第四話 Großvater−祖父−
俺、祖父母、例の彼女が同じ茶の間へと集まった。
「和政、事情を説明してくれんか?」
俺は隣をチラリと見た後、説明を始めた。
「この......人が家に一ヶ月ぐらい滞在したいという事......だけど。」
「そのお嬢ちゃんは和政の知り合いか?」
もちろん即答。
「知り合いじゃない。昨日、偶然出会っただけなんだけどさ、泊めてもらうなら俺が一番信頼できると思ったらしくて。」
「はい。私が熱中症で倒れていた所を家に連れてきて看病してくれたんです。お陰で命が助かりました。」
彼女が唐突に口を挟む。それを聞いて、祖母は微笑んだ。
「それは良かったわねえ。和政、この子は感謝しているみたいよ。もう少し、穏やかでも良いんじゃないかしら?」
待て、待て。彼女が何者かを理解していないだろう。やはり、彼女の正体を説明する必要があるのか。
「そのさ......この人は見ての通り外国人なんだけどさ、日本に来た理由があって、それがちょっと普通じゃなくてさ........『コミュニスト』なんだって。革命起こして、日本を社会主義化する事が目的みたい。」
隣に座っている彼女は、目を閉じて深く頷き、こう言った。
「別にその約一ヶ月間にそれを成し遂げようと思っている訳ではありません。その初歩としてのこの夏の活動なんです。」
祖父母は顔を見合わせた。当然だろう。彼女は本気なのだ。本気で日本に社会主義革命を起こそうとしているのだ。特に、祖父はその理想が現実と遥かに解離した物だと言わずとも分かる筈だ。
何故なら、俺の祖父は大学教授なのだから。
西洋近代史研究で博士号を持った人物なのだから。
そんな祖父は、口調を変えることなく彼女にこう聞いた。
「それは、本気で言っておるのかね?」
「はい。」
彼女の瞳は、真っ直ぐ祖父の瞳に向いており、何も歪みが感じられない。
「うむ。随分と真剣なようだな。わしはお前さんの考えを否定したりはせんぞ。」
祖母も同意のようだった。
まずい!このままでは目の前の過激な共産主義者をこの家に受け入れてしまうことになるかもしれない。彼女を気遣って、祖父母に判断を任せたのが誤りだったかもしれない。
しかし、まだ判決が下された訳ではない。
せめて、無抵抗に彼女を受け入れるような事が無いように願う.........
「そう言えば、お嬢ちゃんはどこの国から来たのだ?」
「ドイツです。」
その答えが耳に入った時、祖父の顔に笑みが溢れた。
「おお!ドイツかあ!懐かしいなあ!実はな、大学時代にドイツに留学したことがあってな。だから、ドイツという国には愛着があるのだよ。」
祖父が大学時代に留学したという話は知っていたが、その留学先がドイツであって、彼女もドイツ人であったとは予想できる筈が無かった。祖父は意気揚々。その流れでこう言った。
「これは、何かの縁かもしれんなあ。ようし、決めたぞ。わしはお嬢ちゃんが我が家に暮らすことを歓迎しよう!」
そんな.....いや、まだ祖母がいる。まだ決まっていない!
「おじいさんが随分と嬉しそうだからねえ、わたしも同じ気持ちよ。」
「ば、ばあちゃん。それってつまりさ......」
「ええ。この子の要求を受け入れるってことよ。」
俺は、隣を見る。彼女は口元だけを吊り上げ、こう呟いた。
「Danke.」
「『ありがとう』か。和政、お嬢ちゃんとしっかり仲良くするんだぞ?」
俺の謀略は、予想外の形で失敗となった。しかし、彼女を受け入れる事を避けたかったはずなのに、何故か苛立ちを覚えなかった。
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