第十話 Affinität−親近感

 日本が、違う道を辿ったドイツ。


叶恵は首を傾げた。その様子を見てフランツィスカはこう続ける。


「ご存知だと思いますが、日本もドイツも第二次世界大戦の敗戦国で、終戦直後は連合国に占領されていました。しかし私の母国は四カ国に統治され、独立後も東西に分断されましたが、あなた方の母国は一国による統治の後に一つの国家として独立しました。」


一瞬、叶恵がこちらに目を向けた。急に始まった話に困惑したのだろうか。とは言っても、先程の思想が強すぎる説明と比べたら分かりやすいだろうが。


「だから思うんですよね。もしかしたら、私の母国もそういう運命を辿っていたかも知れないんじゃないかって。」


フランツィスカはまるで懐かしむかの様に微笑を浮かべる。俺と叶恵はその話を黙って聞き続ける。


「あっ、でも勘違いしないでください。それだけが理由な訳じゃありませんよ。ドイツと日本は昔から深い関係ですし、文化交流も多いですからね。私自身、日本の文化は大好きですから。そもそも日本語を学び始めたきっかけもそれなんです。」


そういえば、昨日『日本のアニメが好き』って言ってたな。

アニメから日本の文化に興味を持つ外国人も多いらしいが、彼女もその類なのだろう。


「それに、日本語では『ドイツ』って言いますけど、ドイツ語だと『ドイチュランド』って言うんですよね。ドイツ語由来の言い方をする言語は日本語が唯一なんですよ。その点も凄く気に入ってます。まあ、とにかく、日本という国にはとても親近感があるんです。」


とは言っても、日本で革命を起こす事に特別感を持つのは少し違う気もするが………


 叶恵は納得した様子で頷く、と閉じていた口を開いた。


「そのさ……すごく日本語上手だけどさ、習ってたりしたの?」


「習ってたというか、教わってたんですけど、日系人の友達が居てですね。私が『日本語を教えてほしい』って言ったら快く教えてくれたんですよ。まあ、ここまで習得するのに十年間掛かったんですけどね。」


十年………大分長いな。それに、日本語話者から教わっていたとは。それなら流暢な理由も納得である。


 なんて事を考えている内に、時計の針は叶恵の乗るはずの電車の発車時刻の十分前を指していた。まあ、電車は結構な頻度で来るので一、二本遅らせても平気だろうが、そうなってしまうと叶恵はフランツィスカと長い時間話していそうな気もする。


「叶恵、電車の時間は大丈夫か?」


そう聞くと、彼女は一瞬目を丸くした後に答えた。


「うん、大丈夫だよ。本当はこれぐらいの時間に帰ろうかなって思ってたけど、もう少し話してたいかも。今日は別に何か用事がある訳じゃないからさ、もう少しここにいようかな。」


「そうか。なら良かった。」 


まあ、本当は『良くない』所もあるんだけどな。


俺は昼食の事を聞きに祖母のいる台所へと向かった。


「もう少しで出来るから、待っててちょうだいねぇ。」


「わかった。」


フランツィスカへの対処をさせられ、少し気の疲れていた俺は食事テーブルから椅子を引き出し、座った。ふと、机の上に置かれた新聞の見出しが目につく。


『暴落の影響 先進国最大か  

 企業倒産、物価高騰止まらず』


例の共産主義者の話を聞いた後だ。どうもその太い字から目が離れない。俺は久々に新聞を手に取り、一枚目の記事を読み始めた。


 どうやら、先月つまり約二ヶ月前の株価暴落による打撃は、日本が先進国の中でもトップクラスに大きいらしい。ここ一ヶ月の株価取引、企業の売り上げ、倒産数、物価上昇率などを見ると、他国と比べて明らかに変動幅が大きいようだ。


その要因の一つに、慢性的な経済危機があるらしい。ここ二十年ほどで日本の経済は急速に悪化した。政府の財政政策や金融政策も、ことごとく失敗。成功したとしても延命程度に留まっているそうだ。


そう。フランツィスカの言った通りなのだ。


俺は彼女の現状についての主張を、いわゆる『プロパガンダ』を多く含んだものだと思っていた。しかし、実際は違った。


多少個人の意見は含まれているが、実情をズバリ簡潔に説明していたのだ。


 そんなことを考えながら新聞を読んでいると、廊下の方から声がした。


「和くーん!そろそろ帰るね!」


叶恵だ。俺はすぐに彼女の下へと向かう。既に靴を履き終え、出発の準備を終えたようだ。


「ほら、これ。受け取り忘れてるぞ。」


手のひらの五十円玉を叶恵に見せる。


「えへへ……また忘れてた……」


そう言い、頭を掻く叶恵。なんでそんな照れ臭そうにしてるんだよ。


「それじゃあ、お金の次は切符を忘れるなよ。」


「分かってるって~!じゃあ、またね!」


「またね。」


ガラガラガラ。


引き戸が閉まった。


「出来たわよぉ~」


台所から祖母の声が聞こえる。それじゃあ、ご飯食べるか。

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