第3話 お夕飯の時間
夕食の前に、私はお風呂に案内してもらった。ゆららちゃんに連れられて訪れたのは大浴場である。
「あの……そう言えば、ユズリハお姐さんたちは……」
「うん……既にデキてる……!」
お……お酒が盛り上がってた……!
「だからゆらら、一緒に……入る!」
うん、ゆららちゃんは素面なようだものね。
「いっしょ」
そしていつの間にか、そのにはにゃーちゃんたちと遊んでいた黒髪黒目のちび蜘蛛ちゃんがいた。
「オオオニグモの、子ぐも、さゆちゃん」
ゆららちゃんが教えてくれる。
「メス同士、一緒に、入ろ」
にゃーちゃんたちはオス……のようだったから、さゆちゃんが代表で来てくれたんだろうか。
「よろしくね」
「ん」
さゆちゃんが嬉しそうに微笑む。
そうして私はゆららちゃんとさゆちゃんと、大浴場でお湯をいただいた。
きれいさっぱり、湯から上がれば、湯上がりの浴衣を用意してくれていて、ありがたくお借りしたのだ。
「次はお夕飯……です!」
「うん……っ」
この屋敷に来て初めてのお夕飯だ。私は緊張しつつも、さゆちゃんが抱っこさせてくれたので、ちょっと安心することができた。
※※※
ゆららちゃんにお夕飯の間に連れてきてもらえば、既にしずれが待っていてくれた。
「さぁ、夕飯だ。たっぷりと食べるがいい」
和食中心のメニュー。和食は好きなのでありがたい。しずれが正面の席に座るよう教えてくれて、すとんと腰掛けるのだが……。
「こんなにっ、食べきれるかどうか……」
大きな座卓いっぱいに並べられた食事に、どうしようと躊躇う。
しかし食べなければ失礼になるだろうか。
「問題ない。ちび蜘蛛たちにやってもいい」
そう告げれば、さゆちゃんがこくこくと頷き、さらにはにゃーちゃんやお友だちも共に来てくれた。
そしてちょんちょんと浴衣の袂を掴んでアピールしてくれる。
「あの……食べられないものは」
「妖怪だからな。基本的には何でも食べるぞ。お菓子は特に好きだな」
「にゃーちゃん」
「にゃっ」
名前を呼ぶと、肯定するように頷いた。
「だが……」
「何か、食べられないものがあるの?」
「コーヒーやチョコレートは、ダメだな」
「苦いから、ですか?」
「確かに苦いが。南の蜘蛛妖怪たちはサトウキビやゴーヤも普通に食う。苦いものが苦手と言うかは、酔うんだ」
「酔う?」
「酒を飲んだ時のように酩酊状態になる。蜘蛛妖怪は元々酒には強いんだがな。姐さんたちなんて、しょっちゅう酒乱してるが、それでも強い方だ。だがコーヒーやチョコレートはダメだ。屋敷には菓子は多く置いてあるものの、チョコレートを使ったものはない」
そうなのか。しかしちびちゃんたちが誤って口に入れると大変である。
「初めて、知りました」
「これから色々と知って行けばいい。蜘蛛女たちも聞けば色々と教えてくれるだろう。妖怪の中では、人間に友好的な種だ。テレビで見るようなツチグモのように人間を襲ったり、糸でぐるぐるまきにして食べたりだなどとする蜘蛛妖怪は相当特殊だからな」
意外ではあるものの、彼女たちやちび蜘蛛ちゃんたちを見ていれば、何となくそれが分かるのだ。
「ほとんどが臆病で人見知り。蜘蛛女たちは姐さんたちのように積極的なものもいるし、酒が入ると好戦的になるものもいるが、基本は優しいだろ?」
「はい。みなさん、優しいです」
彼女たちのことを思い出し、ふんわりと微笑む。
「そうそ。だから安心してたくさん食え。むしろ食わないと心配されるぞ?」
「……!は、はい!」
そう勧めると、早速ふゆはがおかずを口に運んでいく。
「どうだ?」
「美味しい、です!」
「そうだろう?みな、ふゆはが来たのだからといつも以上に張り切っていた」
それはそれで、ありがたいものである。一方で……。
「さゆちゃんたちも、食べる?」
「たべりゅ!」
「にゃっ!」
「ちょーだいっ!」
ちび蜘蛛たちが集まってきたので、順番にあーんしてあけまる。
「あっ、えとっ、しずれ!?」
「うん?」
不意にしずれに助けを求めたのは、いつの間にか想像以上のちび蜘蛛たちが群がっていたからだ。たくさん……来てしまった。どうしたら……。
「おいち」
しかもテーブルの上に、手乗りサイズのちび蜘蛛たちまで集まっている。
「ふっ、ははっ」
「しずれっ!あのっ!」
「モテモテだな。妬けてしまう」
「や、やけて?」
「こら、ちびたち。ちゃんと並ぶように!」
しずれがびしっと告げれば、ちび蜘蛛たちが列になって並んでいく。
「う!」
「らじゃっ!」
「ならぶー!」
「その、えっと。順番に?」
「それなら良いだろう?」
「えと、はい!」
「だが、ふゆはもちゃんと食べるようにな」
「わ、分かりました!」
ちび蜘蛛たちにおかずを分けてあげつつも、ちび蜘蛛たちに勧められて、私もおかずを口に運ぶ。その傍ら……ちび蜘蛛ちゃんのひとりごしずれの浴衣の袂を引っ張っている。
「ぬししゃま、ぬししゃま」
「ん?どうした」
「ぬししゃま、ならばないの?」
え……っ!?しずれも並ぶって……あーん……?いやいや、そんなまさか……!
しずれと、目が合う。その……しずれにも……?
「さすがにちびちゃんたちに混ざるのはどうかと思うわよ」
その時、いつの間にか、ユズリハお姐さんが酒瓶を持ち込んでそこにいたことに気が付く。
「……あ、あのっ!」
「ん?何か聞きたい?それともお姉さんのお胸でぱふぱふする?」
「ぱ、ふぱふ?」
「いや、何てことをふゆはに勧めてんだ」
しずれがすかさずツッコめば。
「いや、ふゆは。そこは蜘蛛女ジョークだから、流してくれ」
「えぇっ。別に遠慮しなくていいのに~」
「姐さんはちょっと黙っていてくれないかっ!?」
しずれがユズリハお姐さんをなだめれば、ユズリハお姐さんがすとんと座り、にこにこと微笑む。やはり……とってもキレイな蜘蛛妖怪である。
「それで、ふゆは、どうした?何か聞きたいことでもあるか?」
そ、そうだった!
「あ、あのっ!ユズリハお姐さまとしずれには、角があるんだと思って……」
「あぁ、これか」
しずれが頭から生えた角に手を伸ばす。
「蜘蛛さんなのに、どうしてかなって」
ずっと気になっていた。
「ふむ、そうだな。これは俺と姐さんがオニグモと言う種類の蜘蛛だからだな」
「しずれも、オニグモさん?」
「そうだ。俺はユキオニグモと呼ばれる。オオオニグモでもあるが、一族の者は代々白い毛並みだから、そう呼ばれている。姉さんはマユミオニグモだな」
「そうよ~」
「オニグモだから、鬼角があるんですね」
「そうだな。ま、オニグモには本来角はついていないがな」
「ついていない、のですか?」
「そうそう。オニグモがそう呼ばれる理由は所説ある。触肢が鬼の角のように見えるだとか、胴体の背中が盛り上がっており鬼の角のように見えるだとか。そんなところだ。だが、その名前の縁なのか、ヒト型になると鬼のような角が生えるのだ」
「不思議よねぇ」
ユズリハお姐さんがふふふっと微笑む。
「そうそう、さゆちゃんもオオオニグモよ」
ユズリハお姐さんが腕を伸ばし、さゆちゃんの頭を撫でる。
「でも、角は」
さゆちゃんの頭には、角は見えない。
「まだちびちゃんだからね。でもよく見ると小さな角が隠れているわ」
ユズリハお姐さんがさゆちゃんの髪をかき分ければ……。
「あっ!」
そこに隠れた小さな角を見つけた。
「うふふっ。大きくなれば、自然と角も伸びてくるの」
「そうだったんだ」
「因みに、そう言う名前が縁でそう言った特徴を持つ蜘蛛も多くいる。にゃーちゃんもそうだろう?」
確かにネコハエトリだからか、頭に猫耳のような三角の突起がある。
「それで、にゃーちゃんも!ねこの妖怪だと思ってたんです」
「まぁ、そう見えるよな。この屋敷にいれば、色んな蜘蛛妖怪に出会う」
「はい、楽しみです」
そう頷けば、卓上にあがってつまみ食いをする手乗り蜘蛛たちを微笑ましそうに眺めた。
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