第7話
ブローチがステージ上に上がると由理に緊張が走った。
いつ現れるかわからないナイトメアを警戒した周りを見渡す。
「由理君。
そんなに気を張るのは良くない。
いざと言う時に疲れていては意味がない」
轟警視は対照的に余裕を見せていた。
「流石です。
私はわかっていても緊張してしまいます」
「私だって緊張はしている。
ナイトメアにとってもリベンジかもしれないが、私にとっても奴を逮捕するリベンジだ。
それに……」
轟警視は由理をジッと見つめて止まった。
「あの……
どうかしましたか?」
「ナイトメアを逮捕出来たら私とお食事を一緒してくれないか?」
「はぁ……
それは構いませんけど」
「ありがとう。
これは是が非でも逮捕しなくてはな」
由理は轟警視の思惑を理解出来ないまま頷いた。
◇
猿金の挨拶が終わる頃。
八枝は会場から出る人影に目を奪われた。
「お母さん?」
彼女の母親は尾崎 巴。
彼女と同じく女優であった。
若くして人気だった彼女の母はある時枕営業の誘いがあった。
それを断った事で業界から干される事となる。
それからは主婦として暮らしていたが、ある時忽然と姿を消した。
八枝は母の行いが正しかったと証明する為に、正攻法で売れると誓った。
そんな母の姿を見た八枝は慌てて追いかけた。
「お母さん!」
振り向いた綺麗な女性は間違い無く八枝の母、巴であった。
「八枝?」
「そうよ。
八枝よ」
「大きくなったわね」
八枝は母親の優しい声に居ても立っても居られず抱きついた。
巴も優しく八枝を抱きしめる。
「お母さん!
何処に行ってたの?
どうしていなくなっちゃったの?」
八枝の目から涙が流れる。
そんな八枝の頭を撫でながら巴は謝った。
「ごめんなさいね。
どうしても晴れやかなこの世界を忘れられなかったの。
女優である事を諦められなかったの」
「私ね。
女優になったんだよ。
最初は全然売れなかったけど、今は名前も売れた女優になったの」
「知ってるわ。
ずっと見てたから。
よく頑張ったわね」
「うん。
お母さんは今何してるの?」
「私?
ちょっとついて来て」
八枝は巴に言われるがままについて行く。
そのまま奥の控え室に案内された。
中には猿金が待っていた。
「初めまして尾崎 八枝さん。
最近の活躍を拝見させてもらっているよ」
「は、はい。
ありがとうございます」
突然の事に戸惑う八枝を他所に巴は部屋の鍵を閉めた。
それから八枝の両肩に手を乗せる。
「私は今、猿金さんの愛人をしてるの」
「え?」
八枝は母親の言う事に理解出来なかった。
「嘘だよね。
だってお母さんはそれが嫌で――」
「そうだったの。
でもそんな綺麗事ではダメなのよ」
「そんな事無いよ。
だって私は――」
「ハッハッハッハッハ」
必死に食い下がる八枝を猿金の笑い声が遮った。
「いやすまないすまない。
知らないのは幸せな事だ」
「どう言う意味?」
「まさか本当に実力で売れたとでも思っているのか?」
「あなたが売れるように猿金さんが手を回してくれていたのよ」
「そうでもしないとこんな短期間で売れるわけ無いだろ?」
今まで必死に頑張っていた八枝は二人の言葉に目の前が真っ白になった。
まるで今まで積み上げて来た物が崩れ落ちて行く様な感覚が彼女を襲った。
「気にしなくていいのよ。
ここはそう言う世界なの」
「そんな……
じゃあ私がして来た事って……」
八枝の様子に猿金はニヤリと笑う。
これが猿金の復讐。
尾崎 巴が枕営業を断った相手が他でも無い猿金である。
彼はその事に腹を立て、巴を干した。
それだけでは飽き足らず、娘である八枝にもその毒牙を伸ばしていたのだ。
そしてこれが仕上げだった。
「ねえ、八枝。
私もね。
あなたと一緒に表舞台に立ちたいの。
その為にあなたにお願いがあるの」
そう言って巴は八枝のドレスの後ろのファスナーをゆっくりと下ろす。
「もう子供じゃないから分かるわよね?
あなただって光当たる舞台に立っていたいでしょ?」
今起きている事が現実とは思えず、ただ悪い夢を見てるような感覚。
もう何も考えられ無くなってしまった八枝は抵抗する事すら出来ずにボーっと立ち尽くす。
そんな八枝に猿金がゆっくりと近づいてドレスに手を伸ばした。
その時、鍵がかかっていたはずの扉が開いた。
「八枝が好きそうなデザートいっぱいあるよ。
早く食べないと無くなっちゃうよ」
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