第21話 特別な契り


異空間を抜けた先には一匹の憐れな天狗が転がっていた。しずれが執拗に絡まるように仕込んだ蜘蛛の糸に絡められて。


「貴様!?」

「そう言えば、いつの間にかいなくなっていた!」

「これはどういうことだ!」

天狗たちがそれを見て狼狽える。

そして天狗たちの迫力に思わずびくんとくるが、その瞬間、しずれが優しく抱き寄せてくれて、しずれの匂いに包まれホッとする。


「大丈夫だ。俺の方が強いし、伊吹も八つ裂きにするからな」


「その、や、八つ裂き……?それは、ちょっと」

「ん?まぁ、そうだよな。ふゆはは優しいからな。大丈夫。ふゆはが見ていないところで、やるから!」

いや……そう言うことでは……。


「ヌシさまよ」

その時、私たちの前にずらりと頭を垂れる天狗たちに気が付いた。


「天狗の長よ。これはどう言うことだ。我が花嫁と大蜘蛛の長の花嫁を不当に連れ去るとは」

先程までの嫁バカモードを終了して、霊山のヌシの覇気を纏い、ヌシさまが問う。

中心にいる天狗の翁は、どうやら天狗の長らしい。


「それは誤解でございます。我々にそのような意思はありませぬ。全てはそこの若い天狗がやらかしたこと。もちろん私の監督不行き届き。しっかりと罰しましょう。ですのでこの糸の監獄を解いてはくれまいか」

「糸の監獄、ねぇ。まぁ相応しい表現なのかもしれないな。……決して逃れられないようにねちねちとした執着を込めたから」

し……しずれったら……っ。


「許しを乞うのは私ではない。その糸を放った大蜘蛛の長にしろ。まぁ、私のもみを攫ったことも、許してはいないが」


「それはっ!申し訳ございません。そして大蜘蛛の長殿」


「何だ、天狗。因みにフユメもかんかんだぞ」


「うぐっ、フユメさまがっ」

天狗の長もちゃんとおじいちゃんのことも知っているか。


「ただで許すわけにはいかない。まずはそいつの言い分を聞くとしよう」

パチッと指を鳴らせば、私を拐った天狗を絡ませていた糸が一瞬にして消える。


「はぁっはぁっ」

息を粗くして横たわる天狗に、天狗の翁が駆け寄る。


「貴様ぁっ!何故このようなことをした!さらにはヌシさまの花嫁を攫うとは、何事か!」


「わ、私はヌシさまの花嫁だなんて知らなかった!勝手に付いてきたんだ!ちび蜘蛛の見分けなどつくか!」

天狗の若者が叫ぶ。


「ウチのもみが分からない?は?死ねば?」

ヌシさまの目は本気である。

「そ、その。もみちゃんは私が攫われそうになったから、付いて来てくれたんです!」

私が告げれば、もみちゃんがこくんと頷く。


「もみちゃんも立派な蜘蛛女ね!これぞ蜘蛛女の根性よ」

ユズリハお姐さんもうんうんと頷く。


「こんなに小さいのに、もう蜘蛛女根性を身に着けているとは。霊山は立派なかかあ天下になりそうだ」

しずれがぼそりと気になることを呟いた気がするのだが。


「それで?貴様の狙いは我が花嫁だったということか?」


「と、当然だ!」

若い天狗が叫ぶと、何故と失望する天狗の声がぽつりぽつりと響く。


「大蜘蛛なんかより、天狗の方がいいに決まっているだろう!」


「……は?花嫁攫いの上にヌシにケンカを売った天狗の方がいいと?バカじゃないのか」


「大蜘蛛のような化け物に嫁がされるふゆはが哀れだ!」

「大蜘蛛のような化け物、ねぇ。確かにそう言う不安はあった。けれどふゆははどこまでも優しく、俺を慕ってくれている。それに……貴様がふゆはの名を呼ぶな」


「何をっ!」


「ふゆはは渡さん。俺の花嫁だ」

「私も、です。私も、しずれの花嫁でいたい!」

力強い声で告げる。こんなにもはっきりと力強く主張できるなんて。実家にいた頃は考えられなかった。


「そんな、何故っ!天狗の方が優れているはずだ!」


「そうなのか?確かに神通力を操り妖力も強いが、それで山を栄えさせることはできまい?」

「そうそう。霊山も、多くの植物やそれを生かす生物たちがいなくてはただの禿山だ。天狗だけいても、ヌシだけいても成り立たない。それに此度の愚かなことをした貴様は、確実に優れていないぞ」

しずれの言葉に続き、ヌシさまも冷たく言い放つ。


「報いは受けてもらう」

「何がいい?」

にっこりと笑むヌシさま。


「え~と、何にしようか?」

おどけたように告げるしずれに、翁が頭を下げる。

「八つ裂きだけは、ご勘弁を!」


「これ、長の息子ね」

と、ヌシさまが若い天狗を指す。そうか。今は長としてではなく父親として慈悲が欲しいと……。だがしかし、それは天狗たちの同胞意識でもあるのだろう。


「そうだな。蜘蛛の捕食方法を知っているか?」


「え、何よいきなり」

ユズリハお姐さんが首を傾げる。


「糸でがんじがらめにして……」

そしてユズリハお姐さんが呟けば。


「消化液を注入するだろ?そして……」


「とかしゅ!」

最後にもみちゃんが元気に声をあげる。


「そしてそのドロドロに溶けた中身を吸うんだ。消化液で殺菌消毒もしてある。これをやることで憎い相手でも不味くなく栄養源にできる。殻は食わないから、天狗どもにくれてやる」

そう告げれば天狗たちがさああぁぁぁっと青褪める。


「知らなかったのか?よく蜘蛛は糸でぐるぐるまきにして、バリバリ獲物を食うイメージを持たれるが、実際は優雅にいただくのだ」

しずれが満足げにそう告げる。


――――そして極めつけが。


「溶かしてやろう」


「ひぃっ!?」

若い天狗が恐れおののく。


「だが、ふゆはの前でもある。良かったな」


「え?」

若い天狗が意味が分からないと頭の上に「?」を浮かべる。


「その翼は、外殻に含まれないんだ。知っていたか?」

そしてしずれが若い天狗の翼に向けて手をかざせば。


どろぉっ


大量の消化液が若い天狗の上から落ちて来て、翼の羽毛を溶かしていく。ついでに髪も溶かした。


「おめでとう、手羽先つるっぱげ、ついでに頭も」


「ぎゃあああぁぁぁぁぁ――――――っっ!!!」

若い天狗の憐れな悲鳴が響いたが、それに同情する天狗はいなかった。


「今後あいつは、翼と頭が禿げた憐れな天狗として生き恥を晒していくのだろう!あっはっはっ!」

しずれの高笑いに、お姐さんもまた続ける。

「えぇ、これで全て解決。これぞ蜘蛛女根性よ!」

「消化液かけたの……俺だけどな――――」

息のあった姉弟が笑う中、ヌシさまも笑い出す。


「あっはっは!これはお見事!今後同じことをしたら……山の蜘蛛たちに頼んでつるっぱげ刑を執行しよう!」

ヌシさまが爆笑しながら告げれば、それだけはご勘弁をと天狗たちが泣き縋る。


いや、しなければいいのだ。これからは、しなければ。


「では、帰るか」


「うん、また会いに行くねぇ~」

泣きじゃくる若い天狗、重々しい空気の天狗たちを尻目に、ヌシさまはルンルン気分でもみちゃんを抱っこして去って行った。


※※※


帰りは隠れ帯を通り、屋敷に戻って来た。寝室ではさすがにお姐さんたちも気を使ってくれて、しずれとふたりきりだ。今夜はちび蜘蛛ちゃんたちもいない。お姐さんたちが気を回してくれたのだ。


「恐い思いをしただろう?」

「あの、少し。でも、もみちゃんも一緒だったし、しずれがたくさん守ってくれたから」


「そうか。そうだな。保険はたくさんつけておいたし」


「あの、しずれ」


「……ん?」

今こそ、ちゃんと告げたい。私は……。


「私、しずれと同じ時間を生きたい」

しずれの花嫁でいたいのだ。ほかの誰でもない。


「……っ!?それは、俺と寿命を同じにするということでいいのか」


「うん」


「それは、知っている人間たちが先に逝くということだ。友も、家族も」


「友だちは、異母妹がいたから。なかなかできなくて。私の悪い噂、流す子だったから。ヒメが悪い噂を流しても仲良くしてくれるひともいたけど、そんなひとたちでさえヒメは利用したの。時には金を使い、時には色仕掛けを使い……。だからそれに私の家族は、おじいちゃんとにゃーちゃん、ねこさん。そして、しずれたちだよ。だから私は、しずれたちとちゃんと家族になりたい」


「俺たちと……」


「桜菜さんも、イサザさんもそれを願って、選んだんだよね」


「あぁ、そうだ。あの2人も、伴侶の家族として共に生きることを選んだ」


「私も同じ時を生きたい。しずれが悲しくて、寂しい思いをするのは、嫌だから」


「俺が……」

しずれは暫し考え込んだあと、口を開く。


「俺と、生きてくれるのか」


「うん。私も、寂しくて悲しいのは知ってる。おじいちゃんたちが一緒にいてくれたけど。それでも、ここでの生活を知ってしまったら。一緒に生きたいと思ったから」


「そうか、嬉しい」

しずれが私を優しく抱き寄せ、唇にそっと口づける。


「……あの、特別な契りは」


「これが、そうだ。花嫁の意思を聞き、そして俺の妖力を流し、その魂に刻む。同意がなければ、拒否反応を起こす。それでも無理矢理やりそうな鬼を一匹知っているが……それはそれ、こっちはこっち。ふゆはが受け入れてくれたのなら」

しずれの言葉に、私も深く頷きを返す。

すると再び、しずれが私の唇に口づける。すると……。


「身体が、あつい」


「大丈夫、すぐに慣れる」


それは、一瞬のこと。妖怪の溺愛を示すかのような熱情。


でもその熱が冷めても、この愛が薄れることはない。


「一生放さないからな」


「しずれ」


「共に生きよう」

長い長い妖怪の、時を。


「うん」


そして更に祝福の口づけを交わすのだ。


(完)



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