第六話 Kontaktadresse−連絡先−
互いの名前を知り合い、フランツィスカは別の話題に移ろうと話し始めた。
「そういえば.......」
その時、聞き慣れない音が部屋の中に響いた。すると彼女がポケットに手を入れ、スマートフォンを取り出した。
「あ、電話が掛かってきたので一旦出ますね。」
そう言って、部屋から廊下へと出た。
持っているんだな、スマートフォン。俺は勉強机の横に掛けられた鞄に目を向ける。そして、小さいチャックを開き、携帯電話を取り出した。多機能携帯電話、一言で言えば
『ケータイ』。ちょっと前まではこれが一般的だった。だが、今となっては少数派である。
数件のメールが届いていたのでそれを読み終えた頃、フランツィスカは部屋に戻ってきた。
「すみません、この後会議に行かないといけなくなりました。」
唐突にそう言われたが、理解が追い付かない。
「か、会議?こんな時間に?」
「はい。本来は私の出る幕は無い予定だったのですが、直前で私も議論に参加してほしいという事になりまして。」
何の会議かは分からないが、少しお急ぎのようだ。
「それでなのですが、頼みたい事がありまして。」
「何だ?」
「まず、もし何かあった時の為にあなたの連絡先とこの家の電話番号を教えてくれませんか?」
『もし何かあったとき』という言葉が少し気がかりだが、この程度なら別に問題沙汰になるとは考えにくい。
「別にいいぞ。」
俺は勉強机の引出しからルーズリーフを取り出し、自分の電話番号とメールアドレスを書き出そうとした。その時、ふと自分の状況が客観的に頭に浮かんできた。
俺は今、出会って二日目の極左の外国人に連絡先を教えようとしている。
それも、警戒することもなく。
自分の無抵抗に危機感を覚え、置き電話の番号とその下に『身元が発覚するとかなり不味いので』と記し、ちぎってフランツィスカに渡した。
「私を信用できないですか?」
「うん。できない。」
彼女は苦笑いをし、続けてこう言った。
「まあ、別に緊急連絡さえ取ることが出来るなら何ら問題は無いんですけどね。」
「じゃあ何故聞こうとしたんだよ?」
「予備の連絡先があった方が安心できるじゃないですか。」
そう言って、彼女は入り口の戸に手を掛け、軽く頭を下げた後に部屋を出ていった。
恐らく、夜一人で出歩く事を危険視している思われるが、緊急時に助けを求めるのであれば、普通に警察への連絡で良いのではないかと感じていた。
それに、まだ午後7時あるので公共交通機関も使えるであろうし。
結局、フランツィスカが帰って来るまで電話が掛かって来ることは一度も無かった。
次の日、朝食を済ませた後に俺は外出の準備をしていた。その傍ら、机の上の携帯を取り、昨日送信されてきた一件のメールを見る。
from:吉野叶恵
和くんひさしぶり。もう五年間も会ってないけど覚えてる?
ちょっと相談したい事があるんだけど、明日の午前中って時間空いてる?
もし空いてたら中学校の近くの公園に来て。
空いてなかったら、行ける日を教えてね。
昨夜このメールが目に付いた時、知らないメールアドレスであった為、少し冷や汗をかいた。だが、改めて見ると別にそういった印象は感じない。
俺は『吉野叶恵』をよく知っているのだから。
詳細な時間は分からないが、送り主がどこか抜けている事を考慮すると、具体的な時刻を聞くのも粗探しのように思えたので、行ける旨を伝える以外の返信はしなかった。
というか、こういう場合は大抵8時半ぐらいだと分かっている。
公園へと辿り着いた。木下のベンチに座っている人影が俺に手を振る。そちらへと向かうに連れ、段々とその人影は人へと変わっていく。
「ひさしぶり。元気だった?」
その声を聞いた時、俺の記憶にかかっていた霧が晴れた。断片的だった思い出が繋がり、
一緒に過ごした時間が脳内を駆け巡る。
もう会えないと思っていた。いずれ完全に忘れてしまうのだと思っていた。
俺は、目元を右手で押さえ、答える。
「久しぶり……元気だったよ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます