第2話 大蜘蛛の屋敷


――――ここは大蜘蛛の屋敷。妖怪の屋敷となれば、もちろんほかの妖怪たちにも出会うことになる。


「あら、かわいい子ねぇ」

「蜘蛛……恐くないの?いい子……!」

「あなたもたまにはいい仕事するじゃない!」


「あの……えとっ」

初めての大蜘蛛の屋敷を物珍しげにキョロキョロと見ていれば、いつの間にか美しいお姉さんたちに、こうして捕まってしまったわけである。角が生えていたり、背中からもふもふの蜘蛛脚が生えていたり。彼女たちも間違いなく、妖怪である。


「蜘蛛女ども。ふゆはは俺の花嫁だぞ」

大蜘蛛が不満そうに漏らすが、蜘蛛女たちは涼しく笑いながら払いのける。


「別にいいじゃないの!大蜘蛛の長の一族の後継者はあんただからそうなってるけど、蜘蛛は基本、女の方が強いのよ!」

そう豪語したのは、黒地に金のメッシュの髪を腰まで伸ばした蜘蛛女。瞳は切れ長で、金色。体型はボンキュッボン。外見上はボンキュッボンな和装美女である。


「私のことはみんなキイナ姐さんって呼ぶからそれでいいわ。よろしくねっ!」

そうフレンドリーに返してくれる。


「それに花嫁さん、かわいい、です!」

続いて、もじもじしながら告げたのは、人懐っこそうな、茶髪に茶眼がたれ目がちでとてもかわいらしい大和撫子風美女である。

しかも背中からはもっふもふの蜘蛛脚を出しており、どんなもふもふ心地なのかとついつい気になってしまう。


「私は、シボグモモドキ……ゆららです……!」

ええと……シボグモ……ではなく、もどき?でも、蜘蛛女……で合っているのよね……?


「さぁ!今日は宴ね!酒出しなさいな酒!」

そして元気に声をあげたのは、腰まである長い黒髪に瑠璃色の瞳、頭からは黒い2本の角が伸びているボンキュッボンの和服美女だった。


「そして、彼女はユズリハ姐さんだ」

しずれが紹介してくれれば、早速。


「ふゆはちゃんも飲むでしょ?うふふっ」

ユズリハお姐さんが酒瓶を掲げてきたのだ。


「い、いえ、私はその、20歳まで飲めないので」


「あら、残念。じゃぁ、私たちがその分飲むわねっ!!」

「むしろ最初からそれ以上飲むつもりだろうこの蜘蛛女どもめ」

そう彼は悪態をつきながらも、賑やかなお姐さんたちをとても微笑ましそうに見つめている。


「ではまずは部屋に案内する。姐さんたちも自分らの部屋に戻れ」


「じゃぁ私たちも行くわよ」

と、キイナお姐さん。

「そうよね。オスはみんな、狼なのよ」

と、ユズリハ姐さんが続ける。


「いや、俺たちは蜘蛛だろう!?」

思わず彼がそう返すところは、何だか楽しそうでもある。


「大丈夫よ、ふゆはちゃん。いきなり口から糸出してぐるんぐるんにされたりしないように、私たちがついていてあげる」

……口から……っ!そう言えばそう言うのをテレビで見たような。


「そもそも、俺は口から糸を吐く蜘蛛じゃないから」

「私の仲間はテレビでよく吐いていますけどね」

そう、朽葉さんがくすりと微笑む。


「えと……テレビで……?」

私が首を傾げれば。

「私はエゾトタテグモと言う、土の中に巣を作って暮らす蜘蛛の仲間ですよ」

そうか……土蜘蛛……!


「そう、なのですか?ちょっと見たかったです」

「それなら、今度見掛けたら見せてもらおう」

彼が優しく微笑んでくれる。


「は、はい!」

そうして話していれば、彼が部屋の前で立ち止まり、襖を開ける。


「さぁ、ここが俺とふゆはの部屋だ」


「えっと、私と、あなたの……」


「しずれでいい。そう呼んでくれ。ふゆは」

大蜘蛛が、そう告げてくれる。ずっと呼んでもいいのか、迷っていた。名前と言うのは、妖怪にとっては重要なものだから。


「あの、し、しずれさま?」


「さまは不要だ。しずれで良い」


「そ、それじゃぁ……しずれ」


「うむ」

しずれが頷いた瞬間。


「にゃ?」

「ん」

「ぬししゃまのへや!」

いつの間に付いてきたのか、にゃーちゃんがちび蜘蛛たちと共にとてとてと中に入っていく。


「あの、にゃーちゃんっ!?」

い、いいのだろうか……?


「構わん。ちび蜘蛛たちだ。部屋にいつの間にか蜘蛛がいたりするだろう?多くの人間は悲鳴をあげるのが残念なことだが」

確かに……ヒメあたりは悲鳴をあげそうだ。にゃーちゃんたちはあんなにかわいいのに。


「それはそうと。ほら、ふゆはもおいで」

しずれが部屋の中へと招いてくれる。


「あの、一緒の部屋、なのですか?」


「もちろんだ。夫婦なのだから」


「ふ、ふうふ」


「そうだな。まだ夫婦の契りは結んでいないが、だがふゆはは俺の花嫁だ。特別な契りを結ぶかはどうかは、答えは先でいいがな」


「その、特別な契りと言うのは……」


「まさか、知らないのか!?」

しずれが、ちび蜘蛛たちとは別にしれっとついて来ていた蛇さんを振り返る。


「それは私の義務ではなかろうに」

蛇さんがしれっと告げれる。


「だが、ふゆはは私のお気に入り。気に入らぬことがあれば言うが良い。私が守ってやろう」

そう、私に顔を近づけて微笑む。蛇さんも共にいてくれるから、ここでも心強い。そう感じていた時、不意に腕が巻き付いて来たと思えば、しずれにぎゅっと抱き締められていたのだ。


「あ、あのっ、しずれ!?」

「ふゆはは俺が……」

しずれが独占欲を全開にしようとするが、横からひょっこりと顔を出したユズリハ姐さんたちが続ける。


「でも、メスの方が強いのよ?」

「虐められたらいいなさいな?叩きのめしてくれる」

「姐さんたちはマジでヤバいから。特に酒入ると酒豪なんて生易しい言葉では済まない酒乱だろうに」

しゅ……酒乱!?


「……と言うかお前ら!何でついて来てるんだ!俺とふゆはの愛の巣に!」

「あ、あいの、すっ」

しずれが放った言葉に、思わず頬が熱くなる。


「いいじゃない!何でちびちゃんたちが良くて私たちがいけないのよ!」

「いつの間にか酒持ち込んで飲もうとしてるからだよ!いくら蜘蛛女が強いとはいえ、長の部屋にこうも堂々と……」


「ふゆはちゃんが襲われないか、心配、ですっ!」

ゆららちゃんがそう言ってくれるのは……なんだか尊い。

しかしお姐さんたちとしずれのやりとりは、まるで仲のよい姉弟のように微笑ましくも映る。


「この俺が、ふゆはを襲うはずがない。どこまでも大切に、愛でてやろう」

「……っ」

さらに頬が熱を持つのを、しずれがにこりと見つめてくる。


「ほら、襲う気よ!」

「性的に!」

いやいや、お姐さんたちったら何を……っ!


「その、ふゆはが嫌がることはしない」


「……しずれ」

だがそう、言葉をかけてくれるしずれの優しさは嬉しいものである。


「俺と寝るのは、嫌か?」


「い、嫌ではっ。……だけど、私で、いいの?」

「ふゆはがいい。ふゆはでなくてはだめだ」

そう告げれば、私の額に前髪越しで口づけを贈る。


「ひぁっ!?」


「ちょっと、いきなりちゅーとかダメじゃない!私のふゆはちゃんに何してんのよ!」

お姐さんが叫ぶ。


「ふゆはは俺の花嫁だぞ!誰が姐さんのだ!」


「いいじゃない!全ての女の子は私の妹なんだから!」

極論すぎるけど……でも何だか、お姐さんならとも思ってしまう。


「まぁまぁ、皆様方。ふゆはさまもお疲れなのですから」

そう朽葉さんが告げれば。


『はぁ~い』

お姐さんたちが一同に諦めたように返事する。

「いや、何で朽葉の言うことは素直に聞くんだ」

しずれが呆れたように漏らしていた。


「何かあったら呼んでくださいね。すぐに参りますから」

そう、蛇さんが告げれば、しれっとそこにいたおっきな方のネコハエトリのねこさんも頷く。

いつの間に、いたの……?いや、さっきからいたんだろうが。蜘蛛と言うものは。本当にいつの間にかそこにいるものらしい。


「さて、暫くふたりでゆっくりしてようか。夕餉までは時間がある」

「は、はいっ!」

緊張しつつも頷けば、ようやっと夫婦の寝室に足を踏み入れ、朽葉さんが見送る中、襖が閉じられる。


「あぁ、やっと静かになった」

ほっと息を吐くしずれに対し……。


「にゃ?」

「ふかふか」

「ぴょーんっ!!」

あ、違う。ちび蜘蛛たちはいたのだった!


「にゃーちゃん、お友だちできたんだね」


「にゃっ!」

にゃーちゃんが元気に手をあげてくれる。


「にゃ!」

そしてにゃーちゃんが紹介するように示せば、他のちび蜘蛛たちが集まってくる。

みんなかわいらしい。


そして仲良く遊び始める。じー……っとそれを眺めつつも、ふと、しずれに視線を戻す。


「し、しずれ」


「ん?」


「あの、私は何をすれば?」


「くつろいでくれていい」


「でも、お仕事は」

実家ではいろいろな雑用を押し付けられたが……こちらではしなくていいのだろうか。


「この家では、そのようなものは不要だ。好きに過ごせ」


「好きに、ですか」


「そうだ」


「何、しよう」


「……」


「……」


そうして、10分が過ぎた。


「……あの」


「ど、どうした」


「特別な契りって、何ですか?」


「あぁ、そうだったな。それは……俺と長い時を共に生きるか。それとも、生涯を預け先に逝くか。その選択のことだ」


「それはっ」


「まだ、時ではない。ゆっくり、決めていい」


「あの、私がとの契りを結ばなかったら、しずれはどうなるの?」


「……そうだな。その時も、俺はずっとふゆはを思っている」


「どうして、私なんですか?」


「妖怪とは、一途なものなのだ。好きになったら、もう止められない。俺はふゆはに惚れた。だからこそ、俺の愛を捧げる」


「それは、あの時」


「覚えて、いるのか?」


「……はい。私は霊力がないから。見えたのは、不思議だったけど」


「そうだな。だが、ここでは普通に見えるだろう?」

普通は小さな蜘蛛妖怪ならば、見えないはずだ。けれど、にゃーちゃんたちと遊んでいる手乗りサイズのちび蜘蛛まで目に映るのだ。


「はい」

私は頷く。


「それはもう既に、ふゆはがこちら側に来ているからだ。妖怪が囲いこんだのだ。もう戻れない。こちら側のいろんなことが見えるだろう。だが、人間としての生を終えることはできる」


「それが、さっきの」


「そうだな。俺の花嫁に選ばれたことを辛く思うか?」


「そんなことはっ!私は、その。家を出たかった!……だから、感謝しています」


「俺の方こそ……昔、我が同胞を助けてくれたこと、感謝している」

「は、はいっ」

そうして結ばれた縁。

そしてしずれは私を花嫁として選んでくれたのだ……。



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