第七話 Sorgen−悩み−

 涙を見せないよう目元を押さえる俺を見て、叶恵はこう言った。


「昔からずっと変わんないね。和くん、いっつも誰よりも早く泣くんだから。」


ポケットに手を突っ込み、ティッシュを取り出して目元を拭った。五年前と比べて、彼女の外見は大きく変わった。髪型のスタイルは真反対になったし、眼鏡を掛けている。

だが、その人自体の印象は変わっていなかった。


「そう言う叶恵も昔から変わらないな。他人ばかり見て、自分の事には何も気付かないの。」


彼女も涙腺が緩み、下瞼が少し揺れている様子だ。だが、それでも叶恵が溜めているものを溢す事は無い。ただ、微笑んでいるだけである。


 吉野叶恵、俺の幼馴染。小学校に入学した最初の日に、最初に話した相手である。

あの時の俺がどういう経緯で隣の席でもない叶恵に話し掛けたのかは分からないが、それ以降、同性の友達以上に頻繁に会話していたのは事実である。


一度目のクラス替えで別のクラスとなり、話すしたり遊んだりする機会はめっきり減ったが、関係が途絶えることは無かった。


中学一年生で再び同じ教室で過ごす事となり、小学校低学年程ではないが、頻繁に会話するようになった。それ故か、ある男子に付き合っているのだと勘違いされ、一時期カップルであるかの様な扱いをされた事がある。


だが、そんな叶恵との関係も進級と同時に消滅した。彼女は転校していったのだ。

誰にも、何も知らせる事なく。


「そう言えば、一つ気になることがあるんだけどさ、」


「うん。なに?」


「どうして俺のメールアドレスが分かったんだ?確か、教えたこと無かったと思うけど。」


それを聞いた瞬間、彼女は頭を抱えた。


「いや………そのさ、色々頑張ったんだよ!」 


そう返されたが、納得できる筈がない。だが、俺は叶恵が悪質な手段を使ったとは思っていないし、そもそも気にすべき点に感じていない。

叶恵の方も俺に追及の意図が無いと察し、安堵した様子だった。


「ふぅ………そろそろ本題に入っていい?」


俺が頷くと、彼女は語り始めた。


「先週さ、三年ぐらいずっと好きだった人にフラれたの。」


まさかの恋愛相談であった。


「それで友達に相談したかったんだけど、相談できる友達がいなくてさ……………」


叶恵の言葉が詰まる。俺は出来るだけ穏やかな目を意識し、黙って彼女を見守る。


「それで、和くんなら私の悩みを分かってくれると思って………」


「どうやったら立ち直れるかって事か?」


俺はそう返したが、まだ彼女の話は終わっていなかったようだ。叶恵は先程までの啜り泣く様な口調から一変し、勢いを付けてこう聞いてきた。


「どうやったら友達って作れるの?」


「えっ?」


思わず困惑。だが、思い返してみると確かに納得だ。叶恵は自分から他者に話し掛けたり、集団に混じろうとする事は殆ど無かった。


「ご、ごめん、俺あんまり友達作るの得意じゃない。」


「そう?色んな人と仲良くしてたじゃん。」


五年以上前の話を最近の事のように言われても少し困る。


「小、中学校と今は別だ。もう高校三年だし、そういう感じで言われてもな…………」


「そっか…………でもさ、友達作りの経験なら私よりは多いでしょ?」


「ああ。取り敢えず、自分から話し掛ける事が必要だと思う。叶恵はそれが出来てないんだと思うしさ。」


肩をすくめ、苦笑いをする叶恵の姿を見て、タブーに触れてしまった様な感じがした。


「そういうつもりじゃ無かった。ごめん!」


「…………私もさ、話し掛けるのが苦手だって自覚してるの。」


恐らくは、彼女自信がそれをコンプレックスに感じているのだろう。それに触れてしまった事は申し訳無いが、正直俺にもそれ位しかアドバイス出来ることが無い。


 叶恵は目を閉じて深呼吸をした。目を開くと、こちらを向いてこう言った。


「でも、逆に自分の弱点を考えるきっかけになったかも。」


眼鏡を外し、小さく笑う叶恵。先程までとは少し違った印象だったが、やはりこちらの方があの頃の彼女の印象に似ていた。


いくら幼馴染とは言え、異性と近くで目が合うと無意識に視線をずらしてしまう。風で木の葉が揺れ、砂場の砂が舞う。そういえば、中学一年の夏休みに叶恵と遊んだ場所もここだったな。


「どうしたの?」


「叶恵が転校する前によくここで遊んだなって思って。」


砂場で遊んでいる子供が目を掻いている。その子供の顔は汗で濡れ、太陽を反射して輝いている。ようやく、自分の服の染みに気が付いた。


「一緒にアイスでも買いに行かないか?」


「うん。私も結構長い時間外にいるしね。」


俺と叶恵は近くのスーパーへと向かった。俺はソーダ味のアイスバー、叶恵は少し奮発してか、高めのラクトアイスを買った。


 会計を済ませて自動ドアを通った時、彼女が口を開いた。


「あっ。」


そちらに目をやると、彼女は口の開いた財布を手に持ったまま硬直している。


「どうした?」


「帰りの電車代使っちゃった!」

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