第12話
キャスケット帽子に大きな伊達メガネ。
それが八枝の変装スタイル。
いつも同じだから逆にバレる様な気がしないでも無いけど、堂々としていたら案外バレない物らしい。
そんな彼女をつけている八枝の母親に僕は声をかけた。
「いい加減に執着するのやめたら」
「ふふふふ。
そうね。
そうよね。
もう終わりにしましょう」
八枝の母親はショルダーバックから包丁を取り出した。
「あの娘もいつかは落ちていくの。
なら人気絶頂の今終わらせてあげるのが母の勤め。
大丈夫よ。
私も一緒に逝ってあげるから」
「逝くなら勝手に一人で逝きなよ」
「あなたには関係ないでしょ!」
八枝の母親が僕に向かって包丁を振り回す。
その包丁を避けて右腕を貫通させた。
「関係は無いけど、僕の美学に反するから消えてね」
僕は魔力で跡形も無く蒸発させた。
さてこれで終わりっと。
ふと八枝を見ると、なんだか元気が無い。
やっぱり先日の事がショックだったのだろうか?
「元気なさそうだね?」
猿金のおっさんの起訴が決まったと言うニュースを家電量販店の前でぼーっと見ていた八枝に、思わず後ろから声をかけた。
「えっ!?」
八枝はビックリして振り向くと更に驚きの声を上げた。
「うそ!?
夢路君!?」
そう。
僕は今、この世界にいた時の姿。
善正 夢路の姿に変身している。
「久しぶりだね」
そう言う僕は思いっきりビンタを食らった。
パチーン!と言う気持ちいい音が周りに響く。
「えー。
なんでー?」
「なんでー?
じゃないわよ!
私の連絡全部無視したでしょ!」
「そんな事したかな〜?」
「したわよ!
引っ越した次の日には連絡フル無視ってありえる?
自然消滅するにももうちょっと余韻ってのがあるでしょうが!」
「相変わらずキレッキレッのツッコミだね」
「ツッコんで無いわ!
怒ってるんだ!」
「おー」
「拍手すな!」
思ったよりも元気そうで何よりだ。
「それで。
今更なんで私に会いに来たわけ?」
「え?
別に会いに来た訳じゃないよ。
偶々見かけたから声をかけただけ」
「よく声をかけられたわね!
一方的に無視しといて!」
「無視した記憶ないよ」
「ならなんで連絡返さないのよ!」
「連絡したの?」
「したわよ!
次の日にメールしたし、電話もしたわ」
「……あー。
そう言えば、君が引っ越してからやたらと知らない番号から電話と知らないメールアドレスからメール来てたな」
「なんで知らないのよ!
ちゃんと私の連絡先登録したでしょうが!」
「……あっ、消したわ」
「なんで消すねん!」
「なんとなく?」
「なんで疑問系やねん!」
「おー」
「だから拍手すな!
ツッコんでるじゃなくて怒ってるの!」
「そんな事言われてもさ〜
君は知らない番号とかメールアドレスとやり取りするの?
変わってるね」
「今は無視した事じゃなくて、連絡先消した事に怒ってるの!」
「おー」
「だからツッコんでるんじゃなくて怒ってるの!」
「そんなに連続でツッコんで疲れない?」
「あんたの所為だろうが!!」
「流石本職」
「芸人じゃなくて女優だって言ってるでしょうが!!」
その言葉に周りの人達の注文を集める。
八枝がしまったって顔をした。
「ちょっとこっち来なさい!」
八枝は僕の腕を掴んで引き摺るようにして、足早にこの場を立ち去った。
◇
僕はそのまま八枝の部屋に連れ込まれた。
「麦茶でいいわよね」
そう言って僕はテーブルにつかされる。
麦茶を置いた八枝が反対側に座って自分の分の麦茶を飲んでホッと一息ついた。
「ねえ」
「なによ」
「これって同意って事でいいんだよね?」
僕は八枝の体を舐め回す様に見た。
八枝がその視線に気付いて体を両手で隠す様な仕草をしながら体を逸らす。
「違うわ!」
「だって無理矢理自宅に連れ込むなんて……」
「黙れ変態!
あの時と違って私はかなり有名になったの。
だから外で目立ちたく無いの」
「おめでとう。
いい相方見つかったんだね」
「だから漫才師じゃなくて女優だって何回言ったらわかるのよ!」
「おー」
「いちいち拍手すな!」
いつもの鋭いツッコミの後、八枝は俯いてしまった。
「……なってくれる?」
なんか小さな声でボソリと呟いた。
「なんて?」
「そんなに言うなら私の相方になってくれる?」
「僕が?
無理無理。
僕はボケになれないよ」
「なら、私が同意って言ったら私を襲うの?」
「は?」
「私と一緒にいてくれる?
それなら許すわ」
「ストップストップ。
何言ってるの?」
「だって……」
八枝の目からポロポロと涙が落ちる。
「みんないなくなっちゃうんだもの。
お母さんも奏多君も。
夢路君だってまたどっか行っちゃうんでしょ」
「八枝。
人生は出会いが有れば別れもあるんだ。
それは仕方ない事なんだよ」
「なんで?
なんで一緒に居て欲しい人に限って離れ離れになっちゃうの?
本当は東京になんて来たく無かった。
夢路君と友達になってすぐに別れたく無かった。
あのまま友達として――」
「八枝」
僕は八枝の話を遮って続けた。
「もしもの話なんて無いんだよ。
君は夢の為に頑張った。
その結果が今なんだ。
それ以外無いんだよ」
「じゃあ今からでいいから近くにいてよ。
私の相方になってよ」
「だから僕はボケには――」
「違う。
人生の相方になってよ」
「だから君と一緒に漫才師目指すのは僕には荷が重いって」
「違うわよ!
私と付き合ってって言ってるの!
気付けバカ!」
「おー」
「私の告白を茶化すな!」
八枝は真剣な目で僕を見る。
これはあっちの世界で何度も向けられた本気の目だ。
なんで僕なんかにそんな目を向けるんだ?
もっといい相手が絶対にいるはずなのに。
「八枝は僕には勿体ないよ」
「そんな言葉で逃げないでよ」
「……ごめんね」
「どうして?」
「僕はここに居てはいけないんだ。
すぐに次の所に行かないといけない」
「なんで?」
「僕はずっと同じ場所にいれるほど辛抱強く無いんだ。
もっと見たい所がある。
行きたい所がある。
それを我慢する事も出来ない。
だから世界を周り続けるんだ」
「……」
八枝は黙って俯いてしまった。
少しの沈黙の後、クスッと八枝は笑って笑顔を見せた。
「なんてね。
どう私の演技?
伊達に名女優って言われて無いでしょ?」
「なんだよ〜
ビックリしたじゃないか。
全く分からなかったよ」
「これは私の連絡先消した復讐よ。
消した事後悔したでしょ?」
「まったくだよ」
「今ならもう一度交換してあげてもいいわよ」
「それは嬉しい申し出だけど、僕携帯持って無いんだ」
「はあ?
また家に置きっぱなしなの?」
「いいや。
今は携帯自体持って無い」
「そんな現代人いるの!?」
「いるんだ。
実は」
「なんか夢路君らしいね」
「まあね」
僕は麦茶を飲み切って立ち上がる。
「もう行くね」
「うん。
ねえ?」
「なに?」
「また会えるよね?」
「さあ。
それはわからないね」
「そこは嘘でも会えるって言いなさいよ!」
僕は曖昧に微笑んで玄関の扉を開けた。
「またね。
私の初恋の人」
「え?」
八枝はイタズラっぽく笑って扉を閉めた。
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