第十二話 Es ist eine gute Gelegenheit−折角ですし−
祖父はキョトンとしたが、直ぐ様にこやかな表情に戻り、フランツィスカにこう言った。
「そうか。なら、その信念を貫くがいい。西であれ東であれ、どちらもプライドを持っておる。わしはそれを否定したりはしない。」
視線が二人の間を交互に移動させる。重なってるようで、重なっていない。不思議な空気感だ。その空気感を破るように、フランツィスカは胸を撫で下ろすとこう言った。
「Danke schön.sehr einfühlsam und intelligent.」
「Es wäre besser, es ihm zu sagen, als es mir zu sagen. Er würde sich freuen.」
祖父は返答した後にこちらを向いた。フランツィスカは少し口を押さえて笑った。
「え?何?ちょっと怖いんだけど………」
「和政、安心しなさい。わしより、おまえの方が物分かりが良くて優しいって教えたのだよ。」
じいちゃんが怖いのではない。その隣にいる少女が怖いのだ。
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キィィーン!!!
滑走路に航空機が着陸した。機内アナウンスが流れ、到着を知らせる。
「起きなさい。着いたぞ。」
「え?着いたってどこに?」
「成田だ。ここは日本だ。いい加減心を切り替えろ。」
「あっ、そうだった……って、ええっ!もう日本!?早くない!?」
「そんなことはどうでも良い。早く降りるぞ。」
「わかったわ。」
二人は降り口に向かって歩き出した。
「前はあんなに温順だったのだが。全く、困った『娘』だ………」
「そっちこそ、冷たい『お父さん』ね………」
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フランツィスカが我が家で暮らし初めてから五日が経つ頃には、すっかり新しい生活に慣れていた。まあ、奇妙な同年代の異性が同じ家にいる自体で慣れないことではあるのだが、少しずつ日常の一部として受け入れ始めているのかもしれない。
とは言え、受験生としての勉強漬けの日々はそこまで変わったわけではない。朝から机に向かい、ひたすらに参考書と問題集との対話を続ける。
「和政さん、ちょっと良いですか?」
フランツィスカがそう聞いてきた。俺は一旦手を止め、声のした方向を向いた。
「なんだ?」
「ここら辺でお勧めの飲食店ってありますか?」
急な質問に、俺はしばらく思考を巡らせる。
「うーん、玄関前の道路を右に行くと商店街が見えると思うけどさ、そこのラーメン屋が美味しいよ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
彼女は体の向きを変え、玄関へと歩き出そうとしたのだが、何か思い付いたようにこちらを向いた。
「その、折角ですし一緒に食べに行きませんか?」
「いや、俺勉強しないといけないしさ。」
「逆に、勉強づくしなら気分転換に食べに行ったらどうですか?」
確かにそれは必要かもしれない。彼女の言う通り、『折角だし』同行することにした。
ラーメン屋に着くと、一旦フランツィスカを押さえて先に店内に入り、ウェイティングボード『ヤマモト 二名』と書いた。
「もう少し時間がかかるみたいだ。外で待ってよう。」
「はい。」
俺とフランツィスカは入り口から少し離れ、立って待っていた。ウェイティングボードには上に三つ、斜線の引かれていない名前が書いてあった。
「結構時間かるな。これなら、参考書でも持ってくれば良かったかも。」
心の中でそう呟くと、直後にフランツィスカがこう聞いてきた。
「確か、日本には大学の入学試験があるんですよね。」
一瞬、心を読まれたのかと疑った。
「ああ。そうだな。フランスとかは卒業試験的な方式って聞いたことがあるけど、ドイツもそうなのか?」
「そうですよ。アビトゥーアっていう試験があって、それに受かれば基本的にはどこの大学にも行けるって感じですね。」
『どこの大学にも行ける』か。とても羨ましいように思えるが、やはり………
「ですけど、そのアビトゥーアは凄く難しいって話ですよ。それに、二回しか受けられないので厳しい人はかなり厳しいそうです。」
「回数制限があるのか。それで受からなかったら大学は断念しないとって事だよな?」
「そうですね。」
それまで頑張ってきたと言うのに、もう受けられなくなる。恐ろしい話だ。
そう考えている頃、のれんから店員が顔を出した。
「二名でお待ちのヤマモト様~」
「あ、は~い!」
後ろの人物の行動に警戒しながら、俺は入り口ののれんを通った。
私はコミュニスト 大鳥ひでと @kamitori1954
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