第九話 Rede−演説−

「今、昔からの友達が家に来てるんだ。だからさ、一旦家から出て、こっちから見えない所に行ってくれない?」


「私の存在が知られては不味いんですか?」


「マズいに決まってるだろ!」


もし叶恵に、事情を知らない人に恐らく同年代の外国人、しかも異性を居候させているなんて知られたらどう思われるか。言わずとも承知である。


「兎に角さ、早く出るか隠れるかどっちかにしてくれよ!」


「えぇ…………」


ガラガラガラ


俺の部屋の戸が開く音がした。畳の上を歩く足音がこちらへ近付いてくる。


「早く!外出ろ!」


フランツィスカは何度要求しても、怪訝な表情を浮かべるだけで一向に動こうとしない。

そして、次の瞬間にはイグサを踏む音が木を踏む音に変わった。


「あっ………」


思わず口が開いてしまった。


「その人、和くんの知り合い?」


「あ……うん、知り合いって言っちゃ知り合いだな。」


叶恵は、不思議そうにこちらを見つめているだけで、何か変わった様子は見られない。何とか一安心、と思われたが、安寧は瞬時に跡形もなく消えた。


「どうも、はじめまして。和政さんにお世話になってます。」


『和政さんにお世話になってます』だって!?何て事を言うんだ!


もはや、苛立ちに近いものさえ覚えた。


「は、はじめまして。」


叶恵は少しオドオドしながら挨拶を返した。俺は叶恵の所へ向かい、小声でこう言う。


「『お世話になってる』とか言ってるけどさ、そんな関わりがある人じゃないから気にしなくていい。」


「そうなの?あの人荷物置いて、靴脱ぎ始めてるけど。」


振り返ると、言われた通りフランツィスカは『自宅』であるかのようにこの家に上がろうとしている。もう、否定のしようがない。


咳払いをした後、俺は叶恵に説明を始めた。


「そんなに関わりがないとか、嘘言ってごめん。本当はさ、俺の家に居候してるんだ。」


それを聞くと、彼女はますます疑問に感じた様で、言葉も発さずに首をかしげた。すると、フランツィスカはこちらへ歩いてきた。


「私は和政さんの家を活動拠点として、日本の社会主義化の為に活動している者です。あなたは、和政さんと親しい方なのですか?」


困惑するかと思ったが、思いの外驚きを見せない叶恵はこう答えた。


「え……あ……か、和政の幼馴染です………」


この時、今の叶恵の初対面の人との会話がどのような様子なのかを理解した。昔よりも表情筋が張り、言葉が詰まり、オドオドすることが多くなった気がする。


「別に、私に対しては敬語を使う必要もありませんよ。軽い気持ちで話してもらった方が私も気が楽ですから。」


ちょっと叶恵の顔の硬直が解れた。


「あ、うん。そのさ、私から一つの聞きたいことがあるんだけど良い?」


「何ですか?」


「日本の社会主義化ってどういうこと?」


そりゃ聞いて当然だ。俺だって、最初は革命の話をされて理解が追い付かなかった。

妥当なる問いにフランツィスカは答える。


「言葉の通り、日本を社会主義国家に変えることです。慢性的な経済停滞に加え、近年の経済面、政治面における混乱や恐慌により、この国は破局へと向かいつつあります。今、資本主義を捨てて社会主義、後々には共産主義へと移行していく必要があるのです!」


演説はさらに続く。


「考えてみてください。いくら努力して働こうと、学びを得ようと、この日本社会において一段上の存在に追い付くことが出来ますか?成り行きに任せることで、全体の問題は解決されますか?この現状を打破するには、受難者であるプロレタリアが団結し、動力を失った政府を打ち倒さなければないのです。そして、現状を乗り越えて、国を再興させる為にはプロレタリアによる新政府を打ち立てなければならないのです!その為に…………」


その後も、10分にも渡る長い演説が続き、俺は完全にうろたえていた。しかし、叶恵は違う。真剣に、目を会わせ、フランツィスカの話に聞き入っている。


「………と言う訳です。まあ、私自身も日本で革命を起こすという事に特別感を感じてますからね。」


それを聞いた叶恵の反応は……………


「すごい。でもさ、あなたって日本人………じゃないよね?」


「はい。正真正銘、完全なドイツ人ですよ。」


「じゃあどうして、『日本で革命を起こす』事が特別なの?」


俺もその事については疑問に思った。目的達成の為の条件以外にも、彼女にとって日本での革命は意味があるに違いない。だが、その理由が思い浮かばないのだ。


「それはですね……私が日本を、まるで辿の様に感じるからです。」

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