第19話 山のヌシとツチグモ


しずれの花嫁になって、そして大蜘蛛の屋敷で暮らし始めた。

そこではちび蜘蛛ちゃんたちやさらに小さい手乗りサイズの蜘蛛ちゃんたち、蜘蛛女のお姐さんたちもいて、みんなとてもよくしてくれる。


本当に、こんなに大切にされてもいいのか。

今でもたまに迷うけれど。


「あれ、本当に人間の女の子がいるねぇ」


「え……っ!?」

考え事をしていたからか、気が付けば知らない男のひとが、私の顔を覗いていた。だ、誰?


このひとも、蜘蛛なのだろうか。


眩い金色の髪にオレンジ色のメッシュが入っており、金色の瞳を持っている青年だ。


「ちょっとぉっ!私たちのふゆはちゃんに何顔近づけてんのっ!!」

しかし次の瞬間、ユズリハお姐さんにぎゅむっと抱きしめられるようにして回収される。


「えぇ~、いいじゃん。それにしても、ちょっと過保護じゃない?君たち」


「普通よ!ふゆはちゃんは私たちの共同の妹なんだから!」


「え、何共同の妹って。ウケる」

へらへらと笑う青年に対し、ユズリハ姐さんはむーっと口をとがらせている。


「その、お姐さん。この方は?」


「あぁ、コイツ?ロリコンよ」


「えっ、ろ、ロリコン!?」

ロリコンって、その、あれだよね?


「違う違う!誤解だ!」


「誤解じゃないわよ、ほら。そいつの足元見てごらんなさい」


「え?」

お姐さんが指さす方を見てみれば、青年の足元には小さな子どもがいた。いや、違う。背中から蜘蛛のもふ脚が出ていたのだ。

茶髪に茶色の目なのだが、なんだか目力がめちゃくちゃ強い。でもそんなところもちょっとかわいい……?


「いや、確かにこのこ、もみは俺の嫁だ」


「……え゛」

青年が、もみちゃんと呼ばれたちび蜘蛛を抱き上げる。


「あのっ、たゆらちゃんのように大きくなれるとか?」

「いいえ?あのこは正真正銘ちび蜘蛛よ」


「あ……っ」

だから、ロリコン!!


ハッとして青年を見れば、


「いや、誤解しないでね!?確かに嫁だけども、手を出すのはもみがおとなになってからだ!今はただ、かわいがっているだけだから!やましいことは何もしていない!!」


「ん」

もみちゃんがこくんと頷く。


「もみちゃんが、そう言うのなら?」

「まぁねぇ。もしやったら、蜘蛛女総出で暴れてやるから」


「いや、やめてって。本気で山が崩壊するから」


「山、ですか?」


「そうそう、俺は山のヌシをしているからね」


「ヌシ!!」

よく知らないけれど、妖怪を語る上でも強く時に神に近い存在である。


そんな方が……。


「ロリコンなのよねぇ」

「だから違うって!」

でも何だか、お姉さまとのやり取りに苦笑してしまう。


「花嫁ちゃんは信じてくれるよね!?俺、ロリコンじゃないから!」


「え、えぇと」


「だっこ」

不意に、ヌシさまの胸元のもみちゃんが腕を伸ばしてくる。


「えええぇぇぇぇっっ!?もみが俺以外に抱っこをせがんでえええぇぇぇっっ!?」

そんなにショックだったのだろうか。でもお姐さんの勧めでそのままもみちゃんを抱っこさせてもらえば、もみちゃんはすりすりと頬を擦り付けてくれる。


「かわいい」


「まぁ、もみがかわいいことは否定しない」


「そう言えば、もみちゃんは何の蜘蛛なんですか?」


「ん~?ツチグモだよ」


「ツチグモ!?」

あの、テレビとかで見る!?

朽葉さんの親戚だと聞くが、実際のツチグモを見るのは初めてである。


「いや、何を想像したかちょっと分かるけど。そう言うツチグモじゃないから。普段は土の中でゆっくり過ごしたがる引っ込み思案の土蜘蛛ね。だから、君に懐いたのは不思議だなぁ」

「ふゆはちゃんは蜘蛛たちにモテるのよ!」

想像していたツチグモとは違うってこと?思えば、朽葉さんもツチグモの仲間と聞いたけれど、そういう感じじゃない。

そもそも口から糸は吐かないらしい。


もこもこなのは、変わらないけれど。


それにしても。

ちび蜘蛛ちゃんたちに懐いてもらえるのは、嬉しいかも。

なでなでともみちゃんを撫でてあげれば、リラックスしたかのようにうとうととしている。


「うぅ~、もみが完全に俺からシフトチェンジしてる~」


「いいじゃない。アンタはウチの長と会談でしょうが」

「まぁ、そうなんだけどね」


「しずれと?」


「うん。妖怪同士、色々と付き合いがあるからね~。俺がこっちで会談する時は、もみにはここのちび蜘蛛たちと遊ばせてるし。暫く頼むよ」


「は、はい!」

そう頷けば、ヌシさまはふらふらと歩いて部屋へ入っていく。その後にはお付きと思われる妖怪たちが続く。

何だか一瞬、その中のひとりと目が合った気がした。でも、気のせいかな?顔の上半分に天狗の仮面をつけているし。ただ人間の花嫁だから、珍しくて見ていただけかもしれない。


「ヌシさまは、天狗さんたちと来ていたんですね」

「そうねぇ。あれの山には、天狗たちも住んでるからね」

そうなんだ。天狗が住む山と言うのも聞いたことがあるけれど、あのヌシさまの山に住んでいるのか。まぁ、住んでいると言っても相手は高位妖怪だ。私はしずれの花嫁になったけれど、恐らく関わることもほとんどない。


鬼の長さまや鬼たちとは……桜菜さんとは仲良くしてもらっているけれど、それほど関りはないし。


「あぁ、そうだ!私、会談の手伝い頼まれているんだった!それじゃ、あとはちびちゃんたちと楽しんでね!」


「はい、お姐さん」

会談のお手伝いということでぱたぱた駆けていくお姐さんを見送れる。

そして腕の中にいるもみちゃんと目を合わせ、いいこと髪を撫でてあげる。


「ほかのちび蜘蛛ちゃんたちと遊びに行こうか」


「んっ」

こくんと頷くもみちゃんは、次の瞬間ぴょいっと私の腕から飛び降りる。


「こっち」


「分かるの?」


「うん」

ちび蜘蛛同士だと何か感じ合うものがあるのだろうか。もみちゃんについて進んでいけば、何か後ろに視線を感じたような気がした。


「だれ……?」


不意に後ろを振り向いても、誰もいない。蜘蛛ちゃんか、それとも無口な蜘蛛さんだろうか。ついこの間まで猫妖怪だと思っていた猫さんやたゆらさんのような無口な蜘蛛さんだと、たまに気が付いたら後ろにいたりするのだが、それもない。


しかしその瞬間、足元が怪しく光り出す。


「な、何っ!?」


「ふーっ」

私の名前を呼んでいるのか、慌ててもみちゃんがジャンプして私の胸元に飛び込んでくる。そして景色は反転した。


――――そして目を開ければそこは、大蜘蛛の屋敷ではなかった。


「ここ、どこ?」


「やま」

腕の中のもみちゃんがそう告げた。

え?や、ま?


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