第三話 Einbruch−侵入−
どうするべきか。俺は扉の前で静止したまま思索する。開けられたのはいつなのか?
目的は何なのか?そもそも、誰が開けたのか?
思考を巡らせても解けない疑問が生まれるだけだった。犯罪の可能性を第一に恐れていたが、警察を呼ぶほどの決断には至らない。近くの人に助けを求める事も考えたが、他者を巻き込んでしまうと考えると、どうも気が進まなかった。
一旦、玄関から少し離れ、左右と向かいの家を確認する。左右の家はどちらも室外機が動いているし、向かいの家に至っては二階の窓からテレビの音が漏れている。
念のため、俺は武器になりそうな物を探した。左隣の家の玄関前に置いてある大きな植木鉢が目についたが、それを使うことは出来ない。
結局、筆箱に入っていたコンパスしか見つからなかった。
忍び足で玄関に近づき、音を立てないよう慎重に引き戸を開ける。中は静まり返っていたが、その沈黙が緊張を引き立てる。そっと靴を脱ぎ、茶の間へと向かう。この部屋なら四方向に出口があり、壁に窓も付いているため、要事にすぐ脱出することができるだろう。玄関に最も近い扉に手を掛ける。
ガラガラガラガラ!
しまった!その焦りは次の瞬間には戦慄へと変わった。
曇りガラスが左へとずれ、人影が現れた。何故気が付かなかった!?そんな事を考えると暇は無い!俺は反射的に身構え、コンパスを両手で握り、前に突き出した。
「えっ?何ですか?急に。」
今度は、戦慄が驚愕へと変わった。
「な、なんでここに居るんだよ!?」
侵入者の正体は、昨日の彼女であった。困惑の感情が最も強かったが、去り際に抱いた申し訳無さを払拭出来たような気もして、少し嬉しかった。
「私がここにいる理由はこれから説明します。まずは、お茶でも飲んで落ち着きましょう。」
彼女は、ちゃぶ台の周りに座り、ティーポットを手に取ってカップに紅茶を注ぎ始めた。
「どうぞ。」
俺は彼女と向き合うようにちゃぶ台に座り、差し出されたティーカップに口を付ける。
「これ、ティーカップもティーポットも茶葉も全部、家のやつだよね?」
「はい。そうですよ。」
俺は心の中で溜め息をついた。しばらく茶を嗜んだ後、彼女が口を開いた。
「そろそろ、本題に入ります。なぜ私が再びあなたの下を訪れたのかと言いますと、一つ頼みがあるからです。」
「その頼みってのは?」
彼女は一瞬目を瞑り、喉を動かした後にこう答えた。
「この家を活動拠点にさせてください。」
「え?」
待て待て。どういうことだ?またも彼女の答えは予想の領域を越えてきた。
「つまり、この家で生活させてほしいと言う事です。」
「どれくらいの間?」
「約一ヶ月です。」
約一ヶ月。長いようで短いようでもある。とはいえ、そもそも彼女がこう頼んでくる理由をまだ知らない。
「どうしてこの家なんだ?もっと、他に選択肢は無いのか?例えば、カプセルホテルとか。」
「あると言えば有りますけど、金銭的な問題が大きくてですね。カプセルホテルもそうです。誰かの家に泊めてもらうとすると、一番信頼できる人があなただった訳です。」
俺は妙に彼女に信頼されてしまっているようだ。逆に、他に信頼できる人が見つからなかったという訳なのだろうか?まあ、異郷の地であるのだから、そう簡単に信用できないのは当然だろう。
「お願いします........!」
彼女は深く頭を下げて懇願してくる。そんな姿に少し圧倒されつつも、俺はこう答えた。
「分かった。俺の祖父母が許すならいい。けど、じいちゃんは随分真面目だからどうなるかは分からないけどな。」
「.......はい。分かりました。」
祖父母は唯一の同居している家族である。両親は八歳の時に離婚し、俺は母に引き取られた。そんな母も昨年死去。亡くなる二、三ヶ月前までは健康的に見えていたのだが、実際は既に大きな腫瘍があったようだった。
そして夕方。玄関の引き戸が開く音がした。祖父母が帰って来たのだ。俺は二人の元へ向かい、重そうな買い物鞄を手に取る。
「じいちゃん、ばあちゃん、ちょっと話があるんだけどさ........」
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