第10話 会合の知らせ


――――先の騒動から、早数日。


「妖怪の、会合に……?」

そのようなものがあると、聞いたことはあれど。もちろん私が行ったことがあるわけではない。


「うむ、そうだ」

しずれが頷く。


「妖怪と、それに古くからかかわりのある人間が招かれる。主催は鬼の一族だ。今回は長が嫁を紹介しろとしつこくてな」

「鬼の……長」

その言葉にビクンとくる。しかし……もしかしたらとは思っていたけれど。私や、ヒメたちが思っていることと、事実は違うのではと思い始めている。


「あの……ヒメは、鬼の長の花嫁になると聞きました」

「……鬼の長の?ふふ……っ、はははっ」

しずれが笑い出した……っ!?


「そうかそうか……あの娘の強気な態度は……そう言うことか?なるほどな……だが、それはあり得ない。長は既婚者だ」

「……既婚者……」

「そ。妖怪の間では広く知られているが……」


「私はそう言う場には連れていってもらえなくて……そう言う場に連れていってもらえるのは、ヒメたちだけで……」

「ふぅむ……なのにあの小娘は自分が長の花嫁だと思い込んでいたのか……?確かにあのひとは、花嫁をみなの前に連れていきたがらない。それで長の近くに花嫁がいないから、自分が長の花嫁だと……?滑稽だな」

やはり鬼の長の花嫁はヒメじゃなかったのだ。なら、ヒメは誰の花嫁なのだろうか……?疑問は残るが……。


「でもどうして……長は花嫁を人前に連れてこないのでしょうか」

「それだけ大切だからさ。でも俺が呼ばれているのなら、ホウセンカ姐さんもついてくる確率が上がるし……。ホウセンカ姐さんも長が嫁を連れてくると思って顔を出すからな」

「ホウセンカお姐さん……?」

「長の嫁と仲がいいからなぁ」

だから長も、花嫁さんを連れてくる……。


「どんな……方々なのでしょうか」


「そんなに緊張するな。長は別に恐ろしい存在じゃない。俺たちにとってはな」


「どういう、こと?」


「長は蜘蛛に借りがあるんだ」


「借り?」


「うむ。だからふゆはに酷いことは決してしない。それに花嫁も人間から妖怪の花嫁となったおひとだ、ふゆはにとっても、いろいろとためになる話を聞けるかもな」

同じ人間から妖怪側の花嫁になった方だから……。


「ホウセンカ姐さんたちも、朽葉たちももちろん一緒に行くから、危険はない」

「それなら……みなさんが一緒なら、安心ですね」


「あぁ、もちろんだ」

私が胸を撫で下ろせば、しずれがそっと微笑んでくれる。


「そうだ、私たちからもプレゼントがあるの~」

そして会合の話を済ませれば、不意にキイナお姐さんが後ろからぎゅっと抱きしめてきたのだ。ほかにもゆららちゃんや、ユズリハお姐さんもいる。


「あの、ふ、ふゆはちゃんっ!」

もじもじしながらゆららちゃんが口を開く。


「ゆららちゃん?」


「えと、ね、はい!」

照れながらも、ゆららちゃんがじゃーんとそれを掲げて見せる。


「もふっ」

ゆららちゃんが私の胸元にそれをもふっと押し付けてくれる。

「く……蜘蛛さん!?」

驚きつつもそのもっふもふなそれを抱きしめる。


白い毛並みの、蜘蛛のぬいぐるみ。ちょうど抱きかかえてちょうどいいくらいの大きさである。


「真っ白雪のような毛並みのユキオニグモ……です!」

それってしずれの……っ。

さらに蜘蛛の背にはオニグモ特有の美しい刺繍がある。


「刺繍は私たちも手伝ったの」

ユズリハお姐さんが教えてくれる。


「もふもふで、かわいい!」

「えへへっ」

心地よいその毛並みを撫でると、ゆららちゃんがにっこりと微笑んでくれた。


「やはり、かわいいな」

しずれの声が届く。しずれもこの子のことを……?しかしその時、しずれがひょいっと私ごと腕の中に納めてきたのだ。

「……っ!?」

突然なことにびっくりしていれば、お姐さんたちから抗議の声が上がる。


「ちょっと、ずるい~~っ!!」

「これは夫の俺の権利だ!」

そう豪語するしずれは……ちょっと大人げなくて、そしてそこもかわいらしい。


そんな穏やかな時間を過ごしていれば、不意にしずれが一匹の蜘蛛妖怪を連れてきた。


「……このこは?」

「あぁ、たゆらと言って、オオオニグモだ」

ユキオニグモのぬいぐるみを脇に座らせてあげれば、しずれがさゆちゃんよりも少し大きなサイズのちび蜘蛛ちゃんを抱っこさせてくる。

髪は黒髪黒目、ぼんやりとした表情だが……。


「何かあったとき、たゆらが護衛を担う」


「でも、小さいのに」


「たゆらは小さいが、強い。心配ない」


「そうなの?たゆらちゃん」


「ん」

たゆらちゃんがこくんと頷く。


「それじゃぁ、よろしくね」

ふんわりと微笑めば、たゆらちゃんが再びこくんと頷く。

因みにちび蜘蛛たちは見た目以上に軽い。

抱っこしていてもぬいぐるみと変わらぬくらいである。なでなでとたゆらちゃんの頭を撫でてあげれば、うとうとと気持ち良さそうにしている。


「会合で妙なことをする妖怪はいないとは思うが、念のためだ。会合には妖怪と懇意にしている人間も来る。ほとんどは大妖怪たちの機嫌を損ねないよう必死だが、そんな重要なことも分からず美しい妖怪に惑わされる人間は、どこにでもいる」

たとえばヒメのように……と言うことか。


「それに妖怪に於いても、狡猾なやつは狡猾だ。愚かに嫉妬に狂い遊びで手を出すものもいる。大抵は大蜘蛛の妖力の気配に手を引っ込めるがな」

妖怪はただ花嫁を溺愛するだけじゃない。時には人間に危害を加えるし、自分の花嫁に手を出されれば激怒する。

今までは鬼の長の花嫁だと豪語するヒメを恐れていた。今はヒメは長の花嫁ではないけれど、鬼に見初められていることは確かである。

だが……しずれが側にいてくれるなら、お姐さんたちも一緒なら……。

それに。


「ん」

たゆらちゃんも任せろとばかりに頷いてくれる。


「そうそう。あとな、会合には隠れ帯を通っていく」


「隠れ帯?」

着物の帯ではない……よね?


「あぁ、楽しみにしていてくれ」

しずれがそう言うのなら、楽しいところ……なのだろうか……?

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