第15話 蛇と孫娘


それは会合から帰ってきて暫く経った、ある日のこと。


「すっかり、増えちゃった」

この頃夫婦の寝室に増えたもふもふのぬいぐるみたちを眺める。


「もふふわ」

さゆちゃんがそのうちの一匹をぎゅーして見せてくれる。


「うん、さゆちゃんのオオオニグモ」

最近は蜘蛛の名前も覚えてきたお陰か、ちび蜘蛛ちゃんたちが喜んでくれる。


「にゃっ、このこ」

そしてにゃーちゃんが見せてくれるもふもふなぬいぐるみは。


「ネコハエトリ」

「にゃっ!」

相変わらずかわいいなぁ。因みに本物のネコハエトリには猫耳状の突起がない。

以前モデルとして蜘蛛の姿なってくれたにゃーちゃんが見せてくれた。


「ゆららちゃんにたくさん習ったから」

そして最近は、ユズリハお姐さんたちに刺繍も教えてもらっている。


「でも……」

「ん?」

近くにとてとてと来てくれたたゆらちゃんがどうしたのかと見上げてくれる。


たゆらちゃんはちび蜘蛛ちゃんたちの中でもとても頼りがいがあると言うか……さゆちゃんたちよりもお兄さん……なのだと感じる。


「私もしずれに何か……あげられないかなって思って……」

いつもたくさんのものをもらっているから。


「でも、お金がないし」

お裁縫の材料は、お姐さんたちが出してくれている。予算はそもそも、しずれが持っている一門の予算らしいし。


「ならばここはじいじに任せておけ」

唐突に現れたのは、蛇のおじいちゃんだった。


「でも……」

「ほれ、じいじから孫娘への小遣いぞ」

おじいちゃんが手渡してくれたのは、正真正銘のお札である。それも、人間の社会で使えるものだ。


「これ、どうやって……!?」

まさか何か違法なことをして稼いだんじゃ……いやいや、おじいちゃんに限ってそんなことは……。


「じいじの脱皮した後の殻を使ってな。売れば多少の稼ぎになる」

「そんな……大事なものを……っ」

「なぁに、昔から、人間の世で遊ぶ時はそうしたものよ。それに、孫娘に小遣いをやるのも、じいじの楽しみなのだぞ?」

「そうなの……?」

「うむ、だから欲しいものを買っておいで」

「……うん、ありがとう。おじいちゃん」


お金は何とかなったけど……。


「人間の街にはどう行けば……」

ここは妖怪側だと分かってはいるけれど、自分だけで自由自在に行き来できるわけではない。


「隠れ帯を使うの?」

迷わないで行けるだろうか。隠れ帯にほかの蜘蛛たちがいればいいのだが。


「ヌシさまに、そうだん」

たゆらちゃんがそう告げる。


「でも、しずれにバレてしまわない?」

しずれに、何かプレゼントをと思ったのだが。


「材料だけならバレないだろう。それよりも、その時買ったものが後に自分へのプレゼントとして返ってくる……なかなか粋ではないかえ?」

確かに……そうかも。


「それじゃぁ……」

「まずはしずれ坊に相談だな」

私はおじいちゃんの言葉にこくんと頷いた。


そしてしずれの書斎へ向かえば、快く招いてくれた。


「……買い物に行きたい……?」


「う……うん!」

突然の申し出に、やはり驚かせてしまっただろうか。


「買いたいものがあるのなら、こちらで注文する。金のことは気にするな」


「そ、それは、そのっ!自分で買うから!」

しずれにお金を出させては、せっかくのサプライズが……!


「え゛……ちょ、ちょっと待て。欲しいものがあるなら、買える。月や空なんかじゃない限り、山でも島でも宝石でも買ってやれるぞ。それだけの財力はある!そして花嫁に貢ぐのは妖怪としてもごくごく普通だ!!」


「えっと、山?」

何かしれっととんでもないものが混ざっていたのだが。


「……欲しいか?」


「い、いや……それは、いいかな……?」

山をもらってそもそもどうすれば……。管理も何も分からないのに。


「では島にするか?」

「そういうことでは……っ!」

スケールがもっと上がってしまった……!


「あの、自分で選びたいので」


「選ぶとは、何を」


「あの、糸を」


「糸?なら出してやろうか?俺の場合は尻から出るが」


「尻!?」

そう言えば、蜘蛛だもの。本性は大蜘蛛なのだ。糸は自分で生成できるだろう。


「うむ、口からは出せぬしな」

口から出すのはゆやちゃんなど、限られた蜘蛛の特技なんだっけ。


「えと、その糸じゃなくてっ」

「違うのか?」


「今、お姉さまたちにお裁縫を教えてもらっていて……。それで私も糸を選びたいなって」


「そう言うことなら、俺も行こう。何かあっては困るからな」

一緒に行く流れに……自然となってしまった。


「それに金も俺が出すぞ?」


「い、いえ!おじいちゃんにお小遣いをもらいました!」

「く……っ、先を越された……っ!マジで孫娘扱いだな、あの蛇爺」

しずれが本気で悔しがっている……。


「それくらいいいではないか。孫娘をかわいがるのは老生の楽しみだ」

不意におじいちゃんが現れふふふっと嗤う。


「これもジジイ孝行だと思ってやれ」

そして不意にナガレさんまで現れ、しずれに告げれば、いよいよ折れたかのように溜め息を吐いた。ナガレさんもまた、しずれにとってはおじいちゃんのような存在なんだよね。いや……むしろほかの蜘蛛たちにとっても。ちび蜘蛛ちゃんたちは、よく『じいじ』と呼んで懐いているようだし。


「ふぅ……仕方がないな。では、早速明日にでも行こうか」

「うん」

こうして、私たちは一緒に買い物へ行くことになった。久々の人間の街。取り留めて変わってはいないだろうが……少し、ドキドキする。


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