生徒が、通ってる塾から宿題を出されたんだと。『あなたの近隣の二人組を取材しよう』ってお題。あらかじめ質問が決まってて、それに答えてもらってこいってやつだ。で、先生と先生のおともだちを取材したいって」


「はあ? なんで僕なんですか。そんなんならサッチーでいいじゃないですか。近くに住んでるんだし」


「や、あいつにも声掛けたんだけど、就活で忙しいから無理って断られた」


「そんで僕ですか」


「なんの連絡も無しにいきなりずぶ濡れでやってきた無作法を黙って介抱してあげたのは誰だったかな?」


「わかりました。やる、やりますよ。これで貸し借りゼロですからね」


「こんなんでチャラになるわけないだろ。ま、通信簿には加点しとく」


 このひとだとホントに通信簿つけてそうだから怖い。

 行きがかりの事故と気持ちを切り替えて、僕は居住まいを正す。


「はい、いいですよ。はじめてください」


 じゃ、一問めなと言って、カジ先生は手元の紙を広げた。



1.名前とお互いの関係について。


皆川みながわ笠司リュウジ。カジ先生とは大学のサークルの先輩後輩。僕が一年のときカジ先生は四年で、そのときからのつきあいだから、もう五年目ですね。カジ先生にはいろいろと要らんことを教わりました。酒の飲み方から始まって、女の子と話すときの作法とかアニメの玄人っぽい見方とかマイナーな音楽とか。まぁ、タダ酒が飲めるって了見でOBのとこに入り浸ってた僕もいけないんですが。こんな感じでいいスか?」


「おまえ、そんなふうに俺を見てたのか。先生は悲しい。ま、いいや。ヤバそうなとこは後でこっちで編集するし」


 編集でも改ざんでも好きにやってください。


「じゃ、俺な。えー、鍛冶ヶ谷かじがやじゅん。小学校の先生をやってる。リュウジとは駅弁大学の文化系サークル『SF&ファンタジーラボSFFL』で知り合った。俺が先輩でリュウジが後輩。卒業後の赴任先が大学に近かったこともあって、そのまま同じとこに住んでた。ああ、今も住んでるな。てな感じだったので、俺が先生になってからもリュウジたちは俺ンちに入り浸っていた。こいつは、困ったときには必ず俺ンとこにくる。言ってみれば俺は、リュウジの精神的支柱ってやつだ」


「最後のは言い過ぎ」


「五月の終わりに炬燵にもぐってさめざめ泣いてたのはどこのどいつだった・・・・・・」


「あーーーーっ! もういいです。次、次いってください」



2.お互いの第一印象について。


「オタサーの中にひとりだけ真っ当な人がいた! って思いましたよ、初めて見たときは。その印象も最初に泊まった日の宴会でぶっとびましたが。破壊的な人格だからまともに影響されるとやばいことになるけど、基本的には頼りになる、かな。無駄な励ましとかしてこないのは正直助かります。あと先輩風吹かせないのも」


「可愛い弟分。オタク純度百パーが居並ぶ新入生たちの中で、ひとりだけ高校時代に彼女がいたなって思えたやつ。あとで聞いたら外れてたけど。まあ、なんか抱えてるなって感じたのかな」



3.相手のことをなんと呼ぶ? そう呼ぶようになったきっかけはある?


「最初の頃は『カジ先輩』で、学校の先生になった頃からは自然に『カジ先生』になりました。あ、違うか。学校の先生に、じゃなくて、コミケに出す自作の鬼畜マンガを堂々と描くようになってから、かも」


「普通に『リュウジ』。ひねりもなんにもない」



4.喧嘩はする?


「しないッスねえ」


「しないね。創作の軸が違うのは今に始まったことじゃない」



5.相手が機嫌悪いときはどうする?


「近寄らない。その一手。テストの採点期とかの忙しいときにうっかり立ち寄ったりすると、無言で添削の手伝いさせられたりする」


「来る者拒まず去る者追わずだから、本人の機嫌が悪いときにうちに来たりはしないはず。基本、ロッキングチェア・ディテクティブ。レクター教授と呼ぶのを許可する」



6.相手が喜ぶこと、嫌がることを把握してる?


「喜怒哀楽が激しくないひとだから、これっていう必殺技は思いつかない。でもバーボン持ってくと大概喜びます。あと、鬼畜系の薄い本を土産に持ってきたときも」


「皮のネクタイで手首を縛って自由を取り上げてやると歓ぶよな、リュウジは」


 画面の向こうのカジ先生は、そう言って妖艶な笑みを浮かべた。ご丁寧に細身の皮ネクタイまで手にしている。


「それ、ただ単にカジ先生が趣味全開にして愉しんでるだけですから」


 この対談がリモートで、ホントによかったよ。



7.誕生日には何かする?


「そういえば、カジ先生の誕生日っていつッスか? ちなみに僕は八月六日だから、もうすぐですけど」


「リュウジの誕生日なんて聞いてないよ。ていうか、おまえはほんっと覚えが悪いな。前から言ってるだろうが。記念すべき俺の生誕日は一九九六年六月六日。666のオーメンの日って」


「もう過ぎてるから、今年の分はノーカンですね」



8.お互いの部屋に入ったことはある?


「死ぬほど行ってますね。五年間で百泊くらいしてるんじゃないかな」


「必要に迫られない限りひとの家には行かん。ただ、リュウジの弟の部屋には泊まったことがあるな」



9.ここだけは直してほしい!


「一般常識的には直すことだらけなんでしょうが、ある意味これだけ完成された人もいないので、このまま変わらず突き進んで欲しい。マジでそう思います」


「もうちょっと字をきちんと書けるようにしなさい。置き手紙の解読が面倒でいかん」



10.不意に相手が泣いているのを見てしまった、どうする?


「カジ先生が泣くところはちょっと想像できないから、答えようがないですね」


「その場に適した、もっと泣ける音楽をかけてやる」


「あんときのブースト効果にはやられちゃいました。おかげで、あの曲のイントロのピアノ聴いただけで涙腺がやばくなるパブロフの犬体質に。あれがメジャーどころのナンバーじゃなくて助かりましたよ」



11.平常時、非常時、主導権はどっちにある?


「常にカジ先生」


「いかなる状況でも主導権は俺にある。例外はない」



12.相手が罪を犯したらどうする?(一緒に逃げる、自首するよう説得する、血に汚れた手を洗ってあげる…等)


「僕に被害がないのであれば、静観します。幇助罪をかぶるのは嫌だから直接的な手助けはしないけど、例えば逃亡の資金援助とか請われたら少しくらいは出すんじゃないかな。五万円上限で」


「言質もらったぞ。その際にはよろしく頼む。ちなみにリュウジがなんかやらかしたとしても、たぶん俺のスタンスは変わらんと思う。ただ猟奇的事件に関わるんなら、しっかり取材させてもらうぞ」


「さっきの補助金ですが、教え子とかが相手の幼女陵辱事犯に関しては対象外ですからね!」



13.自分だけが知ってると思う相手の豆知識


「ジャックダニエルとカナディアンクラブは、バーボンとは認めてない」


「それは常識じゃ無いのか」


「じゃあ、あれだ。鬼畜系幼女SM同人マンガ界でそこそこ著名なカジ先生は、しばしばペンネームを変える。でも、それを見抜いて追っかけてくれる猛者のファンも多数いる」


「それ、全面カットな。で、リュウジに関する豆知識だったな。いろいろ知ってるが、ひとつあげるならツイッターの裏アカで小説書いてるってことかな。一作目はオナニー感満載の自伝的私小説だったけど、二作目は一応SF」


「それもカットでオナシャス」



14.ここまでありがとうございました。お二人が登場する作品を宣伝していってください!


「登場する作品? ちょ、意味わかんないッス。もしかしてカジ先生、最近なんか描いてるんですか?」


「すまん。この質問は、俺もなんのことかさっぱりわからん。月曜日、みはるちゃんに聞いてみる」


「みはるちゃん、って、もしかしてこの宿題もってきた子ですか」


「そう。清水みはるちゃん。五年生全体で最も可愛い。うちのクラスの学級委員で今年一番のお気に入り」


「カジ先生。これ、絶対塾の宿題じゃないですよ」

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