第9話

会場の照明が消えて、非常灯だけが会場を薄暗く照らす。

所々から悲鳴が上がる中、ステージ上のブローチを飾るガラスケースの前に人影が降り立つ。


黒いカッターシャツに濃い紫のスーツ。

更には同色のロングコート。

手袋も同色。

深く被っている中折り帽子も濃い紫で揃えている。

だけど仮面は白。

そしてシンプル。


僕と全く一緒。

正しく大悪党、怪盗ナイトメアのスタイルだ。


なかなかの再現度じゃないか。

なんかちょっと嬉しいな〜


「田中君。

カメラを回すんだ」

「もう回してますよ」

「流石だよ田中君。

君は最高のカメラマンだ」


こんな中でもカメラ回すとか、なかなかのプロ魂だ。

感服するね。


偽者君がガラスケースに手を伸ばす。

その手を停電の中いち早く動いた義姉さんが掴んだ。

そのまま捻り上げる。


「ナイトメア!

逮捕するわ!」


偽者君は無言で捻られた逆向きに高速で体を回転させて義姉さんを振り切る。


あっ、その反動で弾き飛ばされた義姉さん尻餅をついちゃった。

大丈夫かな?

よかった、怪我は無いみたいだ。

……こいつ殺そう。


「ナイトメア。

今日こそお前を逮捕する」


イケメン警視が舞台に上がって上着を脱ぎ捨てた。

そしてファイティングポーズをとる。

あの構えはボクシングだ。


襲いかかる偽者君。

その攻撃を躱してボディーを入れるイケメン警視。

怯んだ偽者君の顎にフックを入れてからのアッパーのコンボで偽者君はダウンした。


会場から拍手が湧き起こる。

そんなの気にしないかのようにイケメン警視はナイトメアの両腕に手錠をかけた。


「監督。

ナイトメアやられちゃいましたよ。

しかも呆気なく」

「あんなのナイトメアでは無いわ。

田中君。

もういいぞ。

私は帰る」

「ちょっと待ってよ」


落胆する監督に僕は声をかけた。


「もしかして、本物のナイトメアを見たいの?」

「ああ、そうだ。

そして映像に収めたい。

映画に出てくるナイトメアで無く。

あんなチンケな偽者でも無く。

あの人智を超えたナイトメアを」

「そうなんだ。

ならカメラ回し続けときなよ。

きっといい物が撮れるからさ」


僕はそう言って舞台に向かって歩く。


声は小さい。

だけど確かな熱量のある言葉だった。


本当は全てがはけた後の舞台裏にお邪魔するつもりだったけど、あんな言葉聞いちゃったらね〜

応えてあげたくなっちゃうよね。


「おや?

君は確か尾崎 八枝さんのマネージャー?」


イケメン警視が舞台に上がった僕を見た。


「ああ。

夢野 奏多。

そう名乗っている。

だけどそれは一抹の夢」


僕はゆっくりと歩きながら姿をイケメン警視へと変える。


「夢現つの中で見る虚ろな幻」


今度はファンサービスで監督の姿へと変わる。


「そして幻は悪夢へと堕とす」


そしてナイトメアスタイルに変身する。


「俺の名はナイトメア。

今宵、悪夢へ誘う」


決まった。

カメラ映りもバッチリだ。


「おいおい。

ナイトメアが2人出るなんて聞いてないぞ。

まあいい。

お前もノックアウトすればいいんだな」


イケメン警視はまたもやボクシングの構えをとる。

僕はゆっくりと近づいて、目にも止まらぬスピードでしならせた右手を顔面に触れさせる。


パンッ!て音も一緒に仰け反ったイケメン警視の顔から鼻血が噴き出した。

慌てて両手で鼻を押さえたイケメン警視がこっちを睨んで小声で言う。


「話が違うぞ」

「何の話だ?

もしかして、そこの偽者との八百長の事か」


僕は敢えて大きな声で聞き返す。

会場に響めきが走る。

イケメン警視は目をひん剥いて驚いていた。


「ま、まさか!

本物!?」

「悪夢とは予期せず見る物なんだよ」


僕は顎に拳を入れてダウンさせた。

そんな僕を義姉さんが捕まえようと伸ばした手をすり抜けて後ろに回り込む。

すかさず義姉さんの回し蹴りが来た。

それも下がって躱わす。


義姉さんは合気道が得意だったはずだけど、今のは空手だ。

流石義姉さん。

空手もマスターしていたんだ。

凄いや。


僕は義姉さんの鋭い突きや蹴りを、痛く無いように優しく両手を使って流す。


やったー。

なんか義姉さんとダンスしてるみたい。

すっごく楽しい。

義姉さんが笑顔じゃないのは残念だけどね。

でも、それは仕方ないよね。

だって僕はもう義姉さんの前に義弟として姿を見せる事が出来ないんだから。


「可憐な刑事よ。

そんなに俺を捕まえたいか?」

「もちろんです。

あなたのような犯罪者を捕まえるのが私の仕事です」

「俺もどうせ捕まるのならあなたの様な美しい女性に捕まりたいな」

「なら、大人しく捕まりなさい」

「それは出来ない。

まだまだ俺はやりたい事があるからな。

だがせっかく俺の為に来てくれたんだ。

俺から愛を込めたプレゼントを送ろう」


僕は準備していたUSBメモリをドレスの隙間から覗かせる義姉さんの胸の谷間に刺し込んだ。


「キャ!?」


流石の義姉さんも驚いて可愛い悲鳴を上げながら飛び退いた。

僕も直接触れて無いのに、何も言えない柔らかな感触に心臓バクバクだ。


「世界は悪夢から目覚めた。

だが世界は再び悪夢を見た。

自分の利益を求める者の手によって。

そこに世界が見た偽りの悪夢の正体がある」


僕は義姉さんの胸元を指差す。

義姉さんの軽蔑しきった視線が痛い。


「だが所詮は偽り。

本当の悪夢はこの程度で済まない。

コントロールする事など不可能。

さあ立て、偽りの悪夢よ。

本当の悪夢へ誘ってやろう」

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