私はコミュニスト

大鳥ひでと

第一話 Begegnen−邂逅−

注意:この作品に政治的主張および特定の思想を賛美、宣伝する意図は一切含まれておりません。 


ジリジリジリジリ


 油蝉の声が響く。ひたすらに響き続ける声は暑さを引き立て、先程まで心地よかったそよ風は意識した途端に乾いた熱風へと変わった。


 7月の暑い風が吹く中、同時に寒い風も吹き付けていた。


 ニューヨーク市場の株価暴落で、世界は大混乱へと陥ったのだ。


アメリカに始まり、ヨーロッパ、中国へと経済大国を次々に恐怖に陥れた恐慌はその広がり方から偏西風に例えられた。


その風は日本へも届き、昭和恐慌になぞらえ、『平成恐慌』と呼ばれるほどの不景気が始まったのだ。


 俺があと一年、いや、あと二年遅く生まれていたならば、この不景気に頭を悩ませる事も無かっただろう。


そう、俺は今年で高校三年生。来年には大学受験を控えている。『斜陽』とすら呼ばれる現状が進路に影響するかなど、言うまでもない。


「えっ!?また値上がりしてるし・・・」 


 スーパーマーケットのアイスコーナーで思わず呟いた。買付けのバニラアイスの値札と財布の中を交互に見た後、俺はその隣の安売りのアイスバーを手に取ると、陳列棚の扉をゆっくりと閉めた。


 自動ドアが開き、またもあの熱風が吹き付ける。手に持った袋を開け、そのまま中身を口に咥える。


「ソーダも案外悪くないな。」


そう思いながら帰路へと着いた。


 しばらく歩き、家への長い直線の一本道に差し掛かった頃、道の端に何かが見えた。


それとは少し離れていた為、遠くの陽炎と重なってよく見えなかったのだが、確かに人ほどの大きさの何かが落ちていた。


 妙に気がかりに感じ、小走りで近づくと、その正体は鮮明に分かるようになった。


やはり、人だ。人が倒れている!


「大丈夫ですか?」


 俺はその人に呼び掛けるも返事はない。

息をしているか確認しようと顔を見た時、明確にこの人物が女性であることが分かった。


息こそしているが、ぐったりとコンクリートの上に横倒しになっている。


 これはただならぬ状況だ。そう思った俺は彼女の体の下側に手を入れ、持ち上げようとした。それほど重くはなく、むしろ軽いと感じるほどだった。


 家に着くと、彼女をそっと畳の上に下ろす。


持ち上げた時以上に大きな負荷によって、立て膝の体勢を崩しかけたが、何とか寝かせることに成功した。


冷蔵庫から氷枕と保冷剤を幾つか取り出し、早歩きて彼女の元へと向かう。 


 頭を持ち上げて氷枕を入れ、妙に袖の長い上着を脱がし、脇や首に保冷剤を当てる。


 それから十分程経過したが、彼女の様子に変化は見られない。悪寒が走り、時間の流れが遅くなる。


こんな時に必要な物と言えば......水だ。俺は、直ぐ様立ち上がると台所へと駆けていった。


 水の入ったグラスを片手に戻ると、彼女の元へと駆け寄る。畳の上に染みができる。


水面の揺れるグラスを彼女の口へ近づけようとした瞬間、思わずその水で自分の手を濡らしてしまった。そのまま手が制止する。


そう、彼女の目が開いたのだ。


「よかった・・・」


俺は嬉しさに包まれつつも、やつれた声で小さく呟いた。


「Hmm? Wo ist das?」


 目を覚ました彼女が最初に発した言葉は、日本語では無かった。


そう言えば、ずっと気にしていなかったが、彼女は顔立ちからしても明らかに日本人ではない。アジア人とすらも考えにくい。ヨーロッパ人だろうか?


彼女がこちらを向いた。目が合い、再び手を制止してしまう。


「あなたは・・・誰ですか?」


彼女が発した言葉は、今度は日本語だった。


「え?日本語話せるの?」


「はい。話せますけど?」


それも、ある程度流暢だった。彼女は、周囲を見渡し、俺に聞いてきた。


「すみません、状況を説明していただけますか?」


「帰宅中に君が倒れてて、熱中症かと思って家に運んで涼ませて寝かせてたんだけど・・・」


彼女はハッとして、俺の答えに続ける様に言った。


「そうでした。暑い中を歩いていたら、急にフラッとしたんです。まさか日本に来て早々、こんな目に遭うとは思っていませんでした。ありがとうございます。」


彼女は軽く頭を下げた。その姿を見て少し緊張が和らぐ。


「その・・・俺からも質問していい?」


「はい。良いですよ。」


「君って一体何者なの?」


 彼女はしばし沈黙した後にこう答えた。


「簡潔に言うとですね、コミュニストです。つまり共産主義者、最も大きく言えば社会主義者ですね。」


こいつは何を言っているのだ?俺はそう思ったが、ここは口を噤んでおいた。


「それが日本に来たことと何か関係があるのか?」


「やはりそう聞いてきましたか・・・」


深呼吸をし、立ち上がると彼女は宣誓した。


「私の目的はズバリ、この国に革命を起こす事です!」


〈あとがき〉

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。面白いと思った方、続きが気になると思った方は、フォロー、評価をしていただけると幸いです。

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